第11話

文字数 3,214文字

自分のダチの声を聞いた右サイドバックの彼は右のインサイドで左斜め横の翔太にこの試合初めてパスを送る。翔太は後ろからユニホームを引っ張られながらも、見事なボディバランスで正確なワンツーを決める。そのパスを受けた彼はそのまま縦に独走。グランダーでアーリークロス。そこへ、またしても川村陽介が飛び込み、ゲットゴール。角度を変えるだけのプレーであったが、これを合わせるのは実に練習の賜物だ。左足インサイドキックで合わせに行く。ドイツワールドカップで、日本代表のFWが右からグランダーで来たボールを決定的な場面でシュートミス。あれは素人目から何であれを外すのかって言われてしまうが、本当は何気に難しい。右足で行き、少しでも角度を間違えると左に流れてしまう。あの場合。左足インサイドでボールが出て来た方向、つまり右の方へシュートを打つ方がミートだけを考えると正確かも分からない。やはり普段の練習から実践を想定してボールの高低、速度、方向、全てに置いて練習し、何パターンもの武器を磨いて置く必要がある事をあの試合、あの場面で日本のサッカー界は学んだ筈だ。あの時は残念ではあったが、未来に向けての警鐘、良い教訓にはなった。難しい事をやるよりもシンプルに事を行い最良を目指す。川村はあのプレーを全国民と同じように悔しがっていたが、あの試合の後から左右のクロスからのゴール。ミートする練習を増やした。その練習の成果がここに具現化した。そう、目に見える結果になって現れたのだ。
「しゃー」
川村は雄叫びを上げた。そしてすぐ仲間にもみくちゃにされる。愛するチームから祝福を受ける。そして素晴らしい会話も飛び出した。
「ナイスクロス。この野郎。やっと吉川にパスしやがったな」
「うるせい川村。でも吉川。俺、こっからお前にどんどんパス出すからな。お前もいいパスよこさねえと承知しねえぞ」
「分かった。努力して見せるよ」
「こいつらやっと気付きやがって」
やっぱり、サッカーは友情のスポーツだ。仲間を信頼しパスを出す。翔太はこの喜びの輪の中で改めて思い直した。ピピー。試合終了。翔太は初陣を白星で飾った。幸先のいいスタート。試合を終えて見上げた空はすっかり紅葉色をしていた。運命を感じさせる秋の到来だった。
次の試合は、前の試合よりも巡りあわせが良く楽に勝ってベスト16。これで記録更新だ。そしてベスト8を賭けた試合でも、わだかまりが解消に向いコンビネーションが良くなって来ている証拠を見せた。翔太も絶好調。彼は3アシストを決めた。で彼らは準々決勝へ駒を進めた。しかし、この試合。シュートミスが目立った。ボールが明後日の方向やら、宇宙開発やらがなければもっと楽勝な試合だった。もっと練習しなさい。桃栗三年、柿8年では遅い。歳月、人を待ちません。そうは言っても急には上手くはならない。だからこそ、練習。毎日の反復練習で。確率を上げていくしかないんだ。
「やったな。お前らこれでベスト8だろ。ウチの高校の過去タイ記録に並んだじゃん。それも40年前の」
「まあな。皆いい感じでここまで来てるよ。体調の方も」
「タカシ、こいつやっぱスゲえ。たった二週間でチームに馴染んじまった。大した玉だぜ吉川は」
「お前だって、交代で入っていいプレーしたじゃん。一点救ったし」
「あれは、完全にまぐれまぐれ。今までベンチにも入れなかったから、俺はサブに入れただけで満足なんだよ」
「いいな、いいな。俺だけがスタンド」
「あっスマン」
このクラスにはサッカー部が翔太を入れて3人。二人はずっとスタンドだった。で、今回その一人が初のベンチ入り。紅白ゲームで翔太からのパスを上手く受けてゴールするなど、監督へのアピールに成功したからだ。
「お前の分も頑張るよ」
「お前の無念は俺らが晴らすから、しっかり応援しろよ」
「ああ、任せたぞ吉川」
「おーい。俺もいるっつうの」
はははっ。いつの間にクラス中この会話を聞いていたのか。俺ら以外の人間まで笑ってる。でも翔太は思った。こいつらをもっと笑わしてやりたいと。
