第13話

文字数 3,870文字

「まあな。それに俺は今、サッカーやれてるだけでも幸せだから」
本心だった。今になってこんな心躍る戦いが出来るだけでも最高。翔太は心から満足していた。
「明日はいよいよ、準決だ。これに勝てば、全国へ王手。ここまで来たら、悔いだけはグランドに置いてくなよ」
「はいっ」
「今日は早く寝ろ。それと時間には余裕を持って行動しろ。慌てるとろくな事がないから」
「はいっ」「ウイーッス」
慌てるとろくな事がない。これは監督の口癖だった。翔太は後輩。と言っても自分の方が入部が遅いから、ただの年下。こいつら方向が同じだから一緒に帰ろうとする。喋りながら駅に向って帰ってると、ウチの学校の女の子が数人並んで帰っていた。
「先輩、何、女の子見てんすか?」
「見てねえよ」
翔太の声に気付いたのか、一人の女の子が後ろを向く。
「あっ吉川君だ」
「はっ誰」
その女の子はすかさず隣の女の子に話かけようとすると
「翔太」
その隣の女の子が振り返った。
「あっ山口」
「そういう事っすか?先輩。俺達お邪魔みたいだから、あっちの道から帰りますよ。じゃあ、また明日。吉川先輩。おつかれしたー」
「おい、別に邪魔じゃねえって。って言うかお前ら、先、帰んじゃねえよ」
「吉川君。私達もお邪魔かな?」
「じゃっ邪魔じゃねえよ。邪魔なわけねえだろ」
ってこの女共は一体誰やねん。何で俺の事知ってんだ。俺はお前らなんかしらねえぞと翔太は思った。
「だって二人。付き合ってるんじゃないの?中学の時からでしょ」
「付き合ってねえよ。なあ、山口」
「えっうん。そう、私達。本とに何でもないよ」
「でもさあ、まみ。いつも吉川君の話して来るんですけど」
「えっ」
ちょっと動揺した翔太。
「やっ止めてよ、サオリ。いつもじゃないでしょ」
たまにはあんのかよと翔太は思った。
「じゃあ、まみ。本とに付き合ってないんなら。私が吉川君の彼女に立候補しようかなー」
と言って翔太の腕を掴んだ。リアル翔太はただのウブなサッカー男子。だからすぐに顔が真っ赤になった。彼女は腕にそれってメロンかスイカみたいな豊満な胸を押し付けて来た。翔太みたいな健康な17歳の男子だったら当たり前のように下半身に異変が。プラス。全身も硬直しだした。サッカーと音楽が全てでやって来たから、こう言った事に免疫がない。そもそも翔太はチャラ男でもないし、女慣れも当然していない。山口まみはそれをじっと見ていたが、限界が来たのか、泣きそうな顔になっている。翔太はそれを見て
「離れろ」
と男らしく一言言い放ってその手を振りほどいた。サオリという女も
「ゴメン。まみ。ちょっとやり過ぎた。でも吉川君。やっぱカッコいいなあ。二人が本とに付き合ってないんじゃ、私じゃなくても狙われるわよ。これでサッカー部が全国行ったら、もっとファンの子が増えちゃうかも。まみ。いいのかなーまみ。それで」
「ええっ何言ってんの。別に私は…」
「まあ、いいわ。じゃあね。お二人さん。私、上り方面だから」
と言って彼女は反対方向の電車に乗った。翔太と山口まみは同じ中学という事もあり、同じ下りの電車に乗り込んだ。二人は並んで座った。ここで急に、気まずいからって離れて座ると、明日から余計おかしな事になると思って。翔太が
「あそこ空いてるから。座ろうぜ」
と言い
「うん。座ろ」
と山口まみが言った。それっきり二人はだんまりを決め込んだのだが。たまに電車が揺れ、お互いの体がぶつかると気まずいやら、甘酸っぱいやらの空気が二人を支配した。そして二人の最寄駅に到着。電車を降り改札を出ると、山口まみが口を開いた。
「翔太」
「何?」
「サオリって美人でしょ。スタイルいいし」
何をいきなり言い出すんだと翔太は思った。
「別にタイプじゃねえよ」
と翔太がきっぱり返すと、彼女は笑顔になった。
「翔太。後2つだね」
「ああ、サッカーか?でも正直ここまで来られると思わなかったけどな」
「私も応援に行くんだから頑張って、勝って国立に連れてってよ」
「うーん。どうすっかな。考えとく」
「何それ、寒いのを我慢してチアやってんのに」
「別に頼んでねえだろ」
「それはそうだけど。どうせ私が勝手に応援してるだけですよーだ」
ちょっと怒り出したか?
