第38話 メッセージの話。

文字数 1,717文字

 フロアの真ん中で揺れる魔王をみた瞬間、どうしようもない気持ちがあふれた。
 景子に断ると、オレは会議室のドアの前でスマホを出し、メッセージを送った。

≪お久しぶりです。相変わらず忙しそうですね。魔王、出ていますよ≫

 モニターに向いていた安本さんの視線が、机の端に動いた。
 次の瞬間、顔を上げてあたりを見回し、オレと目があった。
 また視線が机の端に動き、オレのスマホが震える。

≪なにを言っているんですか。魔王なんて、そんなモノが出る訳がないじゃないですか≫

 爆笑しているスタンプと一緒に送られてきた。
 そして、大きな虹がでた。急にオレのところへ伸びてきて驚いたんだ。

≪今、虹がでていますよ。すごく奇麗です≫

 安本さんはハッと顔を上げた。一瞬、また大仏が出るんじゃあないかと思った。
 目が合うと、困ったような表情で笑って見せる。
 そのときに、一番内側が桜色に染まっていることに気づいた。

≪仕事が終わったら、また連絡してもいいですか?≫

 オレのメッセージに、オーケーのスタンプだけが返ってきた。
 魔王が出ていたんだから、きっと忙しいだろうし、オレもこれから打ち合わせだ。
 スマホをしまって会議室へ入った。

 打ち合わせも無事に終わり、会議室を出ると、もう一度フロアを振り返る。
 もう虹は出ていないけれど、オレの視線に気づいたのか、安本さんはこちらをみて頭を下げ、小さく手を振ってくれた。

 家に帰ると、なによりもまず安本さんにメッセージを送った。

≪今日は突然メッセージを送ってしまってすみませんでした≫

≪いいえ、大丈夫です。覚えていてくれて嬉しかったです≫

 二年も経っていないのに忘れるはずがない。もちろん、何年経ったとしてもだ。

≪今度のお仕事の休みは土日ですか?≫

≪はい。土日です≫

≪映画、またいろいろ新作が始まりますよね。まだ観ていなかったら、久しぶりにまた一緒にいきませんか?≫

 少し間があく。
 もしかすると断られてしまうんじゃあないかと、不安がよぎる。
 でも、一回くらい断られたからって、引き下がるわけにはいかない。
 せっかくまた繋がった縁を、みすみす手放すなんてできないじゃあないか。
 今年はシリーズ物の新作が目白押しだ。誘うチャンスはいくらでもあるからラッキーだ。

≪そうですね。じゃあ、時間が合えば≫

≪それなら、次の土曜日にでもいきましょうよ。時間を調べて連絡しますので≫

 了解のスタンプが届く。
 すぐさま上映時間を調べた。劇場は以前もいったことがある、ちょうどオレと安本さんの家の中間あたりにある駅で。
 十三時の回がちょうどいい気がして、オレは畳みかけるように約束を取りつけた。

――そして、やらかした。

 もう一度、気持ちをちゃんと伝えようと思ってあれこれ考えていたら、すっかり寝坊をしてしまった。
 待ち合わせ場所に着いたときには、開場ギリギリで相当焦っていた。
 きっとオレは、半ばパニックになっていたんだと思う。
 遅れてすみません、でも、待たせてごめんなさい、でもなく、開口一番で出た言葉。

「あれからずっと好きです! だからオレとつき合ってもらえませんか?」

――嫌だね。余裕のないヤツは。言うタイミングはここじゃあないのに。なにやっているんだ、オレ。

 呆然とした様子で見上げてくる安本さんは、先に買っておいてくれたチケットをオレに握らせると、腕を取って劇場の入り口へと歩きだした。

「それは前にも聞いたので……でもまさか、今また言われるとは……」

 そういわれてしまうとぐうの音も出ない。
 恥ずかしくて情けなくて、こんな自分が恨めしくなる。

「すみません……しかもこんなに遅れて……」
「この場合、よろしくお願いいたします、って今いったほうがいいんですかね?」

 驚いて安本さんをみた。劇場の通路を埋め尽くしそうなくらいに桜色が広がっていた。

「ほっ……本当にいいんですか?」
「本当にいいのか聞きたいのは私のほうこそですけど……とりあえずまずは映画を観て、そのあと話しましょうか」
「はい」

 とは言っても、ストーリーなんて入ってきやしない。
 仕方ないでしょ。こんな状態じゃあ。早く終われとさえ思ったよ。
 あとでもう一回、観なおさないといけないな。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み