第16話

文字数 3,878文字

持田は、翔太をけん制しつつもその距離を広げた。そして坂田にパスが通る。彼はノートラップでサイドへ散らす。
「何ぃ」
翔太は、その正確なサイドチェンジに声を発した。ワンステップであの距離を蹴った。しかもストレートでまっすぐな弾道のフィード。持田の体格と筋力。大型ボランチの一つの才能をそこに見た。持田のパスから、攻撃のアクセントが生まれる。イタリアのピルロ。日本の遠藤。ボランチ(舵取り)という言葉よりもイタリアのレジスタ(司令塔)という言葉の方がしっくり来る。
「こいつ」
守備的MFではない。現代サッカーであのポジションに求められるのは、そこからゲームを組み立てる能力。そして
「あっそこで打たせんな」
翔太がDFに向って叫んだ。が、時、既に遅し。中央に横パスを通され、そこに走りこむ選手が。先程、見事なサイドチェンジを見せた持田保幸だ。持田は助走から歩数を合わせ、インステップで足を斜めに傾け固定。そして強烈にボールの芯を叩いた。ボールは一直線。重力や風なんてお構いなしの弾丸ミドル。ハーフボレー気味。ボールの下を蹴っては宇宙開発。やや上っ面を蹴るイメージで振り切った。ゴールキーパーはネットに突き刺さるのを突っ立ったまま、棒立ち状態で見てるだけしか他に術を知らなかった。そしてボールは枠の左上に突き刺さった。
「よっしゃー」
また、日本人が歓喜で良く使うフレーズを今度は相手の選手の口から聞く事になってしまった。持田はスタンドに向ってガッツポーズ。今日は一体何人の選手が各学校のヒーローになるのだろうか。これでトータルスコア。二対二の同点に。立ち上がりで攻め切れず、また翔太達は後半の半ばで流れを向こうに持って行かれた。それも持田というスーパーレジスタがいてこその同点劇だった。彼もまたこの大会で名を上げた一人になった。
「まだ、同点だ。皆、まだ負けてねえぞ」
キャプテン坂田が渇を入れる。
「翔太。お前、後半何もしてねえぞ。何とかマークを掻い潜ってみせろよ」
「分かってるよ坂田。そんな事、いちいちお前に言われなくても」
翔太は不甲斐ない自分に気付いていた。プレーに参加していない。オフザボールの動き。ボールを貰う予備動作が遅い。どこでボールを貰うかの判断が遅い。集中しろ、ゲームの展開を読め、翔太は自分に言い聞かせる。DFラインでボールをDFがカットし、ボランチに出す。俺にはマークが付いている。そいつはリスクを避けて右サイドに出す。たぶん、そこで貰った右サイドの彼は縦のスペースへ出す。ポストプレーヤーがそのスペースへ流れながら受ける、そして、そこで翔太がボールを貰えばいい。
「はい、俺の足下。はい、左」
一瞬でマークを振り切りぺナルティBOXの少し外でもらう動きをみせる。だが途中でカットされた。まだだ。何回でもチャレンジしてやる。翔太はすぐに頭を切り替える。強くで賢いメンタリティを醸しだす。
「OK。次、切り替えろ」
コーチや監督に何回も口を酸っぱくなるまで言われた事を思い出す。
―サッカーは圧倒的にボールを持っていない時間の方が長い。だからいかにボールを呼び込む事が、どこにポジションを取って、どのタイミングで貰うか、それが出来るか出来ないかでいい選手かそうじゃない選手が決まる。一つの分岐点だ。翔太。お前はどっちの選手になりたいんだ。お前は。
―もちろん。いい選手ですよ。コーチ。
ここだ。そうそこで
「はい、こっち」
翔太は相手ゴールを背にしたまま、味方からボールを呼び込む。ボールをグランダーで受けると、インステップでボールを浮かし、それを右足リフティングを一回。そのボールが地面に着地する前に右足ボレーで右サイドへ矢のようなパスを通す。野球のイチローのレーザービームを思い起こさせる。そんな感じのスーパープレーだった。
「あの野郎」
張り付いていた持田が思わず。“やりやがったな吉川”みたいなニュアンスの棄て台詞を吐く。彼は劣等感剥き出しですぐに向ってくる。それが彼の強さとなって内から外へ現れる。右サイドでそのボールを何とかトラップ。翔太の仲間は縦は無理と思い、中に切り替えした。相手DFは抜かれるのはゴメンだとファール覚悟で止めに入った。ピピー。主審の笛が鳴る。もつれるようにして二人共倒れこんだ。どっちのファールだ?主審はDFのファールを取った。翔太達は後半残り僅かという時間帯で直接FKを獲得した。すぐ倒れた仲間に下へ駆け寄った。
「大丈夫か、怪我してないか」
「大丈夫。かすり傷。それよりこれはラストチャンスだぜ。どうする。直接狙うか。それとも何か小細工でもするか」
何人かボールの側に集まってくる。さあ、誰が蹴るのか。
「翔太。お前直接狙えよ」
「えっ俺?この場面で」
