第21話 絶望

文字数 2,002文字

「ところで先輩。さっき言ったA級ってなんですか」
「ああ、まだ言ってなかったね。かるたには階級があってね。格闘技とか書道とかにも段位ってあるでしょ? あれみたいな。その初段にあたるのがC級かな。あとはB級が2段と3段、A級は4段以上ね。例えば、B級の人がA級に上がるには、普通はB級で優勝1回か準優勝を2回すると4段のA級に上がれるシステムなの。C級は初段クラスだけど、C級の大会で3位以上の成績を収めるとB級に上がれるってわけね」
「じゃあ、私は……」
「風花ちゃんは無段、つまり段位なし。C級から下は、D級からF級まであるんだけど、無段は大雑把に一括りだから、自分がD級だと思うならD級の試合に出ればいいよ」
「思うならって。そんなアバウトなんですか?」
「A、B、Cはちゃんと実力がないとね。でもDから下は全部無段だから、階級はあってないようなもの。F級なんて本当に始めたばかりの初心者コースだから大会もほとんどないね。だから、風花ちゃんでもDかEの級の大会に出てベスト4に残れば、上のクラスで試合ができるんだよ」
「いや、無理無理無理無理。いきなりそんな」
 慌てて風花が首を振った。
「でも、孝太はF級以外認めないからね」
 隣で孝太を指導しているミオが笑いながら言う。
「わかっとるわい。俺は実力で必ずのし上がるけんな」
 孝太の妙に自信満々の態度がおかしくて、つい風花は笑ってしまった。
「でもね、風花。無段のかるたは、これくらい自信満々でいけば、けっこう勝てるようになるもんだよ」
 孝太への指導の手を止めて、ミオが風花に語りかける。
「でも、いくらなんでも始めたばかりだよ。絶対勝てないと思うけどなあ」
 風花にはまったく自信がない。
「違うんだよ。無段のクラスなんて、自分は勝てると思う人が勝つんだよ」
 どうも言ってる意味がわからない。まるで哲学みたいだ。
「しかたない。じゃあ、無段クラスの必勝法を教えたげるわ」
 中堂先輩がもったいつけながらいう。
「そんなの、あるんですか」風花が食いついた。
「まず百首を覚えることは大前提だからね。あたり札がどれかわからないようじゃさすがに勝てないからね」
「はい」
「まず札を並べたら、暗記時間の15分をフルに使って相手の陣の札だけをできるだけ覚えること。自分の陣の札は捨てるぐらいの覚悟でね。それが必勝法」
 は? 自陣を捨てるって——
「自陣を捨てるなんて、そ、そんなんじゃ勝てっこないじゃないですか」
「いいのよ、それで」
「でも……」さすがにそれは。
 だが、先輩はニヤリと笑い、
「あのさ、無段の部ってことは、相手だって始めたばかりの素人なんだよ。わかってる?」
と言った。確かにそうだけど。
「さっき相手の陣の札を徹底的に覚えろって言ったでしょ? これはね、札が読まれたら、どんどん攻めろってことなのよ。相手に飛び込めない人は絶対に勝てないから。自分の陣の札なんて、自分が並べたんだからまったく記憶できてないわけじゃないでしょ。だから、暗記時間ではとにかく相手の陣の札だけをできるだけしっかりと覚えること。そしてガンガンに攻めて取りにいくこと。これができればC級に上がるのはすぐよ。大丈夫。自信を持ちなさい」
「じゃ、俺も次の大会が終わったらC級になってるってことだな」
 また隣の孝太が自信満々に言った。こういうところはちょっとうらやましいと思う。
「わかりました。とりあえず暗記を……。あっ、そういえば暗記時間っていつですか」
 ちょっと気になってた。
「暗記時間は札を並べたあとの15分。部活では今は5分に短縮してるけど、試合では15分が暗記時間っていうの。この時間は、暗記に使ってもいいし、試合前のストレッチとかに使う人もいるんだよ」と中堂先輩。
「なるほど。先輩とミオちゃんが『5分ね』って試合前に言ってたのはそのことだったんですね」
 あのとき、何してるんだろうって思ってた。
「よく見てるじゃん。そのとおり」
「じゃ、今度の高校選手権の予選は、私はE級に出ればいいんですよね」
「あら、残念ね。団体戦は級分けがないのよ。風花ちゃんはA級の人とあたるかもしれないよ。強くなるチャンスと思ってがんばって」
 ——ああ、それ絶対に無理じゃん!
 風花は絶望で頭を抱え込んだ。
「まあ、勝ちたかったら、自分と同じ初心者とあたることを毎日お寺にでも通って願っておきなさい。さて、きょうはこれくらいにしとこうか」
 ありがとうございました。唯一、しっかりと礼をすることだけは覚えた。

 帰りのバスの中、ミオが決まり字の問題を出して、風花が答えるという練習をしながら帰った。
 途中で孝太の背中が見えた。
「ふくからに!」
 追い越しざまにバスから風花が大声で叫ぶ。一瞬間が空いて、
「わからん!」
と孝太の声が遠くに聞こえる。
 もうひとつ問題を出そうと思ったが、嘲笑うように、きょうのバスは一気に孝太を引き離してしまっていた。
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