第1話

文字数 1,000文字

「彩未センパイ?」

 見ず知らずのすれ違うだけの人に私の名前を呼ばれ驚いて立ち止まった。

「あの?」

「彩未センパイ、ですよね?▲▲高校の」

 確かに私の出身校だけど。

 
「オレ、ユウキといつもツルンでた、覚えてないっすか?」

 ユウキって。
 

 高校時代、私の知っているユウキといえば、

ユウキしかいない。
 一瞬思い出すのは最後の瞬間。
 ああ、嫌な感じ。
 すぐにそれに蓋をして考える。
 目の前の彼のこと。


 その友達にこんな子いたっけ?
 いつもユウキの隣にいたのは鬱陶(うっとう)しいくらいの長い前髪が黒縁メガネを半分隠しちゃってる、根暗そうな……。

「クロ、くん?」

 本名忘れたけど、ユウキがそう呼んでたあの子!
 こんな垢抜けた可愛い子じゃなかったけど、ユウキの友達といえばその子しか覚えてない。
 唯一覚えていたその彼の名前を呼ぶと嬉しそうに大きな口を横に広げて笑って。

「そうです、クロです」

 久しぶりです、覚えててくれて嬉しいです、と握手を求められた。
 あれ? こんな(なつ)っこい子だったっけ?

「彩未センパイ、会社この辺りですか?」
「そ、このビル」

 今日は同僚たちより少し遅れて一人ランチタイム、帰る途中だった私は目の前のビルを指差した。

「マジかあ」

 ニッと笑うクロくんは、ここから3つ先に見えるビルを指差した。

「オレ、あのビルにいるんです」
「あそこって、確か美術系の専門学校が入ってる」
「です、今そこで助手をやってて」

 へえ、アーティストの卵?
 どうりでサラリーマンぽくはない。
 ジーンズにシャツワンピ、そして黒い大きな帽子。
 顔も可愛いからモデルでもやってるのかと思ったよ、話してると周りの女の子たちが振り返ってく。

「ここで会ったのもなにかの縁だと思いません?」

 広い都会でこんな近くに同郷の人間がいるなんて! と彼は目を輝かせて。

「良ければLINE、交換しません?」
「しません、またね」

 速攻却下!
 いきなりLINEとか聞いてくるとか、ちよっと嫌、軽すぎる、無理、ごめんなさい。
 私はそんなに軽くないからね。
 背を向けて歩き出した私に。

「彩未センパイー! また会いにきます!! またねー!!」

 止めてお願いそんな大きな声とか止めて。
 恥ずかしいけれど、会社に入る前にチラッと振り返るとまだバイバイと両手で大きく手を振ってるのが目に入って。
 恥ずかしさで知らんぷりのまま顔を(そむ)けてクスリ。
 憎めない子、そんな印象を受けた。


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