第12話

文字数 3,922文字

11対10。サッカーでは、数的優位を上手く生かせれば、試合を優位に進められる。これは、11人の頭の中に、俺達は、一人多いという事を常に意識して試合を進められればというのが前提としてある。単純に一人多いんだから、必ず、相手チームに穴があく。そしてその穴から綻びが生まれ、隙となる。そこを上手くつければ、自ずと勝機は見えて来る。逆に相手がその一人分を補って余りあるプレーを見せれば、今度はこちらが追い込まれる。いずれにしても、この試合、心の余裕を持つが鍵になる。相手もここまで来て、負けたくない。残りのパワーの全てをつぎ込んで来る。互いに歯を食いしばって、体力の消耗と戦いながら、激しくぶつかり合う。だが、やはり肝心なところで一人少ない相手のチームは段々と綻びを見せ始める。ポゼッションサッカーを展開していた翔太のチームに対し、肉体的限界が先に来て、彼らは悲鳴を上げ始めた。足をつったり、明らかに肩で息をしていたりという光景が目に入って来る。それを見た翔太のチームの監督が、メンバーチェンジを指示する。ポストプレーの上手い3年生ともう一人、中盤の選手を入れる。1トップにし、ポストプレーヤーにボールを集め、その落としで、中盤の選手が後ろから追い越して行く。数的優位を更に起こすのが狙いだ。足の止まった相手DFには、捕まえられないだろうという監督の意図がそこに垣間見える。疲れて足が両足揃ってしまってるDFを想定しての戦術だった。そしてそれは見事にはまった。バックから中盤を経由しないで、トップに入る。途中からゲームに入ったデカい奴が見事なポストプレーを見せ、DFを背負いながらもフリーな中盤にボールを落とす。そこへ飛び込んだのは、吉川翔太だった。そして抜群のワンタッチコントロールでDFを置き去りにする。キーパーと1対1になる。翔太は打つフリをした。キックフェイント。キーパーは体勢を崩した。そしたらもうこっちのもんだ。翔太はキーパーの左へドリブル。キーパーを難なく外し、後は左足インサイドで流し込むだけ。キーパーと1対1になるシチュエーション。キーパーとの距離で幾つもの選択肢を用意していないと難しい。翔太がここで選択したのはキーパーを交してシュートを打つ事。素晴らしい選択の末の偉大なゴールだった。グランデゴール。そしてこれが高校サッカー初ゴール。翔太は拳を握りしめ、小さくガッツポーズ。普段シャイではないが、今頃になって高校サッカー界に登場し、遅れて来たルーキーという現実が無意識にそうさせた。でもすぐにチームメイトが彼の元へ集まって、彼らの祝福を受けた。アシストの時も嬉しかったが、これも別の嬉しさがあった。翔太は頭を撫でられたり、親しみを込めて軽くケツを蹴られたりとモテモテだった。“男にモテる”あっ別に変な意味じゃなくて。これはこれで、女にモテるよりも時には嬉しいものだ。一人の好プレーは皆を助け、一人のお粗末で緩慢なプレーは皆を苦しめる。サッカーはある意味、社会の縮図。
「吉川。ナイス」
「初ゴール。やっと取ったな」
「さすが、元イタバシの10番」
それこそ当たり前だ。彼は腐っても鯛なのだから。
「二発目も頼むぞ」
吉川翔太。色々な祝福の声をもらう。勝てば官軍。負ければ賊軍。勝って兜の緒を締めよ。久しぶりに彼はこそばゆかった。ゴールしただけでも嬉しいのに、喜んでくれる他人がいる。こんなに嬉しい事がまだこの世界に存在したんだと思うと翔太の心は華やいだ。そして試合は2対1のままタイムアップ。僅少差で辛くも勝利。翔太達は嬉しい勝ちを収めた。相手チームも肩を落とす必要はない。ナイスゲーム。観客は、終盤。固唾を呑んでゲームを見守っていたし。両チーム共に良く頑張りました。これでベスト4。この高校始まって以来の快挙。後二つで夢の選手権出場とあいなりました。試合終了後、ラフプレーを働いた奴が俺達の所へやって来て
「さっきはすまなかった。俺が削った奴にちゃんと謝っといてくれ。すまなかったと」
「ああ、伝えておくよ」
そいつの顔から殺気は消え、穏やかな顔になり、本当にすまなかったという顔をしていたので、根は悪い人間じゃないなと翔太は思った。あのタックルは許せないが、試合で負けたのに謝りに来る気持ちが、翔太は嬉しかった。同じスポーツを愛する者として。
「それから、国立行けよ。俺達の分も頑張れよ」
「全力は尽くす。それだけは約束する」
男の友情は秋空よりも美しい。