「何遠慮してんだよ。皆聞けよ。こいつさ。この前グランドの照明が落ちるまでFKの練習してたんだぜ。一度、皆で帰る振りして、もう一回グランドに戻ったんだぜ。芝居だよ。小芝居」
「マジかよ。このシャイ野郎」
「吉川、お前に譲るよ」
「俺も」
「って言うか、練習したからって入るとは限らないぞ」
「そこまで期待してねえよ。だから外してもいいから、思い切って狙えや」
「何で上からなんだよ。その言い方。あっそう、分かった。じゃあ俺蹴らして貰うけど、恨みっこなしだぜ」
翔太はそう言いつつも、自分を信頼してくれる仲間の心が嬉しかった。ボールをセットし直す。空気穴を下にして置き直す。翔太に取っては、これがいいらしい。そしてボールの左斜め後ろに立つ。ある程度の距離を取る。そしてキーパーの位置を頭から爪の先までをしかとフォーカスする。全身全霊。集中力を高める。そして笛が鳴ると。自分の間で助走に入り、右足を振り抜く。
「はっ」
蹴った後に翔太は息を吐き出した。狙いは翔太から見てゴール左上。右よりに壁を作っていた相手チーム。壁の真ん中が少し壁が低かったのでそこから左に曲げて落とすイメージでシュートした。ボールの中心からやや外側を右足インフロントで擦りあげるように、インフロントと言ってもインサイドに近い蹴り方でイメージの具現化を試みた。結果は見事ゴールイン。キーパーには反応されたが、そのボールスピードにはゴールキーパーも勝てずじまい。決まった瞬間、時は歩みを忘れた。一瞬の静寂の後、ようやく時が歴史を刻む事を思い出した。観客は歓喜し、決めた翔太の頭は真っ白になったが、すぐにチームメートにもみくちゃにされた。スーパーゴール。翔太はそのゴールでまた一つ伝説を作った。残りロスタイムを入れて5分を切った所で再び突き放した。三対二。サッカーでは最も面白い試合のスコアとも言われている。
残りの力を振り絞って両チームの死闘。己に夢を懸けた少年達は時間とも戦っている。今すぐに座り込みたいくらいに消耗し切った体を心で支える。俺はまだやれる。負けねえぞ。持田がボールを持つ。
「止めろ」
「そいつに打たせるな」
持田は大きなキックフェイントで一人交わし、打つと見せかけてレジスタの真骨頂、必殺のスルーパスを通す。味方が反応したが、坂田がこれをケア。シュートを打たれるがコースに入った坂田が自分の右足に当て、何とか難を逃れた。ボールはゴールラインを割りコーナー。翔太は持田を見ている。この試合後ワンプレーで終わる。東立のキッカーが中に放り込む。カーブが掛かってゴールマウスに向って落ちてくる。直接狙いながらも誰かが触ってくれたら一点という蹴り方だ。坂田はニアでFW一人を潰した。後は、
「キーパー」
冷静に自分の位置から見ていた翔太は叫んだ。キーパーはパンチングでクリア。あっまさかそんなあ。そのボールが相手選手の前に。また運悪く持田の所へ。ここで一矢報いたい。持田は胸でトラップし、そのまま
「させるかっつうの」
翔太は、坂田のシュートレンジを察知する。彼の前に入る。坂田が蹴ると同時に足を伸ばす。
「吉川―」
ボールは二人の衝突によってボールは頭上に舞い上がった。そして、主審が終わりを告げる笛を吹く。ピーピピー。三対二で、翔太達は辛くも勝ちを収めた。
「良し、やったぞ」
翔太は拳を握り締めた。勝利した事への安堵感。心の底から湧き上がる高揚感。久しぶりに心が喜んでいた。そこへ
「吉川。おめでとう。悔しいけどお前らの勝ちだ。俺はまたお前に敵わなかった」
「持田、お前のマーク手強かったぜ」
「中学ン時は、お前と一対一やって一回も止められなかった。それが悔しくて俺、それからサッカーにマジになった。正直それでここまで来れた。吉川、俺、あん時よりは多少はマシになっただろ」
確かにあの時は、歯牙にもかけなかったというのが翔太の本音だろうが。
「何謙遜してんだよ。お前、相当いい選手になったよ。今頃になってサッカーに戻った俺が言うのも何だけどな」
「ありがとう吉川、でもそうだよお前、今まで何やってたんだよ。俺、お前と対戦したくてウズウズしてたのに」
「それをここで言われても困るけど。まあ、お前と対戦出来て良かったよ。で、俺も楽しかった」
「また、機会があればやろうぜ」
「うん、公式戦じゃなくたっていいじゃん。地元に帰ればいつでも出来るだろ」
「そうだな。いつかまたやろうぜ。吉川それより、次、絶対勝てよ。お前を正月TVで見たいから」
「やるだけやって見るよ。じゃあ、俺スタンドに挨拶に行くから」
また一人。翔太はサッカー仲間を増やした。サッカーでの出会いは人生の仲間を作る。昨日の敵は今日の友。走ってスタンドに向かいチームの挨拶に加わる。
「おせえよ吉川。何負かした奴と話し込んでんだよ」
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