第10話

文字数 3,918文字

 予選が始まる。すでに一回戦、二回戦は突破していた。翔太はベスト32を賭けた試合から登場する。この高校はこの辺りが毎年の山だった。いやラストだった。
「吉川。お前は10番を付けてトップ下で攻撃に専念してもらう。みんなもこいつを慣れさせる意味でも、こいつにボールを集めろ。いいな」
「ヒュー」
まだ、翔太にチャチャを入れる者もいる中でのキックオフ。ちゃんとした試合。公式戦はJrユース以来だった。ゲーム開始。翔太がボールを持つ。でも誰もサポートに来ない。誰か来いよ。くそっ。と翔太。仕方なくドリブルで突っかけるがすぐに倒される。すぐにリスタート。翔太は右にボールを叩き。パスを送った奴のサポートに回る。ここで俺にパスを。俺とお前でワンツーを決めれば、お前の前方。右のオープンスペースに俺がお前を抜けさせてやる。そこまで先をイメージしては俺にボールを出せのジェスチャーと声。
「はい、ここっ。俺に出せ」
そいつは翔太のせいでベンチに追いやられた奴と仲が良かった。だからそいつは翔太じゃなく、ベンチの奴をチラ見しては、翔太を使わず、自分で縦に抜けようとした。しかし、あっけなく相手に捕まりボールを取られる。
「何やってんだよ。そこは、俺にパスだろうが」
と翔太はそいつに向かって言うが、シカト。あんの野郎。翔太の腸は煮えくりかえっていた。自分ではどうする事も出来ないこの状況。そんなに俺が嫌いか?そんなに俺が邪魔かよ。やっぱり、俺はここにいちゃいけないのか?翔太はこの怒りの納め先を見つけられず下を向きそうになった。しかし味方がボールをインターセプト。坂田功一。
「吉川」
すぐにカットしたボールを翔太に渡す。そしてこのチームのセンターバックで、守りの要であるこの男はディフェンスラインにラインを上げろと指示を出す。そして翔太には守りは任せろというジェスチャー。よし、俺は一人じゃないと思い直し、翔太は攻撃を開始。
「はい、こっち」
もう一人いた。こいつも俺を誘ってくれた男。FWの一角を任されている。川村陽介。小柄だが、両足が同じように使えて、足も速い。DFの裏を取ろうとする動き。オフサイドラインに引っかからないように一度、DFの前に入ってからプルアウェイで膨らみながらボールをもらう動きを見せる。巧みな予備動作。そこだ。翔太は絶妙のタイミングで左足アウトでボールを切りながらも押し出す感じでボールを蹴った。野球のシュートのような曲がりのスルーパスを通した。二人のコンビプレー。アイコンタクトは完璧だった。これしかないタイミングでオフサイドの網を掻い潜り小柄なFW川村陽介はファーストタッチからフィニッシュまで完璧なプレーをした。VTRがあったら何度でも再生したいくらい美しいプレーだった。1対0。試合の均衡は敗れた。前半終了間際の最高に美しいプレー。それは二年半もピッチの上から遠ざかっていた男の左足から演出されたゴールだった。最初の試合。前半で1アシスト。Jrユースでは2年連続でチームのアシスト王だった。稀代のパサーは少しづづ感覚を取り戻し始めていた。
「ナイスパス。吉川」
「お前こそ、ナイスゴール川村」
ハーフタイム。ベンチに帰る際に二人で握手とハイタッチ。翔太は最高の気分になった。やっぱりサッカーは最高だ。
ベンチに戻ると監督が
「吉川、ナイスパスだ。川村も良く決めたぞ。それから他の皆も良くやった。後半もこのまま集中を切らさなければこの試合勝てるぞ。分かったな。このままだぞお前ら」
「ウイっす」
「はい」
「後は吉川にもっとボールを集めろ。前半、殆ど出来てなかったぞ。いいか、吉川をこの時期に入れる事は確かにリスキーだった。だがこのチームには絶対的な司令塔が必要なんだ。お前らもそれはずっと感じてただろ。昔のイングランドじゃねえんだから、バックからトップにボールが入る。競り合いで勝てればいいけど、ウチのFWはサブ組も含めて足元でもらうタイプが多い。足元でいいパスもらいたいだろ。皆もこいつの視野の広さと足元の技術の高さは練習で分かってる筈だ。それにこいつも相当な覚悟して入部したんだ。一度夢を諦めた男が再びその夢に挑む事への勇気。だから分かってやれ。俺だって何年も監督やってりゃ分かる。お前らの中にこいつを認めたくない奴がいる事ぐらい。でも良く考えろよ。さっきのプレー。そしてお前ら自分の夢がどこにあるのかを。皆、国立へ行きたいんだろ。なっ」
選手達は黙って監督の話を聞いていた。後はこいつら次第だった。人生に置けるあらゆる現象を検証し、プライオリティをはっきりさせる。フィロソフィーやチームコンセプトは、システム、フォーメーションよりも時に重要になる。選手の能力。彼らは何が出来て何が欠けているのか。それを見極めた上で、システムとか、フォーメーションの話に初めて移行が出来る。方法論よりも哲学とが、信念がその上に来なくては戦う前に相手に負けを宣告するようなものだ。その方法論だって型にはめるとか、自由にやらせるとか二者択一の議論になりがちだが、必要最低限の約束事を決めて、選手をしつけて行き、それを何も進言しなくても出来るようになれば、しつけを超えて選手の体に染み込み、血となり肉となる。そこまでくれば、選手が自分で考えて応用出来るようになる。だから、チーム作りは約束事を植え付けてから、後は選手の頭に任せるという両輪の考えの上でチームを作らないといけない。傑出した才能。翔太というこの中では、明らかに一つ抜きン出てる選手を中にいれても、まずそれらを踏まえた上でやらないといけない。だが、いかんせん彼らには、充分な時間を与えられてない。時間がないのだ。一体、どこまで彼らは出来るのか?
