第2話

文字数 1,896文字

「あ、」
 
 帰り道駅への途中、あのビルから若い女のコに囲まれたクロくんが出てきたのは数日後の夕暮れのこと。
 ノー残業デーは大体ここの学生たちと帰宅が被るの忘れてたわ。
 気付かれないように通り過ぎようとしたのに。

「彩未センパイ!!」

 しまった、見つかった。
 またね、と周りの子を振り切ってこちらに走ってくるではないか。
 何? 何なの?

「お仕事お疲れッス」

 ノリがチャラい、周りにはいないタイプの人間。

「ありがとう、クロくんも終わり? お疲れ様」

 社会人3年目、コミュニケーション能力は昔よりは良くなってるはず。
 愛想こそ悪いけれど顔には出してないつもり、彼が苦手なタイプであることを。
 勝手に並んで歩き出してくるのに困りつつ、まあ駅までは少しだからと我慢。
 とっとと巻こう、さっさと帰ろう。

「彩未センパイ、高校の時から全然変わってないですね!」
「クロくんは変わったよね」

 嫌味のつもりで言ったのに彼は嬉しそうに笑ってる。

「あ! そうだ! センパイ、これ、良ければ貰って下さい」

 また、LINE?!
 と身構えて横目でそれを確認すると。
 チラシ?
 立ち止まりそれを貰って確認した。

 クロキ アツシ 初の個展
 夜空?
 星座を散りばめたようなキレイな色が夜空にたくさん。
 一瞬その美しさに見惚れてから。

「クロくんの個展?」

 今更だけどクロキ アツシ、が彼のフルネームなんだ。

「そうなんです、今週末なんでよければ」

 今週末、何かあったような気もしないでもない。
 でも。

「約束はできないけど、吉祥寺に行きたい店があるから時間があれば寄ろうかな」

 基本こういうのは社交辞令でやんわりと断るんだけど。
 本当に純粋にキレイな絵だな、観てみたいなと興味が沸いた。

「センパイ、何線ですか?」
「総和線」
「あ、一緒!!」

 げっ!!

「駅まで同じだったり」

 ニッと嬉しそうに笑ったクロくんにピシャリと。

「なら怖いわ」

 思ったことがポロリと口から(あふ)れてしまって、その瞬間クロくんはショックを受けたように目を見開いて。

「んなつもりじゃなかったんすけど、何かスンマセン」

 ショボンと肩を落としてしまう姿が、何か。
 あ、怒られた犬?
 こっちが悪いこと言ってしまったかのようで。
 ズキンとした。
 ……いや、確かに失礼な言い草だったよね。 
 
「ごめんね、私キツイよね」

 人を傷つけてから気づくのは悪い癖だ。
 ユウキも最後にそう言ってた。


「オレ、彩未センパイのことキツイって思ったことないすよ、カッコイイとは思ってたけど」
「はい?」

 私のが落ち込んだのが伝わってしまったんだろうか、と彼を見ると。

「生徒会長挨拶、カッコイイなーて」

 や、いらんこと言わないで恥ずかしい、思い出させないで。

「んで、ユウキ振った時もカッコイイな、て」

 あー、何か知ってるんだ。
 あまり知られたくない過去がひょっこりと顔を出す。

「何か聞いて、たり?」
「ユウキからじゃなくて女子の方からね、生徒会長キツイキツイ言ってたな。けど話聞いてみたらあたりまえじゃんね!! 二人とも彩未センパイから殴られても文句言えないだろって思ったわ」

 思い出して笑うクロくんに何だか救われた。
 トラウマのように引きずってた。
 あれから何度か恋愛のチャンスもあって付き合ってみたりもしたけれど誰かにまた深くのめり込んで辛い思いするのも怖くて。
 そんな私に気づいて冷めてるね、て去っていった人達。
 その度にユウキとの別れを思い出しては悔やんできたけど。
 あれは正解だったのか不正解なのか。
 自分としてはもっと他に方法はなかっただろうかと悩む、今でも時々ね。
 だから。
 なーんだ、そんな風に思ってくれてた人もいたなんて。
 少しだけ心が軽くなった。

「ありがとう」

 電車に揺られながら笑うとクロくんもニッとまた大きな口を開けて笑う。

「何もしてないっすよ?」

 地元の話やら高校の時の先生の話やら、話のネタとなる共通点はたくさんあって。
 クロくんの話し方がまた面白くてあっという間に時間は過ぎていく。

「私、次の駅なんだ」
「残念、オレ後3つ先だわ」

 そか、と笑うとクロくんも笑う。
 さっきはごめんね、怖いとか言っちゃって。
 この子そういうのじゃなくて、本当素直そうだ。
 あまり人がいいから誰かに騙されそうで心配になるほど。

「クロくん、土曜日に行ってもいいかな?」
「え? あ、個展?!」
「うん」

 じゃあ、またね、と到着した駅で降りてからクロくんに手を振ると子供のようにペタリと電車の扉にくっついて。
 待ってますー! マタネ、と手を振ってて、やがて小さくなっていく。 
 いい子じゃん、なんて思ってしまった。

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