第17話

文字数 3,929文字

「東立のボランチ。アイツ持田って言うんだけど。あいつと俺は同じ中学出身なんだよ。同じクラスになった事はないけど、中学の時からの知り合い」
「マジかよ。お前やっぱ、顔広いな。さすが、中学で名が知られてただけあるよ。お前スゲえって言うかなんつうか。やっぱおもしれえ」
「何がおもしろいだよ」
皆でスタンドに挨拶をし、手を振りながら控え室に帰って行く。
「翔太」
と叫ぶ山口まみの声が聞こえた。翔太は、山口を見つけ、手を挙げた。そして
「山口、次もちゃんと応援しろよな。でも今日はありがと。じゃなー」
「ちょっとー待ちなさい翔太。でも、あと一つだね。ちょっと、翔太―行くの早いってばー」
それ以上は何も返さず。手だけ振る。それで二人のやり取りは終わった。
「吉川君」
もう一人翔太を呼ぶ声がする。弓場理沙達だ。
「おう、お前らと持田には悪いけど勝たせてもらったぜ」
「翔太。お前やっぱ凄いよ。あのFK。プロでもそう見られないぜ。俺、ちょっと感動したもん」
「センキュウ」
「吉川君。カッコ良かった。試合前に今度どこかに行こうって言ってたでしょ。とりあえず、カフェでおしゃべりでもしようよ。それでこれ、私の携帯のアドレス書いて置いたから。はい、これ」
コーヒーを飲みたかったらカフェへ。人間関係の継続の為にお金は使う。高校生なのに、背伸びして馬鹿高いブランド品に手を出すよりはよっぽどいい。それにカフェでお茶って何かお洒落って短絡的だが弱冠、そう思えるし。
「えっ」
翔太は彼女から携帯アドレスが書かれてるメモを渡された。
「まあ、とりあえずもらっとくよ」
「絶対連絡してよね」
「気が向いたらな」
「えー何それー何かやだな。その返事」
「弓場、お前翔太を困らすなよ。こいつ、今そんな事やってる場合じゃないだろ。女と付き合うよりもサッカーだろうが。後一回勝てば全国なんだぞ。高校でサッカーやってる奴のデカイ夢が掛かってんだよ。分かってんのか?」
「その通り。じゃあ、俺行くから。仲間を待たせちゃ悪いから。またな」
「次も応援に行くよ。今度はお前の」
「私も行く」
「分かった。とりあえず頑張る。でもあんまり期待すんじゃねえぞ」
翔太はここにもこんなに思ってくれる仲間がいる事を嬉しがった。試合に勝った事も嬉しかったが、他人の勝利をこんなにも自分の事のように喜んでくれる人がいる。その事実が今日の喜びを倍増させた。でも
「翔太君。あの子から何か受け取ってたみたいよ。まみ」
「えっ理沙から」
そんなある意味モテ期到来の予感、の翔太。その行動が気になってしょうがない女の子が一人。さあ、こっちの試合はどうなる?