後半開始。この局面、当然相手も必死。そして押さえる必要のある奴には徹底的にマークを付ける。すっぽんのように喰い付いたら離さないのが理想。それを体現してるマーカー。ゾーンで守るより、明らかにキーマン潰しに来た。翔太は一番危険な奴。クラツキ(勝負を決める選手)なんだと前半だけで相手チームにそう思わせた。それにしてもこいつはしつこいと翔太は思った。明らかに彼はマークを嫌がっている。ボールを受けるとユニホームを引っ張ったり、必要なら腕や体も掴む。もはや何でもありだ。久しぶりの一対一。そのぞくぞくするようなスリルと駆け引きに翔太の胸は踊っていた。やってやる。翔太は足の先から熱くなるのを感じた。サッカー選手としての血がたぎり出したのだ。彼の中の戦士の血が。翔太はラッセル・クロウのグラデュエーターやメル・ギブソンのブレイブハートとか中世ヨーロッパ物の映画が大好きだった。男の友情、ロマン、そして生き様。それらに強い憧れを持っていた。武士道よりも騎士道が彼は好きだった。武士道は固っ苦しい感じがして苦手だった。日本人の美徳。沈黙は美なり。徳なりは日常生活の全てに、それは使えないのを知っていたから。それよりも口に出して愛を伝える方が自然と感じ、せっかく人間には言語があるんだからそれを使わない手はないと思うような男だった。俺の前世は欧米人。特にヨーロッパ人だと勝手に思っていた程だった。戦場で死を覚悟して戦えば、生き残り、生きたいと思えば、逆に死を招く。サッカーに置き替えれば、戦場は緑のフィールド。死はすなわち怪我。この緑のフィールドという戦場では、戦いの女神が。“怪我は、恐れるものではない。怪我を恐れる弱い心を棄てる事から始めなさい”と言っているように思えた。戦場に立つ勇者はそれを忘れてはならない。翔太は後半、中世の騎士のように勇敢にプレイした。試合は拮抗していた。それもあの監督のおかげだった。翔太にパスが集まり出す。一人二人と翔太に信頼のパスを送る。翔太は嬉しかった。残念だが翔太にポジションを奪われた男の親友だけはまだ、躊躇っているように見えたが。翔太は自分にパスを出してくれた奴の顔を見ると負けられない戦いをしてるのに顔が笑顔になるのを止められないでいた。しかし翔太はいまだ信頼と友情の証のパスをくれない頑固な男にも何のためらいもなく、パスを出した。それは右サイドバックのポジションで、どうしても右からのサイド攻撃。右サイドバックのオーバーラップからのクロスが欲しかったからだ。それにそいつの心も動かしたかった。サッカーに置いては、個人の感情よりも、チームを優先すべきだと翔太は常に思っている。それが出来ない者はグランドを去れ。それを彼にどうしても悟ってもらいたかった。サッカーはチームスポーツ。個人よりも組織が優先される。この試合。左一辺倒でもキツイし、中央突破はなお難しい。それは中々やるなこいつと思った男のすっぽんマークにブランク明けの翔太が苦しんでいたから。真ん中でボールを受けて、シンプルにプレイする事だけを考えている翔太。サイドなり、トップにボールを少ないタッチで供給するイメージを持って。自分からはパスを出さないのに吉川は俺にパスをくれる。あいつ一体どういうつもりなんだと右サイドの彼は思った。またもや前半と同じ状況で翔太からボールを受ける。もう時間はない。ここで翔太はすっぽんマークを半テンポだがリズムを狂わし、何とか振り切る。そして彼のサポートへ入る。ワンツーで彼が縦のオープンスペースへ抜けれるようにトライアングルを作り出す。そして、また「さあ、俺によこせ」と翔太。迷っている彼、するとそこへ声が入る。ベンチから
「そいつに出せ。ワンツーで縦だ」
と翔太のせいでベンチに追いやられてる男は叫んだ。
「あいつ、本とは悔しいくせに。ちっしょうがねえな」
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