第18話

文字数 3,794文字

糸を引いたようなパス。人がどんどん顔を出して連動していく。その川の流れのようなサッカーに美を感じて人は熱狂する。ただリンク(繋ぐ)するだけではない。ハーモニー(調和)を奏でながら次のドアを開く。リンクサッカーでは終わらない。ハーモニーサッカーを目指す。自由にポジションチェンジを繰り返すトータルフットボール。アベレージの高いプレーヤーを集めたクライフもビックリなチーム対足が早い。背が高い。クロスを上げさせたらこいつ。みたいなスペシャリストを集めた個が強いチームの対決。確かな準備によって戦いに勝つ確率を上げる事は出来る。でも所詮準備は準備。戦いはいつの時代も蓋を開けてみないと分からない。
監督はバスで長々と話したのもあって試合前のロッカールームでの話は簡潔だった。
「お前ら、相手の情報はある程度頭に入った筈だ。後はお前らが考えて、それをピッチで表現して来い。さあ、最後、決勝だ。悔いの無いようにやって来い。グランドに今持ってる自分の力を全部置いて来い」
「はい!」
このチームは元気が取り柄だ。一人一人自己主張が強くシャイな奴は一人もいない。典型的な体育会系の集団。翔太達は意思統一をしてロッカールームを出た。
両チーム揃っての入場はもうサッカーではお決まり。隣にカナリア色のユニホーム。この日本でしかも東京で子供の頃からサッカーをやってる奴にとってはその高校のユニホームは特別だった。あそこでサッカーを、高校生になったらやりたい。そう思う子供は少なくない。誰でも知ってる伝統のユニホーム。だが一方の翔太だけはイタバシJrユースにいたから、それ程思い入れは強くないし、ああ、スゲえ、京帝だ。みたいな感じにはならない。しかし、彼以外の選手はそうではなかった。皆の顔がいかにも京帝のユニホームを見て少しビビってるように翔太には見えた。翔太はこいつらだって、俺らと同じただの日本の高校生だぞと心で仲間に念を送った。敵を知らなければ戦えない。己を知らなければその資格すらない。戦わずして勝つのが究極の勝ち方。でもこの世には避けられない戦いもある。試合が始まる。高校サッカー。いつものテーマソングに乗って入場。ゲートを潜ると素晴らしい陽の光が注ぐ。秋から冬にかけて。季節の変わり目のこの時期。雲一つない晴れ上がった空。あっちょっとはあるかな。多少気温は低くなったが、サッカーをするには丁度いい。風も微風だし、ピッチコンディションとしてはまあまあと言える。こういう条件下では真の意味で実力勝負になる。それも京帝とやれる。翔太はイタバシのユースに上がれなかったが、ここに来てある種の幸運に遭遇したんだという喜ぶ気持ちも内にあった。あの京帝が相手。自分でも不思議な感じがする。その奇妙な運命にニヤッと笑い。この試合で俺の今、有している能力の全てをぶつけてやるという意思表示をし、グランドに散って相手ボールのキックオフを待った。
ジャイアントキリングを期待するサポーター。源義経宜しく、判官贔屓は万国共通。ゴールへの執着を見せてみろ。自然はそれ自体が完成された芸術。だが、信頼がゴールという芸術を生むのがサッカー。サッカーは信頼がその芸術のスパイスになる。主審がラインズマンと副審に合図し、両チームのポジションを確認してから、笛を口に運んだ。ピピー。東京都の王者を決める笛が戦いの始まりを告げた。
粗野なプレーはなしで、始めっから飛ばして来る京帝。ワンタッチ。ツータッチで早い球離れのサッカーを見せる。取れそうで取れない。やはり一人一人の能力は高い。全員でのボールキープを徹底的に追求してやって来た甲斐があったと京帝の関係者は思うだろう。右サイドが混雑を見せると今度は左へ大きく展開。その辺のスペースの使い方も上手い。ピッチの使い方。一つ一つのパス。ボールの距離が様々だと、バリエーション豊かな攻撃だと言える。反対にボールの距離が一定だと攻めが単調になり、リズムも出にくく、相手に読まれ易くなる。サッカーではその攻め方。とかくリズムが大事なんだ。
「くそっ取れねえぞ」
