第19話

文字数 3,939文字

川村と翔太は耳打ちをした。京帝ボールでゲーム再開。京帝はさっきよりも強い連動を見せる。それに加え、立ち上がりは様子みだったのか、サイドの選手も積極的に仕掛けて来る。やはり勝負所ではしっかりと戦う意志を前面に出して来る。それが全国に名を轟かす名門サッカー部、京帝だ。でも俺達も負けねえぞ。ここでチェンジオブペース。一点差で勝ってる時の戦い方。攻撃のリズム、ペースを変える。これがサッカーに置ける一つの戦術だ。コンビネーション。ボールを細かく繋ぐ。時にはロングボールやサイドチェンジでリズムを変える事も必要なのだが。翔太達はまだそこまでのレベルにはない。京帝と比べると、ボールキープも、その他のプレーもまだまだ甘い集団である。それは否めない。
「させるかっつうの」
だがウチの両サイドも能力は高い。“舐めるな、京帝”と翔太は仲間達を見て思った。そして右サイドで攻撃を食い止めた選手は、前で待つ翔太ら攻撃陣へ素早いフィード。都立高も徐々ににペースを掴み出していた。翔太はこの試合。今まであまりやらなかった技を次々と繰り出す。シザーズ。昔はリベリーノ、フリット、カズ。ロナウド。今はあのクリスチャーノ・ロナウドが得意なあのフェイント。翔太もまたこの技が得意だった。一昔前で云う所の“またぎ”フェイント。ボールを跨いで相手を自分の間合いに引き込む。自分のペースに誘い込み敵を幻惑させ相手を抜く。またはボールを上から守るが為、ボールキープの為にに使う。ボールの上を足を通過させると相手は不用意に飛び込めない。足を出したらボールより先に跨いだ奴の足に当たり、たちまちファールになってしまうから。シザース。それは突破にも、ボールキープにも使える。翔太はそれを巧みに使いペナルティBOXに進入し、右足インフロントでフックを掛けたシュートを放った。イタリアのファンタジスタ。“アレックス”がニックネームの男。アレッサンドロ・デルピエロの得意中の得意なプレー。ゴールから見て45度の角度。デルピエロゾーンならぬ“翔太ゾーン”から足を振り抜く。シュートを打つというよりはゴールにパスのイメージ。
「よっしゃー。あっ」
決まったかに見えたシュートはクロスバーをかすめ、ゴールラインを割った。あーあ。観客が翔太のスーパープレーとゴールが入らなかったという現実で溜息を吐く。今度はこちらの番。お返しだと言わんばかりに果敢に攻めてくる京帝。ここは耐え忍ぶ時。そして頭を守ってカウンター狙いに切り替える。左右バランス良くピッチを広く使い攻めてくる京帝。前半残り時間少ないというのに全く持って落ちない運動量。京帝のフィジカルトレーニングは相当ハードだとはもっぱらの噂で聞いてはいるが、それが今、この場でそれを証明する格好となっていた。翔太はこの中では特にそうだが、いかんせんスタミナがない。それはそうだ。ついこの間まで軽音楽部だったんだから。しょうがないと言えばそれまで。今までやって来た練習と言えば、指練習。クロマチックトレーニングと呼ばれる。運指の練習で指を鍛える。それくらいだ。(笑)サッカーに必要なフィジカルトレーニングなんてのは皆無に等しい。そのツケがここに来て出てしまった。彼は大分サッカーから離れていたから、仕方がないと言ってしまえば、仕方ない。チームの皆も翔太の明らかなこのへばり具合にようやく気が付き始めた。
「吉川。お前は前で張ってろ。取ったらお前に届けるから余計な体力は使うな」
「お前がそんなにはもたねえってのは前からうすうす勘付いてるって。ここまで良く持った方だよ。今までも肩で息してんなって思ってたけど。いいからお前はそこにいろ。ぜってー戻ってくんなよ」
感性で生きてる奴らの中にも一人くらいは理性がちゃんと働く奴がいるもんだ。そういう奴が一人いるだけで、皆がそいつから何かを学べる。自分とは違う才を持ってる奴は、反面教師にもあるし、逆に自分に似ている奴に出会ったなら、自分を自分で見ているような感覚を味わえる。どっちにしても人は他人を通して人生のヒントを手に入れられる。スタミナ不足。情けないけど、皆の言うとおりで反論のしようがない。でも俺だってと彼は思った。
「翔太」
彼は中盤で一人抜かれた奴のカバーリングに入り右足を出した。
「皆でここまで来たんだ。俺だってまだやれるぞ。変に気いなんか使うんじゃねえよ」
額の汗をユニホームの袖で拭い取った翔太は戦う男の顔になっていた。前半終了。何とか京帝怒涛の攻めを防ぎきった。一点取ったには取ったが、その後は一方的な相手ペース。全員で何とか凌ぐのが精一杯だった。京帝のハーフタイム。
「まあいい。前半の一点は相手にくれてやれ。お前らなら楽に返せる。あいつら見たか?前半だけで相当へばってるぞ。体力的にはお前らの方が断然上だ。あいつら後半はもっと落ちるぞ。そこをつくんだ。ウチが走り負ける事はない。夏のあの練習を思い出せ。ウチは練習量ではどこにも負けん。いいか自信持ってやれ。そして本田」