トータルフットボール。74年ワールドカップでオランダ代表チームのサッカーはこう人々に形容する。決勝の相手。今年の京帝高校はこの系譜に属する。雌雄を決する戦い。全身全霊で王者に立ち向かうしかない翔太ら。彼らは複数のポジションをこなせるユーティリティプレーヤーを揃えている。ポジショニングを頻繁に行い、選手個々の判断に任せては一定の自由を与えている。観客からはこう見える筈、華麗というよりスペクタクルなサッカーだと。良く攻守のバランスが大事だというが、一人一人が考えてプレーし、連動して攻撃も守備もやるサッカーは、非常に効率がいい。突出する才能というよりは、アベレージが高い選手が集まるとこういうサッカーを目指せる。一方の公立で唯一ここまで勝ち残った翔太らは、超攻撃的リベロと言っても過言ではない坂田。素晴らしいクラスを一試合何本もあげる職人的両サイドバック。2トップに翔太と同じ三年、小柄だが、両足、同じように蹴れ、俊足で裏のスペースへ抜けるのも上手い川村。そしてそれらを操るイタバシJrユース出身のファンタジスタ。吉川翔太。このチームは一人一人がとても強い個性を持っている。マエストロ(職人)の集団。京帝のトータルフットボール対、さしずめマエストロフットボール。この対照的なサッカーを展開する両チームの対戦は非情に興味深いと、各新聞やメディアもこぞって取り上げていた。対極のチームとして。
「新聞読んだか?俺ら注目されてんだな。ほら、見てみ、翔太」
翔太は自分が掲載されてる新聞の写真を見て、照れながらもほくそ笑んだ。
「何々、高校サッカーに突如現れた男。この年代ではトップクラスのパサー。彼はなぜ、今まで注目を浴びなかったのか?何でも中学時は、JリーグのイタバシJrユースに所属。ユースに上がらずに近年はベスト32か16がやっとの中位レベルの都立高に進学。その後、サッカーから距離を置いていたらしいが、この時期に来てサッカーに戻った変り種。吉川翔太選手。いずれにしても今後の活躍次第では、プロの目にも止まる筈。今後、目が離せない選手だって書いてあるぜ。吉川、どうだ。こんな事書かれてやっぱ嬉しい?」
ユースに上がらずって。本当は上がれなかったの間違いだと翔太は心の中でその記事を書いた記者にツッコミを入れた。
「翔太。お前注目浴びてんじゃん。いいなお前だけ。超ずりーよ」
「しょうがねえじゃん。腐ってもこいつ元イタバシJrユースの10番だぜ。マスコミはそういう情報嗅ぎ付けんの得意だからな」
「あいつらはそれで飯食ってんだろ。そんなの当たり前だよ。ちょっとそれ貸してみ。ほらここ見ろよ。京帝の監督のコメントが出てるぞ。今頃サッカー界に戻った奴なんて気にするまでもない。他の選手はそれ以下。ウチでやってたら、レギュラーポジションを取れる選手は一人もいない。ウチの二軍が相手でも勝てないだろうって言ってるぞ。俺もお前らも鼻っから相手にされてねえよ。あのタヌキ親父め、くそっ」
「マジかよ。どれ、どこにそんな事書いてあるんだ」
「ほら、ここに」
「あっ本とだ。舐めやがってあのメタボオヤジ。奢る平家は久しからずだっつうの。こうなったら意地でも絶対勝ってやる。舐められてたまるかっての」
「これって口に撃って書いて口撃(こうげき)って奴じゃない?俺ら京帝の監督に挑発されてんだよ。メディア使って」
「まあそうだな。翔太の言う通りだ。でもよう、どうせ俺達に失うものなんてないだろ。常勝軍団の京帝に取ったら東京都予選決勝で負ける方が俺達の何倍も屈辱だろ。もっと気楽にやろうぜ」
「そうそう、リラックスして試合に望もうぜ。俺らに失うものは何もない。相手の言葉に惑わされちゃだめだ。でもどうせならジャイアントキリング。それを俺らでやってやろうぜ」
「ジャイアントキリング、下克上。ほう、吉川、お前たまにはいい事言うじゃん」
「たまにはっていつもだろ」
「ははっとにかくそれを俺らでやっちまおうぜ」
やるしかない。ここまで来れたのは決してフロックじゃなかった事を決勝の大舞台で証明するんだ。名門じゃないウチに対しては辛辣なるメディア。だがサッカー部始まって以来の快挙だし、ここまで来て思う事は、全力を出し、困難に挑んだ後は、泰然自若で、あとは天命の領域に委ねる。その後は良い風が吹くまで堂々と悠然と待っていればいい。但し、100%じゃダメだ。120%の全力を出した後に。まあ、だから全力出した上で当たって砕けろだと翔太は思った。そして背水の陣を敷く。剣が峰。いざ、戦場へ。ここで戦わずして何が勇者だ。男が廃るってもんよ。ベタだけど。友情は偶然から始まる。というより人生は一期一会。視線を交わした時から彼らの友情は始まった。信頼出来る奴は少しでいい。真の友はそんなにいらない。縁も尊いけど、傍にいる仲間。こいつらの方が今の俺には大事。現実主義者より、理想主義者が多い。俺達はいつも夢を見てる。それもとびきりの夢を。ジャイアントキリング(大物食い)。それって最高じゃん。今に見てろよ。絶対王者さんよ。
決勝当日。天候は晴れ。11月の最終日曜日。絶好のサッカー日和。
「スっげえ、晴れてる。体調もいいし、何かいい感じ」
「いい事ありそうってか?」
「今日はもらった」
高校生なんてそんなもんだ。天気がいいとか、声の調子がいいとかそんなんで一日、ノッて行ける。でもこれって結構色んな事に使えるんだ。生きて行く上で誰でも浮き沈みなんかは当然あるし、自分をポジティブな状態にに持って行く技術を持ってるってのは、人生の達人、それへの貴重な一歩になるから。翔太達は今日、ギリギリにスタジアムに入った。準決とは違う作戦。あえてギリギリまで相手を意識しないで置く。それと巌流島で佐々木小次郎を待たせ、イラつかせた宮本武蔵戦法。といいたい所だが、実は学校がチャーターしたバスが渋滞に捕まっただけだった。
「だから、現地集合にすれば良かったのに…」
「まったくだ」
と選手は口を揃えて言ったが、監督はバスの中で京帝がインターハイで負けた試合のビデオを使って今日はこう戦おうと長いミーティングが出来ただけで満足そうだった。知る事は行なう事のスタート。行なうことは知る事の実感である。知行合一のテーゼだ。監督の役割ってなんだろう。まず、プレーヤーがムカつくのは、二つ。その一、監督が高すぎる要求をプレーヤーに課す。その二、それを実行する為の指示が全く無い事。それで選手が混乱する。それって自滅への直行便。
「今年の京帝ってスーパースターいなんだろ?」
「いつも一人くらい凄い奴いるのにな」
「でもあの連動する動きは要注意だな。マークの受け渡し、球際の強さ。全体でのポゼッションサッカー。どれも俺らよりレベルは高いぞ。戦術が徹底されてるし、こいつらが唯一負けた試合はただの個人的な凡ミスからだ」
「システムを打ち破るのは、個の力。とにかく俺はどんどん勝負して行くぞ。全員で上手く連動してやれば、俺らだって勝機は絶対にあるさ」
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