第14話

文字数 3,957文字

弓場に手を振る。それを遠くから同じ会場のどこかで見てる奴がいた。山口まみだ。
「ちょっとまみ。吉川君。あそこの人達と話し込んでるみたいよ。何だか楽しげにしてるけど。あっあの子。何だか怪しい。吉川君も何かデレデレしてる感じ。ほら、吉川君の顔、ちょっと赤くなってない?」
「翔太が、えーどこ。あれー。あー理沙?」
「知ってるのまみ」
「えーうん。同じ中学のクラスメイトだった子達」
「でもあの吉川君となんかいい感じの雰囲気出してる娘。凄いかわいくない?今時珍しい清楚っていうかピュアな感じ。吉川君。彼女の事好きだったりして。あっほら、今手を振った。ねえ、今の見た?まみ。あれは彼女だけに手を振ったんじゃない。今の感じは。理沙って娘に。あっごめーんまみ。ねえ大丈夫、物凄い顔してるわよ」
山口まみはジェラシーを感じていた。ジェラシーが生む怖い顔。不満が生むジェラシー。どっちも厄介だ。確かに弓場理沙は、女の子の間でも抜群にかわいくて美人という評判があった。目立たないが隠れNO.1の美女。でもまさか翔太と彼女が。山口まみはその光景を目にすると無性に翔太と話がしたくなっていた。そうしないとこれから大事な試合が始まるのに全然、集中出来そうにないし、素直に翔太を応援出来ないと思ったからだ。自分でもそれと分かる嫉妬心で試合どころじゃなくると直感的に思ってしまった。靄がかかって試合が曇るのが目に見えて分かっていた。そもそも彼女がここにいるのは試合の勝ち負けよりも翔太が頑張る姿が見たい。ただそれだけだったから。山口まみにとっては、翔太あってこそのサッカーだった。“翔太。早くこっちに来て。理沙とは何でもない事を証明してみせて“山口まみは祈るような気持ちで、スタンドから翔太のウォーミングアップを見ていた。
アップも終わり、入場ゲートで相手チームと並ぶ。翔太は持田を見つけた。中学の時よりもデカくなってる。ムカつくけど、180は優に超えている。翔太は話かけようとして止めた。これから運命を左右する戦いになるのだからと思い留まった。単に彼がデカくなったという嫉妬心も無きにしも非ずで。今年の高校サッカー。イメージソングと共に入場。否が応にも気持ちが高まる。写真撮影をしてからグランドに散って行く。いざ、決戦の時。キックオフを告げる笛が空に消える。この試合。翔太は自分はトップ下だから、ボランチの持田との接触は避けられない。それはいいとして、それよりも翔太はこの試合は立ち上がりが勝負だと考えていた。自分達は、早めにスタジアム入りし、相手チームよりこの会場の雰囲気に充分に慣れている。だからこそ、早めに仕掛けるのが一つのカギになると考えていた。サッカーはメンタルのスポーツだ。翔太はボランチからボールをもらうとドリブル。彼はトップスピードに入るのが早かった。ギアで言えば、ロウからセカンドじゃなく、いきなりトップギアへ。反転しながらボールを受け、その流れのままに上手く敵一人を交わし、縦にドリブル。そして良く状況を見てから右足インサイドでスルーパス。オフサイドギリギリのタイミング。で、それを川村がこれまた上手くスペースで受ける。
「川村、打てえー」
と翔太は叫んだ。川村はそんなの当たり前だ。お前に言われるまでもなく打ってやると言わんばかりの強烈なシュートを放った。キーパーが何とか反応し、手を伸ばす。スーパーセーブ。枠の外へかき出した。
「惜しい…」
翔太達を応援してる連中全てが漏らした心の声だった。まだチャンスは続く。コーナーキック。翔太は、東立DFは高さがあるので、ただ単にゴール前に放り込んでも跳ね返されてしまう。それは並んで入場する際にデカいのがゴロゴロといたのを確認済みで、試合に入る前から翔太の頭にはちゃんとその事がインプットされていた。それでとっさにショートコーナーに切り替えたのだ。左サイドで早めのリスタート。すぐにリターンを貰う。ドリブルで縦に勝負と見せかけて中央のフリーの選手にグランダーのパスを出した。そいつがダイレクトでシュートしたが、クロスバーを大きく超えていった。宇宙開発。たまにそういうシーンの事を半分ジョーク。半分皮肉を込めて言ったりする。練習ならいいが、試合となるとそれは最悪だ。それでもこの試合の立ち上がりは完全に東立を上まわっていた。翔太はこの一連の攻撃で決めきれなかった事を大変悔しがっていた。この流れは良くない。俺達、このままで大丈夫なのか?不安が襲ってくる。嫌な予感。相手はこの波状攻撃を凌いだ事が逆にモチベーションになる。俺達は守ったぞというのが自信になり、それがチームの士気を上げる事になる。下手をすれば、向こうのペースになってしまう。そういった場面を今まで、嫌という程、彼は経験して来たから。サッカーでは良くあるんだ。ピンチの時にはチャンスがあり、そのチャンスを絶対相手に渡してはいけない。でも流れはまだこっちのもんだ。翔太はピッチの上で自分に言い聞かすように声を張り上げた。
