第4幕

文字数 1,729文字

 



 レグルス王は、一時落ち込んだ衝撃の淵から帰還すると、ふと気になったことを訊ねてみた。

「それで、遺体はどうなったのだ?

 もしそれを見付けた者がいたら、騒ぎが起こっただろう」

「宿の階段の踊り場から、誤って転落したように見せかけて欲しいと言われましたので、そのように手配致しました。

 けれども実際には、常に持ち歩いている劇薬を服用して、命を断ったようでございます。

 その劇薬は、セタ王国の住人となる時に、極秘事項を決して口外せぬという契りと引き換えに、渡される物なのだとか」

「なるほどな…‥。

 そこまで徹底した戒厳令が敷かれているのなら、これまで風使いの存在が秘められていたのも、道理というもの。

 …‥それにしても、到底解せぬ話だとは思わぬか?」

 レグルス王は、浅黒く逞しい腕を伸ばすと、ラウレリアの小さな頤(おとがい)に、人差し指を宛がった。

 そうして、軽く上向かせた。

「いくら気分が優れぬ時に助けられたと言っても、自らの命を賭してまで、初対面の相手に、極秘事項を教えようとは思わんだろう。

 …‥そなた、何を隠しておる?」

 黒絹のように艶やかな、腰まで伸びた長い黒髪。

 磨き抜かれた宝玉のような煌めきを放つ、深く澄んだ翡翠(ひすい)色の瞳。

 精霊のような不思議な生き物を思わせる、うっすらと金色がかった肌。

 それぞれが、それぞれを、美しく引き立て合っている。

 まるで妙なるメロディー達が響き合い、極上のハーモニーとして、昇華されているかのようだった。

 そんな類い稀なる美貌に恵まれたラウレリアだが、その出自は、明らかにされていなかった。

 それというのも、彼女が元々属していたのは、流しで生計を立てている、大道芸人達の集団だったからだ。

 レグルス王がお忍びで他国を視察した帰り、サバンナのオアシスで憩っていた彼らと意気投合し、酒杯を酌み交わしたのが、そもそもの出逢いだった。

 ラウレリアの過去に何があったのか、殆ど聞かされていない。

 そんなこともあって、レグルス王にとっての彼女とは、セタ王国以上に秘められた、未知なる存在だった。

 ラウレリアは、レグルス王の問いには答えずに、代わりにこんなことを言い出した。

「親愛なる王よ、一つだけ、お許し願いたいことがあるのです」

「…‥何だ? 遠慮せず、言うてみるが良い」

「あたくしを、セタ王国に行かせて欲しいのです」

 その申し出は、レグルス王にとって、甚だ意外なものだった。

「…‥それは、何を目的とした道程だと考えておる?」

「風使いに関する情報を、もっと詳しく仕入れたいのです。

 それは、今後、我がランドラン王国に、平穏をもたらせるか否かの、貴重な情報となる筈でございます。

 ですから、そのために、あたくしを使って頂きたいのです」

 レグルス王は、大きな両手の中に、ラウレリアの温かい両頬を、そっと、包み込んだ。

 そして、清らかな泉の底を覗き込むようにして、彼女の深く澄んだ翡翠色の瞳の奥を、ひたと見詰めた。

「セタ王国には、暗殺部隊が潜んでいるそうではないか。

 外部の人間が風使いのことを嗅ぎ回ったりしたら、そやつらに命を狙われるかも知れぬのだぞ」

「サバンナのオアシスで、心許ないこの身を拾って頂いた時から、あたくしの命は、王と共にございます。

 ランドラン王国のために散ることが出来るなら、それはそれで、栄誉なこと。

 さりとて、あたくしとて、命が惜しくないわけではございません。

 ですから、身に迫る危険には、重々細心の注意を払って、対処していくつもりでおります」

「…‥必ず、無事に帰ってくると約束出来るな?」

 ラウレリアは、レグルス王の問い掛けに、小さく頷いてみせた。

 それから、彼の右手を取り、その長く形の良い指に、たおやかな仕草で口付けた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第5幕へと続く ・・・


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