第10話 一字で決まりっ!

文字数 2,285文字

「ひょっとしたら、6月の県大会、団体戦にも出られるかもしれんね」
と中堂先輩が言い出した。
「えっと、高校の県大会の団体戦って何人必要なんですか?」とミオ。
「まっ、基本は5人だけどね」
 あら、知らないの? という顔で、先輩がすまして言う。
「えー、じゃあダメじゃないですか。うちと先輩だけですよ? あと3人は勧誘しなきゃいけんし」
 あからさまにミオががっかりしてる。すると中堂先輩が、
「あら、そこにいるじゃない」
と言い出して、風花の方へ振り向き、釣られてミオも視線を向けた。
 ——へっ?
 慌てたのは風花だ。
「ちょっ、ちょっと待ってください。そもそも私、かるた自体やったこともないし、できるかどうかもわかんないし、それにかるたのルールもまだ……」
 風花は両手を顔の前で振って、必死に先輩たちの視線を打ち消した。
「そうですよ、先輩。風花を入れてもまだ3人です。あと2人必要ですよ?」
 ミオが中堂先輩にそう言うと、
「あら、5人揃ってなくても、一応3人いれば団体戦は出られるのよ。だって3勝すればいいんだから。私と君は当然勝つとして、あとは風花ちゃんが勝ちさえすれば、勝ち上がれるんだよ」
と、涼しそうな顔で中堂先輩は言い、「ねえ?」と風花は相槌を求められ、つい勢いで、「はい」と返事をしてしまいそうだったが、さすがにありえないと必死にかぶりを振った。そんな風花の気持ちなどどこ吹く風、
「ああ、そうなんだ。じゃあ風花が勝てるようになればいいのか……」
とミオが先輩に同調したのだった。
 まったく意味わかんない! 風花は頭を抱えた。

「ん? その本は?」
 この時になって、風花が手にしてる本にミオが気がついたようだ。
「ああ、これはおばあちゃんから貰った百人一首の本なの。まずは百首を覚えなさいって言われてるから」
「へえ、ちょっと見せて」
 そう言われて本をミオに手渡すと、ミオはパラパラと本を捲りながら、フンフンと頷きながらしばらく目を通し、
「これはこれでためになるし、絶対覚えた方がいいんだけど——。ねえ、先輩」
と本を中堂先輩に渡しながら、なにやら言いたげな様子。中堂先輩も、
「うーん、確かにこれを覚えるまで待ってたら、6月に間に合わない……かな」
と言い、本を閉じて風花に返した。
「でも、うちのおばあちゃんが、まずこれをって……」
 2人の様子がなんかおかしい。風花は少し不安を覚えた。
「うん。風花のおばあちゃんは正しい。本来の百人一首の覚え方としては正しいんだけどね、その、間に合わないと思うんだ」
と、ミオは含みのある言い方をする。そういえば、中堂先輩も6月にどうとか言ってたっけ。
「でも、競技かるたって、まず百首覚えなきゃできないんでしょ? 違うの?」
 風花がそう聞くと、
「まあ、6月の大会に間に合わせるために、時短っていうか、覚える方法を端折るっていえばいいのかなあ。そんな覚え方も必要かなあって」
と中堂先輩がいう。
「端折る?」風花には、なにやら意味がわからない。
「じゃあ、ちょっと説明するね」
 そう言って中堂先輩がかるたの札を畳の上から取ってきて、一回咳払いをする。
「確かに競技かるたって、歌の上の句を聴いて下の句の書いてある札を取り合うんだけどね」
 中堂先輩は札をささっと捲って、二組に分けてある札の山から、それぞれ二枚の札を風花の前に置いた。
 ——あれ?
「先輩、その前にひとついいですか」
「なに?」
「こっちの札は、全部ひらがなで——」
 緑の縁取りに、白地に黒の文字。漢字がないと、妙に読みづらい。
「ああ、札をちゃんと見るのが初めてなんだね。競技かるたの札は、取り札の方は全部下の句をひらがなで書いてるんだよ」
と、先輩は他の札も見せてくれた。確かに全部そうだった。
「取り札ってなんですか」
 中堂先輩は、和歌と絵が書いてある札を手にして、
「こっちが、読み札。読手(どくしゅ)、つまり読み手にこの札が読まれたら、それに対応した下の句の絵のない札を取るんだけど、それが取り札っていうの。しかも、取り札には濁点とかもないからね」
と言う。
「うわあ、私、札の区別がつかないです」これは探すのに混乱しそう。
 すると、中堂先輩はニヤリと笑い、
「だからこそ、時短」
 うんうん、とひとりで頷き、そして最初に置いた札を指差した。
「これ、さっきのミオちゃんとの試合で最後に出た札なんだけどね、風花ちゃんは見てて何か感じなかった?」
 どう? という顔で先輩が見ている。
 何か? そんなこと漠然と聞かれても——
 風花は困って、畳に置かれた札に視線を落とした。

 忍ぶれど 色に(いで)にけり わが恋は
  物や思ふと 人の問ふまで

 一枚の絵の描いてある札に、和歌が全部書いてある。そしてもう一枚は例のひらがなの札だった。

 ものやおもふと ひとのとふまで

 なるほど、下の句だけがひらがなで書いて——
 ああ、そうだ。携帯からこの句が聞こえた瞬間に、2人とも手が動いたんだ。
「あの時私は、しの、しか聞こえなかった!」
「よく覚えてたね。風花ちゃん、なかなか耳がいいよ」そう言って、中堂先輩は再び下の句の札を手に取りる。「この札はね、しの、が聞こえたら取れる札なの」
「えっ、なんでですか」
「だって、他に、しのから始まる句はないからね。これがつまり時短」
 そういうカラクリなんだ。だから。
「じゃあ、他にもそんな札があるってことですか」
「そうだよ。む、す、め、ふ、さ、ほ、せ、の七枚ね。この文字から始まる上の句の札は、頭の一文字を聞いただけで、下の句を取れるのよ。これを一字決まりって言うんだ」
 どうよ。面白いでしょ。先輩はそんな顔をして笑った。

 
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