第2話

文字数 3,783文字

何だと。俺がサブであいつがレギュラー。おまけに10番だと。10日間の合宿でここにいる全員が思った。翔太と杉山輝樹の二人がこの中で明らかにレベルの違うプレーをしている。そして二人は、必ずライバルになるだろうと、誰もが思っていた。それは、監督が意図的に競争させているのだろうというのがすぐに周囲に分かったから。紅白戦では、決して二人を同じチームでプレーをさせなかった。他のメンバーはバラバラに並べたのに、この二人だけは違った。監督が用いた戦術は2トップの下に一人の攻撃的MFを置き、その後ろに二人のボランチを置く布陣。それを一貫して行なっていた。例え、紅白戦であってもだ。その場合、杉山輝樹と翔太をそれぞれトップ下に置く布陣で。それがあったから、他のメンバーも二人の内のどちらかが、レギュラーで、どちらかが控えという立場になる事をしかと理解していた。この二人の関係、興味深いのは確かだが、当の二人以外にとっても重要事項だった。そう彼ら他のメンバーはトップ下に使われたり、使ったりするからだ。監督は翔太と杉山輝樹を同じチームで並べて使う事はなかった。この二人のどちらかをチームの中心に据えて、チームを作ろうとしていた。共存なんて文字はこの監督の頭にはなかった。二人は良く似ていた。典型的な10番。二人共パサーであって、点を取るのも上手い。ドリブルもいいものを持ってる。ただ、彼らの違いは、利き足が違うという事だけだった。杉山輝樹は歴代の日本の10番、名並や中村と同じ左足。翔太は逆に右足だった。後は監督の好みの問題だ。あくまでトップ下を一人にするなら。この二人は誰が見てもライバルになる。単刀直入に言ってこいつはヤバイ。チームでも唯一無二の存在だ。名実共にさあ、どっちが王様だ。どっちが日本の玉座に座るんだ。それを翔太と杉山輝樹は何を思ったのか、初日は仲が良かったのに、次第にその距離は離れていった。彼らはまだ、12歳のガキだったが、この年代で日の丸を付ける事の意義を感じ取っていた。そう、プロになるという夢が、全国にいるサッカー少年達よりも早々にぐっとリアルに近付いたからだ。そして、人より秀でた物を大人に見せる事。自分をアピールして認めさせる事の重要性をこの場所で頭に植え付けられた。
話しは元に戻す。こちらは板橋区。
「何やってるんだ。瀬川。お前は真ん中で張ってろ。ボランチが持ったら、そこで貰って前を向け」
ほーら、見ろ。俺を使わないからだ。瀬川駆は翔太の幼なじみだった。いつも二人でボールを蹴っていた。日が暮れて、互いの親達が心配して迎えに来るまで。ずっと、二人で技を磨いて来た。瀬川駆も確かにいいものを持っている。JのJrユースでレギュラーポジションを取るだけの力は持っている。だが、去年までサイドで持ち味を発揮していた。サイドで彼がボールを持つと何かが起きる。そんな男がいきなり、実践で一度もやった事がないトップ下のポジションをやらされている。簡単に行くわけがない。お山の大将。井の中の蛙だった。どいつもこいつも腕ならぬ足に覚え有なのだから。相手はJリーグでも首位争いをしている浦和のJrユースチーム。アジアの頂点にも立ち、ここ数年で日本のビッククラブに成長したプライドが、下のカテゴリーにも植え付けられている。東京の第4のJクラブとなったまだ歴史の浅い板橋のチームに、いくら練習試合と言え、そう簡単にやられるわけにはいかない。彼らのサポーターはユースと言えども黒星が続くのを決して心良く思わないのだから。メンタルで優位に立つ浦和。そんな中で去年までのシステムを止め、チーム一のテクニシャン。翔太をスタメンから外して望むこの試合。結果はやる前についていた。案の定。前半終わって3対0。終了間際に板橋のDFが相手をペナルティBOXの中で倒したように見えたが、主審の位置からはブラインドで見えにくく、笛を吹けずじまいで板橋にとってはまさに命拾いの瞬間だった。4対0になっていたなら、この試合は間違いなく前半で終わっていた。ここで翔太は思った。これならまだチャンスは残されていると。きっと後半の頭から監督は俺を使う筈だと。有能な監督なら勝ちに行く時は、考えうる全ての手段を使うものだから。
「駆。何を迷っているんだ。お前にはドリブルがあるだろう。俺はお前にパサーになれと言っているんじゃない。お前は、サイドを突破出来る。俺はそれを真ん中からでも出来るようになれと言っているんだ。真ん中で仕掛ければ特にBOXの近くにドリブルで突っかければ、簡単には止められない。ファールすれば、即PKを謙譲する事になるからだ。だからこそ、俺はあそこで、BOX付近でお前がドリブル突破するとこが見たいんだ。真ん中からサイドに抜けて中に折り返すも良し、いいか、後半だ。頼むからお前の可能性を俺に見せてくれ」