「皆、このままで行こう。いい感じだ。だから絶対に流れは向こうに渡すな」
「おう」
「ったりめーだろ」
チームが翔太の声に反応する。そう、声で皆をまとめるのもサッカーでは必要。ピッチの上で、その中で気付いた人間が監督の代わりにならないといけない。キャプテンマークを巻いた坂田が一番その力を持っている。だが翔太も子供の頃からキャプテンマークを巻いてピッチに立っていた。彼もまたリーダーの資質を生まれながらに持っている。
「保幸、そいつを抑えるのはお前の役目だろ」
「分かってる。今のが最後だ。もうあいつにはやらせねえ」
翔太はその会話のやり取りが聞こえた。おもしれえ。受けて立つぜ。近年、東立もベスト4の常連になりつつある。実力校だけの事はあって、一人一人の技術は高い。戦術も徹底されている。今年の東立は、司令塔に依存したサッカーではなく、ボールを奪ったらサイド。というのが一つの攻撃パターンとして確立されていた。それはサイドにいい駒がいるから成り立つ戦術だった。例えば90年代の韓国には優秀なサイドバック。ウイングバックが揃っていた。馬力というか、その突進力、そのスピードとフィジカルに日本は相当苦しめられた。スペシャリティ。個の力で縦に突破する。そしてクロスを上げチャンスを作る。その力がこの東立というチームにはある。残念ながら油断という名の病は好調な時にこそ蝕み始める。
「おいっ簡単に抜かれんじゃねえ」
中に絞ったDFのリーダー坂田が怒鳴り声を上げた。そしてクロスボールが入る。坂田が何とか競り合いに勝ちボールを外へ弾き出す。でもすぐにスローインからリスタート、またサイドを突破される。
「坂田っ」
翔太は叫んだが、坂田より前で相手FWがボールに触りへディングシュート。ボールの軌道が変わる。キーパー一歩も動けずボールはゴールネットに突き刺さった。一次攻撃は防いだが、二次攻撃で畳み掛けられ、最後は呆気なくやられた。立ち上がりで翔太達が出来なかった事を、逆に前半の半ば過ぎの時間帯に相手にそれをやられてしまった。翔太が感じた嫌な予感。結果的にここに来てそれがまんまと当たってしまった。そしてこれは、相手に流れを渡した事を意味する
「気にすんな。まだ時間はある。皆、顔を上げろ。やられたらやり返すぞ」
翔太はチームに喝を入れた。やられたらやりかえす。取られたら取り返すまでだ。翔太は前半で追いつきたい気持ちから、積極的にボールに絡んでいく。
「はい、こっち」
「今だ。よこせ」
「違う。ここにパスだ」
とどんどん声を出し、ボールを呼び込む。だがその分相手の当たりもキツくなる。ここまで勝ち残れば、やはり翔太もプレーヤーとして間違いなく分析されていた。ボールを受けると背中にプレッシャーを感じる。他でもないあの持田だ。彼が簡単に前を向かせてくれない。ベスト8ではマンツーマンでマンマークを受けたが、東立はゾーンでマークを受け渡す。真ん中で受けると必ず持田がマークに来る。ボランチは、ポルトガル語で舵取りの意味がある。英語ではディフェンシブハーフというよりセントラルミッドフィルダーと言った方が最近のサッカー界に置けるニュアンスに合致するのか。攻守両面でチームの要。フョーメーションでちょうど真ん中にポジションを取る。サイドの選手のサポートもするし、DFラインの前でファイト出来る選手をブラジルでは、“ああ彼こそがボランチの選手”だと評価されるらしいのだが。これは日本でもプレーした闘将ドウンガのイメージが強い。この東立の持田もその資質を擁していた。そして彼のメンタルも相当のものだ。
「ちっ」
翔太が舌打ちすると
「吉川。お前には負けねえぞ」
どっかで聞いた事があるセリフ。翔太は記憶を辿っていた。明けても暮れてもサッカー三昧。それは中学の時の体育の授業でやるサッカーのそれでも。
―おっ吉川対持田。腕ならぬ、足に覚えありの二人の対決。
―イタバシJrユース対ウチのサッカー部きってのエースキラー。
―この対決は見物だぞ。
―授業とはいえお寒い内容の試合は御免だぞ。頼むからいいもんみせろよ。
外野はいつでもどこでも自由にモノを言う。
「くそっまだだ。まだ負けてねえぞ。吉川」
翔太は持田をテクニックで翻弄。体格の差こそ当時からあったが、ボールを持った時の翔太はその年代では、ズバ抜けて凄かった。持田保幸は結局一対一では翔太に勝つ事は出来なかった。
―ウチのエースキラーもイタバシの10番には適わないのか?
―ちょっと残念だな。持田、一回も止められなかったぞ。
―あいつにとっては屈辱だろ。でも吉川、あいつ将来プロになんのかなあ。
―やっぱすげえよ、俺、今のウチにサイン貰っとこう。
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