五十人を超える大所帯なら、練習をレベル別にレギュラーと控えをグループに分けてやるのも一つの手だ。二時間、三時間やって十回もボールに触れなかったらやる意味がないから。高校サッカーのいいところがこれだ。甲子園を目指す高校野球にも言えるが、プロの一個前のカテゴリーで、クラブチームとは違う学校スポーツの良さがここにある。クラブは、個の力を伸ばす事に赴きを置いているが、高校サッカーはあくまでも、学校という教育機関の延長線上にある。こちらが大事なのは人間形成だ。最近はJリーグが出来てからは特にプロという目標も視野に入れて、そこで活躍出来るプレーヤーを育てては、そこへ送りこんでやろうという指導者の意識もいい意味でシフトして来てはいるが、学校は教育の場だという考えはやはり外せないし、外して欲しくない。スポーツマンの前に立派な人間になる。学校の教員以外にも以前からプロの指導者を招聘する学校もあった。ブラジルなど、サッカー先進国からコーチを呼んで来て、高校サッカーもクラブチームと変わらないプログラムで練習をする機会がある。確かに練習の質も上がって来ている。だからこそ、そう言った姿勢だけは崩さないでもらいたい。私立と公立ではハードとソフトの両面で差が生まれつつあるが、これも社会の格差とリンクしてるのが皮肉に見える。やはりサッカーはある意味社会を写している。でもやはり、相手の健闘を称えあう事。そこの部分だけはプロになろうが、別の道に進もうがこれを忘れて欲しくない。翔太らは応援してくれたスタンドに挨拶に行く。
「応援。ありがとうございました」
とキャプテンの坂田が言うと
「したー」
その後、皆で頭を下げる。
「翔太―」
聞き覚えのある声。翔太は顔を上げるとそこへコスプレ。いやチアガールのカッコをした山口まみの姿があった。
「何で、お前がそんなカッコしてんだよ」
「私、有志で参加したのよ。ウチの学校、チアいないでしょ」
「でも、お前そのカッコ。抵抗ないの?」
「いいでしょ。翔太。前チアガール好きって言ってたじゃん」
「えっいや、まあ…」
ヒューヒュー。指笛と冷やかしがやって来た。
「お前ら、出来てんだろ」
「えっ」「はっ」
「何赤くなってんだよ」
「なってねえよ」「違うわよ」
こんな公衆の面前でこんな話はしたくないと翔太は思い、
「行くぞ、お前ら、早く着替えて帰ろうぜ。腹減った。そうだ。ラーメンか牛丼食いに行こうぜ」
「何、話そらそうとしてんだよ」
早くその場を離れたかった。翔太はその後、スタジアムを出るまで一度も山口の方を見なかった。
 次の日学校へ行くと、試合に勝った話よりも山口まみとの話を聞いてくる奴の方が多かった。高校生はゴシップが少なくとも時に昼飯よりも好きになる民族だから。
―ねえ、山口さんと付き合ってるの?
―お前、山口と同じ中学出身だろ。そん時から付き合ってんのか?
―山口まみか、いいよな。俺、結構好きだったんだけどな。お前いつの間にこの野郎。
何で?ここでこんなスケベで下衆な野朗共が出て来るんだと翔太は思った。
「何だお前ら、いつから付き合ってんだよ」
タカシが追い打ちを掛ける。お前はゴシップ誌の編集長か?
「付き合ってねえよ。昨日の試合の後、挨拶にスタンドまで行ったら、山口に呼び止められて、そこで一言二言話してたら、この様だよ」
「本とかよ。でもお前ら前から俺はお似合いだと思ってたけどな。何気に二人だけの空気とか持ってるし」
お前は詩人か?呆れた翔太は話しを変える。
「それより、俺ら試合勝ったんだぜ。ベスト4。分かってんのか。後二つで国立だぞ。全国」
「おめでとう。翔太」
「そんだけか。タカシ。お前、やっぱ冷めてるだろ」
「だって俺、音楽畑だもん。お前が一番知ってるだろ。そんなの」
音楽も正直やりたい。今は、音楽がお留守になってるが、それもいずれやりたいと翔太は思っている
「まあな。ゴメンタカシ。こんな事お前に言ってもしょうがないか。かと言って他の奴に言ってもしょうがないし。まあ、報告までに聞けよ。俺、男と女の話よりも俺ん中では今、サッカーが全てだから。なのに、皆は…」
ゴシップかよって感じ。
「お前の気持ちは分かるけどさ、ここから先はハンパねえんだろ。対戦相手。俺だってそのくらいは知ってるぜ。赤羽の私立。東立高校。それで準決に勝ったとして、たぶん決勝はウチと同じイタバシのあの名門。京帝。どっちもハンパねえんだろ」
「だから、どうした?」
「どうしたって。お前、怖くねえの。どっちも名門だし、どっちもパねえだろ。勝つ自信あんのかよ」
「お前、多少、サッカーの知識あるけど。サッカーはなあ、強い者が勝つんじゃない勝った者が強いんだ。って昔ドイツの皇帝と呼ばれた男が言ってたんだ。マジやってみなきゃ分かんないんだよ。何事もやってみなきゃ。勝負事はな。大丈夫、ちゃんと見とけよ。俺のドリブルで相手の出鼻を挫いてやっから。ははっ」
ある種高みに至った奴は語る事も分かりやすい。難しい事を難しく語ってる内はまだケツが青い。ヒヨコちゃんだ。ベッケンバウワーってやっぱスゲえ。さすがにドイツの生けるレジェンド。
「結構、前向きじゃん」
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