第51話 つないだ手

文字数 2,002文字

 ミオと孝太が風花の手を引くようにして、3人は足早に千光寺公園の展望台を後にして、山を下るロープウェイに乗り込んだ。花火大会があるせいだろう、いつもより観光客と思しき人たちが多い。
 ロープウェイがゆっくりと動き出すと、すぐ眼下には「文学のこみち」の大きな石群が見えた。風花は何回か祖母と徒歩で登ってきた場所だ。
 ——あっ、転校生に出てたとこ!
 どうやら尾道を舞台にした映画に出ていたらしい。そんな声が聞こえた。

「で、

と大河内君。君たちは付き合ってるの? いつまで手を繋いでるのかな」
 外を見ていたミオがクルリと振り向き、悪戯(いたずら)っぽく笑って言われるまで、孝太から右手を引かれていたことを、動揺していた風花はすっかり忘れていた。そしてミオがいつの間にか手を離していたことにも気がついていなかったのだ。
「いや、付き合ってない!」
 そう言いながら、汗ばむほどしっかりと握っていた手を、孝太と風花はあわてて離した。
「もういっそ付き合っちゃえば?」
 このことになると、いつも曰くありげに笑うのだ。どこまで本気だかわかりゃしない。
「だから、そんなんじゃないって」
 隠してもわかるんだよ。あなたの彼氏を奪ったりしないから。

「そういえば、

」ミオが芝居がかった口調で言う。「昇華のあの子、なんで風花を知ってたの? 知り合い?」
「——ああ、どこかで会ったの、かなあ。なんかよく覚えてなくて」
 ミオに問われて曖昧にごまかしたが、本当は、はっきりと思い出していた。
「2コースがどうとかって言ってなかったっけ」
「そ、そう? 声がちっちゃくってよく聞こえなかったし」
 風花の心臓がバクバクと激しく波を打っている。
 ふーん。ミオは唇を少し突き出してコクコクと小さく頷いた。
「大道風花ちゃんだよって、彼女に言ったほうがよかった?」
 風花はミオの言葉にすぐに返事ができなかった。そして、右に立つ孝太から横顔をじっと見られているのを感じる。
〈どう言えば〉
 必死にグルグルと考えても、いい言い訳ができなかった。
「まあ、勝手に向こうが何か思うことがあったんかも知れんしね。風花、背が高くてかっこいいからきっと男子より女子にモテるよ」ミオがニヤッと笑う。「またあの子に会ったら、橘さんで通してあげるわ」
「あ、ありがとう」
 話が変な方向に向かいそうになって、曖昧に笑ってごまかした。

 ヒューという花火が上がる音。ドーン、ドドーンという体の奥まで震えるほどの花火が破裂する音。キラキラと輝きながら落ちる光。そして、わあっという観衆の大きなざわめき。
 広島県最大の打ち上げ数を誇るという1万3千発の花火が次々に尾道の港で打ち上がる。何もない暗い空に大きな花火が打ち上がると、辺り一面がぱあっと明るくなり、真っ暗な尾道水道に浮かぶ何艘もの船を照らし出した。

 風花が生まれて初めて直近(まじか)で見る花火大会。
〈こんなにも花火の音って響くんだ〉
 それが花火というものであることを知らなかったら、恐怖で立ちすくんでしまうかもしれない。あまりの迫力に、大きな花が開いた瞬間、反射的に隣に立つ孝太の手をつかんだ。
 その手を——そっと孝太が握り返してきた。
 風花は自分の顔がカアっと顔が火照るのがわかったが、今度は振り解けなかった。胸の高鳴りを抑え、もう一度キュッとその手を握る。
 本当はずっと、そうしたかった。私は孝太君が——好きだ。でも。

 もういっそ付き合っちゃえば?

 突然、悪戯っぽく笑いながら言うミオの言葉が頭の中で響いて、風花は慌ててその手を離した。もしかしてミオに見られた——
 チリチリと落ちる花火の残骸の灯りだけが照らす暗闇で孝太の顔を見上げると、いま風化と繋いでいた左手の指をじっと見つめている。そして孝太の右側にいるはずのミオの姿がなかった。
 ドキドキしながらキョロキョロと辺りを見回した。
「あ、あのさ。ミオは?」
「さっき、どっか行った」
 孝太は風花から離された手をまた下ろした。
「どっか?」
「うん、どっか」
「どこ行ったんだろね」
「向こうに誰かいたみたいだ。じゃあねって言って向こうに行った」
 孝太が顎で示した方向は、すごい人出のため背の高い風花にも何も見えなかった。じゃあねって、もう来ないよってことだろうか。

 また大きな花火が打ち上がった。
 二人の周りの観衆から、わあっと大きな声が一斉に沸き上がる。
 風花と孝太もまた花火を見上げる。
 さりげなく孝太の左手が風花の右手を探しているのがわかった。今度は風花がその手をしっかりと握り返した。
 
 私はずるいのかもしれない。
 本当はミオは孝太のそばに、これからもずっといる人かもって思っている。だから、付き合っちゃえなんて言葉、どこかで嘘だと思っている自分がいる。
 なのに——今はこうして手を繋いでいたい。
 
 目の前で花火が上がっているのに、その夜のことは繋いだ右手のことしか覚えていない風花であった。
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