「はい。監督」
「本田。吉川には後半何もやらせるな。あんな今頃になってサッカー界に戻った奴なんかには絶対負けるな。お前らは三年間。サッカーに全てをかけて来たんだ。お前ら、高校サッカーを舐めるとどうなるか、あいつに教えてやれ」
「はい」
「よし後半だ。この伝統のカナリア色のユニホームを着てるお前らの真の強さを見せ付けてやれ。今日で終わりじゃないぞ。正月もサッカーするんだ。お前らこそ優勝するに値する選手なんだ。お前らは自分達より才能の劣る選手達に、“はい、どうぞ”ってそんな最高の瞬間を渡してもいいのか。こんな茶番、俺は見たくないぞ。いいかプライドを持って全力で食い止めろ。下克上は絶対許すな」
「はい」
京帝イレブンは、老練な監督の、どこぞの国の政治家さん。その名演説にも匹敵する、抑揚を上手く使った叱咤激励をハーフタイムにした。その言葉に触発され京帝の選手達は気持ちを強く持ち直した。言葉が持つ魔法。名将の強烈な声で戦いの帯を上手く締め直して再び彼らはグランドに現れた。
一方の翔太達はというと。ロッカールームでは興奮した人間の集まりで収拾が付かないところまで来ていた。監督の陣頭指揮。そしてここでも叱咤激励。
「お前ら、興奮し過ぎだ。まず冷静になれ。後、45分だ。先の事は考えるな。目の前のボールと相手ゴールへの意識。それだけ考えろ。一点勝ってる事は頭から外せ。0対0の意識で集中して戦え。この試合は今までの努力と、これに全てを懸けて来た自分の心に真実を持たせる戦いだ。勝ち負けよりもその事だけを考えろ。戦う時は自信を持て。体にもツボがあるように、勝負事にも何かしかのツボがある。そこをしっかりと突くんだ。俺からは以上。さあ、行くぞ、円陣組んで試合再開だ。ここにいる全員で気合入れ直すぞ」
円陣を組む。そして監督が
「キャプテン坂田。何か言え」
何かってアバウト過ぎねえか。と翔太は心の中で思った。何気に冷静な翔太。
「まず、皆、冷静になろう。それから監督、後半、サイドの運動量が落ちたら、選手交代してやって下さい。もう大分、木田(右サイド)と石井(左サイド)が行ったり来たりして、相当に体力消耗してますんで」
「ああ、分かった坂田、そこは俺に任せろ」
「二人共分かってるだろ。だから体力温存何て考えるなよ。行けるとこまで全力で行け。相手は絶対お前らがバテるの狙ってるからな」
「分かってるって」
「おう」
二人共、皆の前で笑って見せた。
「監督がおっしゃったように、後45分だ。悔いなくやろうぜ。今までやって来た事を全てグランドに置いてこよう。考えてもみろよ。ここまで俺達が辿り着けるなんて誰も思ってなかったんだから。俺達には失うものはないし、怖いものなんてない。負けて元々、勝ったら奇跡だし、相手が名門だろうとあいつらは俺達と同じ高校生。大人とましてやプロとやるわけじゃない。それを頭に入れてやれば俺達が負ける筈はない。いいか皆。全力を出し切るぞ」
「長えよ。キャプテン」
ははっここで笑いが起こる。
「そこでツッ込むな川村。いいとこなんだから。じゃあ、最後に1、2、3で俺達は勝つ。これで閉めるぞ」
「猪木かお前は?」
「うるさい。こうなりゃ皆で自己暗示だ」
「坂田、分かったから早くやれよ」
「よーし、じゃあ1,2,3」
―俺達は勝―つ。
最後は弱冠、笑いも有りの古典的な掛け声だったが、浮き足だってやたらと興奮してたチームの頭ン中をリセットするには、最良の策だった。さあ、後半のスタートだ。前半とはうって変わって両チーム共に静かな立ち上がり。ゆっくりボールを丁寧に繋いでいく。ファイナルの後半という事と、点差が僅か一点という事も考慮しての立ち上がりだった。最初のチャンスを迎えたのは一点ビハインドの京帝だった。左サイドをえぐりクロス。そして中のFWが意表を付くバックヘッド。額に薄く当ててコースを変えた。ボールは枠に飛んでいたが、キーパーが反応。セカンドボールを坂田が大きくクリアで何とか難を逃れた。
「二人共、ナイス」
皆で声を掛け合ってチームの士気を高め合う。次は翔太にチャンス。ゴール前まで攻め入ったはいいが京帝DF陣に跳ね返される。だが、そのクリアボールが右サイドの味方に。彼はそれをダイレクトで中の翔太に。翔太、どフリーでペナルティのやや外からノートラップでミドルシュート。右から来るボールを右足ダイレクトで打つのは技術的に簡単なようで難しい。ミートは出来ても左に流れがちになるから。しっかり足首を固定して正確なタイミングでボールを捉えないとシュートは枠に行かない。「貰った」と翔太は心の中で叫んだが
「何ぃ」
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