第6幕

文字数 1,258文字




 ところで、セタ王国への入国自体は、さほど難しい話ではなかった。

 国境に駐屯している衛兵の詰め所で、商人専用の通行手形を見せることが出来れば、すんなりと入国許可が下りた。

 そして、ラウレリアは、その手形を、銀細工の露店商から引き継いでいたのだった。

 だが、王宮の敷地内に忍び込むとなると、流石にすんなりというわけにはいかなかった。

 それでも、日が暮れるまで待ち、警備の手薄な所を洗い出して、闇に乗じて、影のように密やかに、侵入することは可能だった。

 物見の塔と思しき石造りの建造物は、王宮の敷地の片隅に、威圧感を伴いながら、聳(そび)え建っていた。

 ラウレリアは、その根元に佇んで、威風堂々と天を突くその塔を、絶望に近い気持ちを抱えながら、仰ぎ見ていた。

 それは、当初彼女が予想していた高さなど、ほんの赤子に思えるくらいの丈だった。

 塔の天辺とは言え、時間と体力を掛ければ、どうにか制覇出来るだろうと考えていた自分の浅はかさを、呪いたい気分だった。

 塔の入口には、歩哨が一人、立っていた。

 その男を上手く煙に巻けたとしても、内部ではどれほど厳重な警備が敷かれているのか、予測が付かない。

 何処をどう登っていくにしろ、塔の外側を選んだ方が、まだしも見付かる確率は低いと言えた。

 目的を達成するためには、とにかく登るしかなかったが、頂上まで辿り着かないうちに、力尽きる可能性の方が高かった。

 だが、そんなことは、実際に登ってみるまでは、誰にも分からないことだ。

 それに、少しでも前に進もうとするからこそ、そこで初めて、新たな展開が現れてくるのだ。

 ここで感情に絡め取られて、足踏みしていても、何も変わらないし、変えられない。

 ラウレリアは、煉瓦(れんが)積みの僅かな段差を目敏く見付けては、そこに両手両足を掛けて、ヤモリのように、壁伝いに登り始めた。

 そうして、塔の十分の一ほどの高さまで登った辺りで、筋肉に過度の負担が掛かり始め、それ以上続行するのが困難になってきた。

 けれどもそうかと言って、地上に戻るにしても、そこから飛び降りたのでは、何かしらの怪我は免れない高さだった。

 途方に暮れたラウレリアに追い討ちを掛けるようにして、突如発生した強風が、猛獣のような唸り声を上げて、襲い掛かってきた。

 息をするのも困難な容赦のない風の勢いの中で、両手両足が痺れ始め、それ以上、掴まっていられなくなってきた。

 そして、ラウレリアの肉体は、遂には強風にもぎ離されるようにして、外壁から木の葉のように剥がれ落ちた。

 それから後は、風のなすがままだった。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第7幕へと続く ・・・


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