「嘘だよ。ちょっと照れただけ。ありがとう山口。お前のチアガール姿見れるだけで幸せです。感謝してます。だから、そんな顔すんなって。勝ってみせるから」
「うん」
「泣くんじゃねえよ。まだ二つあんだろ」
「翔太が泣かせたんでしょ」
「めんどくせえ、女だな」
「めんどくさい言わない。うーんじゃあさ、全部終わったらどこか連れてって」
「考えとく」
「また、そうやって逃げる」
「逃げてねえよ。って何から逃げるんだよ。あっ…」
「…」
準決勝。国立まで後二つ。夢は膨らんでいく。試合開始前のアップを始めるその前にグランドを散歩する。監督が、スタジアムに入る時間を早めたのは、眠ってる体を起こす作業から始たいが為と、このスタジアムの雰囲気に慣れる為だ。時間を掛けてスタジアムと同化する。自分の部屋にいるような感覚に持って行く。本当にリラックスした状態で試合が出来るように。愚連隊の俺らにはこういうのが持って来いのやり方だと監督は考えたのだ。
―吉川―。
―翔ちゃん。
「おい、翔太。あそこでお前の事を呼んでる奴らがいるそ。何、知り合い?」
坂田が指差した方に、見た事ある顔が。彼は翔太の中学の時のクラスメイトだ。でも何で?翔太は一旦輪を離れてスタンドに駆け寄って行く。このスタジアムにはトラックがない分。スタンドとピッチの距離が近い。
「久しぶり。皆、元気か?」
「びっくりしたー。何で翔太がいるんだよ。サッカー辞めたんじゃなかったっけ。音楽やってるって誰かが言ってたぞ」
「吉川君。久しぶり。ねえちょっと背、伸びたんじゃない?」
「それでまたサッカーやり出したのか?」
「いや、別にそんな単純な理由じゃねえよ。色々考え抜いた末、やりたくなったから入れて貰った。それに背だってちょっと伸びたくらいで、特別デカくなったわけじゃねえよ」
「でもまさか、お前がここにいるとは思わなかったけど、実はさあ俺達。東立の応援に来たんだよ」
「お前ら、全員東立の生徒だったっけ?」
「違う違う。やっちゃんが東立サッカー部のレギュラーなんだよ」
「やちゃん?」
「持田君て覚えてる。ほら、ウチの中学のサッカー部。持田保幸」
翔太は記憶の断片から何かを探る。持田保幸。ああ、あの浅黒くいつも日焼けしてた感があるあの背の高い。確か
「ボランチの持田」
「そうそう、吉川君はクラブチームだからあんまり面識ないと思うけど、だってクラスも違ったもんね。でも持田君もビックリするんじゃない。吉川君を見たら」
「やっちゃんもたぶん知らないだろうな。お前らの情報をどこまで仕入れてるかによるけど。それよか翔太、今さら、こんな時期にサッカー部入ってさ、お前試合に出れんの。レギュラーなん?それともやっぱ補欠」
翔太に限ってこのレベルでの補欠はない。
「一応、出る事になってますけど」
「スゲえ、レギュラーかよ。さすがブランクあっても元イタバシJrユース。でマジかよ。超楽しみ。同じ中学の奴が二人。分かれて出るんだろ。ちょっとしたダービーじゃん。俺、どっち応援すっかなー」
「あっいいよ。俺に気ぃなんか使うなよ。どうせ、俺はクラブ育ちでウチの中学のサッカー部には全く絡んでないし。それに持田の応援に来たんだろお前らは」
「私は吉川君を応援する」
「あっお前。弓場か?」
「吉川君。私の事覚えててくれたんだ。良かったあ」
「覚えてるよ」
少しかわいいと思ってた。体育祭で怪我した時。そっと俺に優しく絆創膏をくれた女の子。こんないい子ウチのクラスにいたのかってその時の翔太は思った。男はナイチンゲールに弱い。その日から、つまらなく退屈な授業な日には、ジッととその子を眺めていた。それでたまに目が合っちゃって、二人共妙にハニカんだりもした。でもそれ以上は踏み込んではいけない気がした。どうせ、高校はバラバラになるし、その時はサッカーを続けるかどうかで頭ン中がいっぱいで恋愛どころじゃなかった。中学生の頭の容量、キャパは大人に比べると意外と小さい。彼はドキドキしたままで卒業した。山口まみの存在がブレーキになったというのだけはない。翔太が山口まみを少しずつ意識し出したのはごく最近の事だから。
「それは嬉しいけど、弓場、マジで奇麗になったね。何か大人になったって感じ」
自分でも信じられない言葉がスラリと出て来た。その時、翔太は思った。俺ってまだ…ってそんな訳あるかいっと彼は心の中、その場で訂正した。だって彼は別の…
「嬉しい。本気で言ってくれてるのかな」
「さあ、どうでしょう。なんつって」
まただ。俺ってこいつの事…ってまた何を考えてんだこのスケベ野朗と翔太は自分のスケベ心に蹴りを入れた。
「じゃあ、今度一緒にどこか遊びに行こうよ」
「えっ」
「あっ…」
弓場もとっさに出た自分の言葉と驚いたような翔太のリアクションに急に恥ずかしくなった。
「おっ何かいい感じじゃん。二人、付き合っちゃえば」
「それいいかも。じゃあ、私達とダブルデートしない」
「バカ言うなよ。ってお前ら二人付き合ってんの?」
何で大事な試合前からこんなに驚かなくちゃいけないんだ。何なんだ今日はと翔太は思った。そしてグランドに目をやるとどうやら全体でのアップが始まりそうだった。
「あっ悪い。アップ始まるみたいだから、俺そろそろ行くわ。じゃあまたな」
「翔太。試合頑張れよ。しっかり楽しませてもらうから」
「吉川君。頑張って」
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