第3幕
文字数 1,524文字
銀細工の露店商が打ち明けて言うことには、セタ王国には、風使いという種族が、古くから潜んでいるとのことだった。
彼らは、風を自在に操ることが出来る。
セタ王国だけに育つ植物が多く存在するのも、その風使いが風の強さを調整し、気候を穏やかに保っていることが、関係しているらしい。
つまりは、セタ王国がこれまでに育んできた豊かさや美しさは、その風使いの力に負うところが大きいということになる。
レグルス王は、ラウレリアの部屋に吊るされた籐製のゴンドラにゆったりと腰掛けながら、そんな噂話に耳を傾けていた。
ゴンドラには、シルクのカバーが掛けられた小振りのクッションが幾つも置かれており、その全てに麝香(じゃこう)の香りが焚き染められていた。
ラウレリアはしどけない格好をして、レグルス王の隣に腰掛け、水煙草をゆうるりと嗜(たしな)んでいた。
室内鑑賞用の小型の孔雀が二羽、豪奢な飾り羽根を扇状に広げたまま、部屋の中をしゃなりしゃなりと徘徊している。
「して、その風使いという種族は、セタ王国に何人くらいいるものなのだ?」
ラウレリアの話を聞いた後、レグルス王が身を乗り出して、興味深げにそう訊ねた。
すると、ラウレリアは、煙管(きせる)の吸い口から、花弁のような唇を離し、ゆっくりと首を傾げてみせた。
水煙草に含まれていたしっとりと甘いジャスミンの香りが、うっすらと漂う。
「さあねえ…‥。あたくしもそこまでは、詳しく存じ上げません。
たまたまその露店商が、危うく日射病を起こし掛けた時に居合わせたので、オレンジで香り付けした冷たい蜂蜜水を、含ませてあげただけのことです。
そうしたら、そのお礼にと、風使いのことを教えてくれました。
いずれにせよ、瓢箪(ひょうたん)から駒(こま)の情報だったことだけは、確かだと思いますわ」
ラウレリアの声は、軽く鼻に掛かって聞こえる上、語尾が微妙に震えるのが特徴だった。
レグルス王は、その色香漂う声音に、しばしば情欲をそそられたものだったが、今夜ばかりは、それも二の次だと思われた。
「確かに、その通りだな。
して、その銀細工の露店商は、今もまだ、この国に滞在しておるのか?
もしそうなら、明日の朝にでも使いの者をやって、王宮に呼び寄せることにしよう。
もっと詳しく話を聞きたい」
レグルス王は、逸る気持ちを抑えきれないといった様子で、そんなことを口にした。
ラウレリアは、今一度、水煙草を吸い込む仕草をしてから、厳かな口調で、こう言った。
「それには及びません。
あの露店商は、自害致しました」
「…‥何と?」
「自害したと申したのです。
セタ王国では、風使いに関する情報は、死守せねばならぬ極秘情報なのだと、露店商が申しておりました。
それゆえ、その情報を外部に漏らした者は、セタ王国が抱える暗殺部隊によって始末されるか、それでなければ、自ら潔く、死を選ぶしかないのだと。
そして、その露店商が選んだのは、自害する道でございました」
レグルス王は、突然聞かされた壮絶な打ち明け話に、衝撃を隠せずにいた。
セタ王国は、確かに神秘のヴェールに包まれた、謎めいた国家として知られていたが、よもやそれほどまでに保守的だったとは、思いも寄らなかったからだ。
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・・・ 第4幕へと続く ・・・
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