 ベスト4を賭けた戦い。試合は緊張の連続。ここが剣が峰だぜって空気が漂う。先制するがすぐに追いつかれ、前半終了間際。ファールを誘いFKをもらう。これを翔太が蹴ると見せかけて後ろから、DFの坂田が右足でズドンと一発。尾を引くようなキャノンシュートを放つ。キーパーは手を伸ばすが凄まじい威力のボールには勝てずその手をもろともせずボールはゴールに吸い込まれていった。坂田会心の一撃だった。
「坂ちゃん。ナイッシュー。プレミアでもいけんじゃない。そのミドル持ってれば。和製ジェラード」
「ははっまあ俺もいいもん持ってるだろ」
「自分で言うんじゃねえよ。そういう事は。ははっ」
あいつら、余裕こきやがって。後半見てろよと前半が終わりベンチに向う俺達をずっと睨みつけてる男がいる。その殺気にも似た感じを翔太は感じ取っていた。何だ、あの野郎。
 後半翔太は、“少ないタッチでボールを回して行こう。頻繁にサイドチェンジして、相手を無駄に走らせ相手の体力を早めに奪おう”と監督や仲間に提案した。監督もそれに乗ってくれ
「分かった分かった。あいつらを疲れさせてとどめを刺す。控えも早めにアップしとけ。残り10分一気にに畳み掛けるぞ」
作戦は決まった。もちろん、ゲームプラン通りにいけばだが。
 後半、立ち上がりはボールを動かす。グランドを広く使って、ポゼッションサッカーを展開。相手は一点ビハインドだから、早めに潰しに来る。こっちは逆にそれを利用し、焦らずじっくりとパスを繋ぎ、相手をイラつかせ、そして体力を奪っていく。作戦成功。しかし、イライラは頂点に。ウチの右サイドバックがボールを持った瞬間にそれは起こった。相手DFがスライディングタックルを彼にくらわした。足を削る事は、サッカー選手としての寿命を奪う。当たり前だが、サッカーはそれを避けては通れない。それでも彼らはサッカーへの夢を見続ける。しかしこれは、誰が見てもレイト(遅れた)タックル。それも刑の重い後方からの悪質なファールだった。「危ない」と翔太が叫んだ時は事が起きた後だった。ファールを受けた彼は「痛え。痛えよ。触るな」タンカで運ばれながら声を上げてわめいた。そしてそのタンカの上から「てめえ。ワザとだったら、後で覚えてろよ」と怒りを露にしたので、
「怒るな。俺達がお前の為にもこの試合絶対に勝ってみせるから」
と翔太は負傷した彼に向って言った。お前のその怒りは俺達が受け継ぐ。だからお前は自分のケガの事だけ考えろと。
「吉川。皆、後は頼んだ」
彼は、そう、たぶん泣いていたと思う。じゃなかったら必死に涙をこらえていた。チームの皆は、その想いを受け止めた。再び闘志に火をつけ直した。絶対に勝つ。こういう時のメンタルは不思議とそれがプラスの方向に作用する場合がある。人間、誰かの為にという現実程強いものはないから。ハーフタイムで感じた殺気みたいなのは、結果的にこうなってしまった。翔太はその時思った。悪行を働いた奴は一発レッド。当然の報い。天は見てると。これで11対10。普通にやれば、数的優位でこのまま行ける。数的有利な状況なら、そのアドバンテージを徹底的に使う。数的不利なら、臨機応変、千変万化で戦うのみだ。結論は出ている。そして代わりにピッチに入った奴は、あの右サイドバックの親友。翔太にポジションを奪われた奴だった。
「こんな形でお前とやるとは思わなかったぜ」
「ああ」
二人は微笑みながら握手をした。
「おっあいつら」
坂田はそれを見て驚嘆の声を発した。
「お前ら、ちゃんとやれよ。間違ってもいがみあうんじゃねえぞ。ウチの大事な右サイドバックがやられたんだからな」
「分かってるって。吉川。絶対勝つからなこの試合」
「当たり前だ」
あいつの為にも負けられない。男達は友の為に勝つ。共通の目的が力となって現れる。
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