第9話

文字数 1,279文字

 寒っ、三寒四温。
 桜は咲いたというのに何だ、この寒さ。
 朝は暖かかったから薄着で来ちゃって後悔。
 残業で遅くなったら気温がグーンと下がっちゃってた。
 駅までの道を急ぎながら、クロくんのいるビル前を通り過ぎようとして。

「彩未センパイ!!」
 
 その声に、久々に聞く声に足を止める。

「お疲れ様っす!!」

 あれからもう3週間目。

「お久しぶり、だね」

 誰か待ってるのか、ビル前の柱に寄りかかってるクロくんに頭を下げて足早に通り過ぎた。

「あ、センパイ、待って」
「?」

 振り返ると差し出されるのは紙袋。

「お土産っす!」

 土産?!
 紙袋を覗き込むと、何やらいっぱい。
 紅茶の缶、こっちはハンドクリーム?チョコレート菓子の詰め合わせと可愛い手帳に万年筆、お塩なんかもある。

「センパイ、何が好きかわかんなくて、」

 アハハと笑うクロくんに戸惑う。
 だ、だってあれから3週間だよ?
 んで急に現れたと思ったら大量のお土産。

「どこか、行ってたの?」
「うん、仕事? つうか、オレの師匠みたいな先生についてフランスで美術の勉強に2週間、今朝帰ってきたの」

「フランス?!」

 見かけなかったのはそれのせい?!

「連絡先知らないし彩未センパイにどう伝言したらいいか、オレのバイト先にはセンパイ来たら伝えてとは言ってたんだけど」

「ごめん、行けてない」

 嘘、一回だけ行った。
 でも勇気が出なくてドア開けられなかった。
 開けてたらもっと早くこの状況がわかったと思うと自分の不甲斐なさに情けなくなる。
 肝心なときに肝心なこと、言えない、行動できない。

 ふと見たらクロくんの鼻が赤くて。
 もしかして、と伸ばした指先にあたる頬の温度の低さに。

「何時から待ってたの?!」

 これ渡してくれようとしてたんでしょ?

「ん、と、18時くらい?」

 へへ、と照れ笑いするクロくんに。
 ポケットから足しにもならないだろうけど小さなカイロを手渡す。

「2時間も待ってたら凍えるじゃん」

 彼の両手の間にカイロをはさみ、その上から包み込む。
 こんなに冷えて。

「前にほら、18時くらいに会えたでしょ」
「それはね、火曜日だけノー残業デーだからだよ」
「なるほど! あ、今日は木曜日だ!!」
「そういうこと、です」

 そっか、と笑っていたクロくんが。

「センパイ」
「ん?」 
「髪切った?」
「切った、少しだけどね」
「かーわいい、パーマもかかってる」

 思いがけずのかわいいに思考回路一瞬停止しかけた。
 でも。

「え、と、ありがとう! それと、お土産もいっぱいありがとう! これ、全部貰ってもいいの?」

 言わないと、ちゃんと言っておかないと。

「全部貰って下さい、ついでにオレもおまけで貰ってくれたら嬉しいなー」

 おまけ?!

「大きいから持ち帰れません」

 何、私ドキドキしてるのよ!!

「えー、大きいけど付いて歩けるよ? ちゃんと言う事聞くし! 割と便利だよ! 手先器用だし料理も作れるしセンパイのこと大好きだし」

 今度こそ本気で停止しそう。
 どこまでが冗談でどこまでが本気なの?

「クロくん、私ねからかわれるの好きじゃないんだ」

 クロくんの手を離して歩き出した。
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