相手のミスでマイボールには出来るが、立ち上がり、ボールの支配率は明らかに京帝が上回っていた。守備も上手い。翔太がボールを持つと、すぐに2、3人で取りに来る。近くにいる奴が連動してケアしてる感じ。マンツーマンというより、ゾーンで囲むという事がチームの決まり事の一つとしてみんな共通認識、共通理解として確立されている。ゾーンプレス。ACミラン。かのアリゴサッキが用いた戦術は、一人一人がフィジカルを含めて高いスキルを持ってる事が大前提。また、日本でも名将加茂が横浜フリューゲルス時代にそれを用いたその方法論は、この考えを前提としているが、時のフリューゲルスの10番。セリエA。トリノやブラジルの名門。サントスの司令塔でFKの名手としてその名を馳せた一人の男がいて、その戦術が成り立っていた。後にそのエドゥ本人が雑誌のインタビューで話していたが、取ったらエドゥ。カットしたらエドゥに預けるという事が一つカギでエドゥありきでゾーンプレスの練習に取り組んでいたと言うのだ。監督。それって本当っすか?って改めて聞きたいくらい興味深い話ではあるが。現代サッカーとは、コンパクトなサッカーを指す。トップからディフェンスラインまでのゾーンを短くして意図的に密集を作り、攻撃も守備も全員でやる。またはプレッシングサッカーという言い方もあるが。サッカーをプロとしてやってる国では当たり前のように浸透している戦術だ。ゾーンプレスと言わないまでもそれを日常のように戦術の中に既に組み込まれている。国のリーグによっては、中盤はある程度ボールを持たせてくれるが、ペナルティBOX付近から前の、いわゆるアタッキングサードと呼ばれる(攻撃ゾーン。仕掛けのゾーン)所では当たり前だが、プレスは相当にきつくなる。どちらかと言うと翔太の高校はこの戦術を取っている。中盤から前の選手には、守備のパスコースを限定。ワンサイドカットをして、パスコースを限定させる。それを最低限の約束とし、やみくもに相手を追わない。無駄に体力を消耗する事は避ける。そういう無駄走りはあくまで捨てる事。何がチームにとって有効かを常に考える。大人のサッカーだ。根性論はいらない。闘志は持っていて当然だから。いざ攻撃の時、息切れしていては意味がないから。それも“ここは全員で守る時だ”とかそういう場合を除いての話しだが。京帝は、完全なるプレッシングサッカー。それも前からガチガチに来る。相当スタミナを有する筈なのだが。
「こいつらしつけえぞ」
翔太は、ここに来て、自分の体力のなさを痛感していた。考えてみれば当たり前だ。ブランクがあり過ぎるし、中学の時から比べると身長はそこそこ伸びたが、やっと日本人の平均に届くかなってとこだ。170あるかないか。プロの平均には届いてない。トレーニング不足から筋力もなく。フィジカル的には周りと比べて弱かった。ここまでテクニックとイマジネーションだけで何とか乗り切って来た。
「なら、頭を使ってやるだけだ」
翔太は神経を研ぎ澄ませた。コンセントレーション。ディフェンス時のオフザボール。相手の展開を読み、タイミングを見計らって。
「そこだ」
味方が縦のコースを切ったから、横のスペースを狙う。ドンピシャで大当たり。読みのいいディフェンスは、“あっこいつセンスあるぞ”と言われる。翔太はそこだけは合格だった。翔太はインターセプトすると、ドリブル開始。引きボールで一人交わし、二人目は、マルセイユルーレットならぬイタバシルーレットで交わす。そして右サイドのスペースへ出す。もうこれは一つの攻撃パターンとして確立していた。絶妙なタイミングで、右サイドの彼は翔太のパスを受けては、ドリブルで突進。そしてペナまで入りシュート。クロスバーを叩いたが、このこぼれたボールが川村の目の前に、そして彼はラッキーと思いつつもヘディングでボールをゴールに叩きつけた。この試合予想に反して先制したのは今大会のダークホース。いまや公立の星となった翔太ら都立高の方だった。川村は、感極まってユニホームを脱ぎゴール裏のスタンドまで駆け寄り、喜びを爆発さした。だが、これはFIFAのルール上、黄色いカードが出る。
「しょうがねえ奴だな。でもナイスゴール」
「悪ぃ。カード出るの忘れてた」
「その分。もっと働けよ川村」
この試合で二枚貰ったら、退場だが累積で次の試合に出られないという事はない。何せ、これトーナメントのファイナルだから。でもあのカードはもったいない。FIFAもファン、サポーターの事をもっと考えなくてはならないのではないか?時間短縮も分かるが、ファン、サポーターが何を望んでるかにもっともっと目を向けなくては、スポーツエンターテイメントとは呼べません。はい。
「おい、あれ程、吉川に前向かせるなって言っただろ。お前ら忘れたのか。特に本田。それはお前の仕業だろうが」
「はい」
タッチラインで京帝の選手がメタボオヤジに怒られていた。京帝のゲームプランはここで否応なしに修正を迫られる。これで攻めるしかなくなった。前半の内に同点にして置きたいところだ。
「さっきのあの感じ。もう一回やってやろうぜ」
「ああ、勿論。何度だってやってやる」
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