何、パサーはいらないだと。ドリブル。確かに駆は俺にないものを持ってる。でも俺みたいなパサーが真ん中にいて初めてアイツが生きる。翔太はいつも自分が駆の力を引き出して来たと思っている。トップ下にドリブラーを置く。監督の意図するところが分からなかった。想像力が亀裂を生む。なんて情けない世界なんだ。彼はこの大人の眼力のなさ、世の無常さに絶望した。人は困難に直面してこそ、それを乗り越える術を手に出来る。全てはそこから始まる。
 己とは違う者の存在が己を高めるきっかけとなる。後半。翔太の目は釘付けになった。駆は監督の言葉で吹っ切れたようにボールを持ったら、前に突っかけて行く。右サイドからのグランダーのパスを右足インサイドで包み込むように上手に招き入れると、得意のまたぎ。一昔前ならオランダのフリット、日本のカズ。そしてブラジルの怪物ロナウド。そして今は、ブラジルのロビーニョ、ポルトガルのクリスチャーノ・ロナウド。駆は彼らばりのシザーズフェイントを繰り出し、相手の重心が左に傾くと、右足のインフロントで鋭く、そして繊細なタッチで左へ抜けようと、モーションを起こす。遅れたDFはたまらず、ファール。ペナルティBOXで狼藉を働いた。後半の立ち上がり。駆はいきなりのPKを奪って見せた。駆はベンチを指差しガッツポーズ。これが天才と称される所以なのか。翔太は悔しさからか、目を反らしてしまった。親友の活躍を心の底から喜ぶ事は出来なかった。この後、駆がPKを決め。3対1とした。その後は両チーム。一進一退の攻防。駆のドリブルに恐怖したのか、さすが、相手はユース年代屈指のチームだ。ゾーンではなくマンツーマンで駆にマーカーをつけてきた。ここで俺が加われば、この状況を打開出来る。DFの目線を分散出来ると翔太は考えていた。監督にアピールするように一人、勝手にアップを始める。残り10分。監督が立ち上がった。良し、俺の出番だと監督に視線を送るが、監督は目を反らし、ライン際まで行き何かを呼ぶ。
「交代だ。太一。駆を右サイドに回す。太一、お前は駆にパスを出す事だけを考えろ」
そんなバカな。二年の太一をトップ下だと。何で?俺の事を忘れたのか。去年まで10番を付けてレギュラーとしてその場所にいたのは俺なのに。そこは俺の指定席の筈なのに。点が取れない。試合はサイドに張った駆が何度か突破してクロスを上げるが、決めきれずスコアはそのまま3対1のまま終了。翔太の怒りは沸点ギリギリだった。
「まだまだお前らは、甘い。無駄なプレーが多いし。頭も使ってない。考えを整理して、それを最良に変える力がいるんだ。至上魔錬だぞ。日々の生活の中で自分を磨いてピカピカにする。誰に見られても恥ずかしくないくらいにな。体じゃないぞ。プロのプレーをしろ。お前ら、プロになりたいんだろ」
「分かってますよ。先生」
「これからっす」
「俺らそんなに馬鹿じゃないっすよ」
「ふっ今日は負けたが、次は勝つぞ。いいな」
「はい」
監督が先にロッカールームを出た。翔太は着替えずに監督に詰め寄った。君はこんな人間。勝手に推測されては困る。人の心を全て読むのはまず無理な話しだ。それは只の驕り。そうだろ。
「監督。ちょっといいですか。俺、何かしましたか。何で俺がスタメンを外されないといけないんですか」
「お前、それをいいにわざわざ来たのか。お前の力は分かってるつもりだ。それから、お前の性格も。俺はJリーグのJrユース監督だ。俺の仕事はな。試合に勝つ事も大事だが、それよりもプロになれる才能を伸ばす事を求められている。お前中心にチームを作る事は出来ない。お前はチームプレーという本質をまだ分かっていない。もう一度考えて見ろ。お前にも必ずチャンスをやる。それとお前が上まで上りつめたいのなら、体作りもしっかりやれ。もっと牛乳でも飲め。じゃあ、今日はおつかれ翔太」
監督の言いたい事は大体理解出来た。確かに俺を中心にチームは作れない。それも分かる。だが、悔しかった。それに加え自分だけが伸びない身長。確かにチビで痩せっぽちの司令塔はリスクを伴う。マラドーナはチビだが、体は丸太のように頑丈だった。俺の体とは違う。今日は最悪だった。自分の性格と自分ではどうしようもないフィジカルの事まで、はっきりと今のままではダメだと烙印を押された日だったから。歪みは正す。濁りは清めるしかない。
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