第7幕
文字数 1,422文字
身体から余計な力を抜いて、身を任せてみると、その強風は意外にも、羽毛のような柔らかさで、ラウレリアの肉体を癒すように包み込んでくれた。
そのまま緩やかに抱き締められながら、魂のみの状態となった時のように、ふわふわと浮上し、塔の最上階へと運ばれていった。
ラウレリアは、大きく開け放たれている窓を潜り抜け、その部屋の床へと降り立った。
その空間には、黄金を内包した翡翠(ひすい)色の小さな光が、幾筋か飛び交っていた。
それは、ディアモーガン大陸では良く見られる、スピカという名の夜光性の虫だった。
それ以外には光源は見当たらず、殆どが闇に沈んでいた。
そして、闇の中から、もう一つの世界がくっきりと立ち上るようにして、カサブランカが芳しく香っていた。
およそ人の気配というものを感知出来なかったが、この部屋の主は当然ながら、ラウレリアの存在を、はっきりと認めている筈だった。
やがて暗がりの中から、男とも女とも付かない、不可思議な色合いの声が響き渡った。
「私が誰か知っていて、訪ねてきたと見えるな。
そうでなければ、地上から遠く隔たったこんな塔の頂上まで、わざわざ登って来ようとは思わんだろう」
その口ぶりには、蜂蜜のように濃密な甘さがまぶされていた。
表情が見えなくても、面白そうに微笑んでいる様子が、手に取るように伝わってくる。
何処の馬の骨とも知れない、異国からの侵入者を前にしているというのに、露ほども動じる気配を見せない。
そのことを察した時点で、ラウレリアは、完全に敗北を認めざるを得なかった。
この風使いの男を手玉に取ることは、諦めた方が良さそうだ。
もし都合の良い嘘を吐いて、良いように操ろうとしたとしても、何もかも見透かれてしまうだろう。
ラウレリアは、声がしたと思しき方向に向かって、膝を軽く折り、会釈をしてみせた。
「あなた様は、風を使役されるお方ですね。
先程は、危ないところを助けて頂きまして、誠にありがとうございました。
感謝しております。
実は、今宵、こうして忍んで参りましたのは、あなた様に、たってのお願いがあってのことでございます。
その願いを聞き届けて頂くまでは、国には戻らない覚悟で、やって参りました」
「…‥それはまた、悲壮な覚悟だな。
して、その願いとは何なのだ?
言うてみるが良い」
ラウレリアは、徐(おもむろ)に唇を湿した。
単刀直入に言い出すには、勇気のいる願いだった。
「あたくしがお世話になっておりますお方は、とある王国の重要人物でございます。
そして、その王国には二年ほど前から、時折激しい嵐が吹き荒れるようになりました。
その度に、農作物が被害を受け、民達がひもじい思いをするので、そのお方は、大層心を痛めておりました。
そこで、風を自在に操ることの出来る者が、我が王国にもいてくれたら、その嵐を収めることが出来るかも知れぬと考えたのです」
「なるほどな。それで私に、その王国まで出向いて欲しいと願いに来たわけか?」
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・・・ 第8幕へと続く ・・・
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