第17話 萌美の話。

文字数 1,379文字

 この日は仕事から帰って家族で夕飯を食べ、部屋でくつろいでいた。
 一階から母親の声がオレを呼んでいる。

「弘樹、萌美ちゃんが来てるわよ」
「はーい。今行く」

 時計を見ると二十一時を回っている。急いで下に降りた。

「おっす、久しぶり」
「おっすじゃないわ。いくら家が近いっていっても、こんな時間にどうした? 連絡くれたらオレが行ったのに」
「いいのいいの。今、匡史のところにも行ってきたところ。明日も仕事だし、すぐ帰るから」

 そういって一通の封筒を差し出してきた。

「なんだよ? これ」
「招待状」
「あっ! 結婚式? 日程、決まったんだ?」
「うん、そう。四月だよ。カジュアルにするからさ、変に人数も呼ばないし、来るでしょ?」
「そりゃあ、もちろん」
「英輔といろいろ考えてね、式は本当に親しい人だけ呼んだの。だから安心して来てよ」
「……うん、わかった」
「その代わり、二次会は結構多めに人が来るから、弘樹はどうするか考えておいてね」
「あ、オレは最初に少しだけ顔を出して、すぐ帰るよ」
「やっぱり? でも……ちょっとまあ、いろんな人がいるからさ、そのほうがいいかも。倒れても、この日だけはさすがに私も英輔も送っていけないもんね」

 そういってケラケラと笑った。
 オレは憮然として答える。

「……最近はそんなに倒れることはないよ」

 萌美は言いたいことだけを言うと、この場でオレに出席の返事を書けという。匡史にもその場で書かせてきたらしい。
 封を開いてカードをみた。
 式場はここからもそう遠くない、庭のあるこじんまりとしたチャペルだった。確か、結構な人気があると聞いたことがある。
 急かされて出席に丸をつけるとそのままひったくられた。なにか面白いメッセージでも書いてやりたかったのに。

「私、来月には引っ越すよ。って言っても、英輔の家の近くだから、そんなに遠くはないんだけど」
「そうかあ。もうご近所さんじゃなくなっちゃうか」

 これからは今までのように、用事があればちょっとそこまで行けばいい。とはいかなくなるけれど、きっとまぁ、それは大人になった、ってことなんだろう。
 それに、相手がまったく知らないやつじゃあなく、英輔だから安心という部分もある。
 寂しいのは、ほんの少しだけだ。

「でさ、なかなか会わなくなっちゃうじゃん? だから引っ越す前に匡史と三人で休み合わせて遊園地行こうよ」
「いいね、なんか懐かしいな……子供のころは三人で行ったもんな」
「でしょ? 日にち決めて、弘樹と匡史に連絡するから。じゃ、またね!」

 結婚も決まって、きっと今、幸せな気持ちなんだろう。萌美はずっとクリームがかった柔らかい雰囲気のピンク色だった。
 匡史と同じ、いつもは明るいオレンジ色で、オレが何かに巻き込まれているときには、文字通り真っ赤になってイカっていた姿が懐かしい。
 帰っていくうしろ姿を眺めながら、ほっこりした気持ちになった。
 お茶を入れていた母親が「あらやだ。もう帰っちゃったの?」と言ってがっかりしている。
 どんな結婚式にするつもりなのか、聞きたかったらしい。
 いや、もう遅い時間だって。萌美もオレも、明日も仕事だ。
 匡史に萌美がオレの家にも来たことだけをメッセージで伝え、布団に入った。
 すぐに匡史から返信が来た。

≪弘樹~、一緒にスーツ買いに行こうぜ~≫

 ……一緒に野球しようぜ~、みたいに言うなよ。
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