第37話 虹がでた話。
文字数 2,137文字
翌日は午後の打ち合わせに合わせて、景子と一緒に会社を出た。
昨日、竜弥と描きあげた図面を円筒の図面ケースにしまって肩にかつぐ。
「それじゃあ、行ってきます」
所長に見送られて景子は張り切った様子で前を歩く。
今日の打ち合わせは景子がメインだから、オレは気が楽だ。
「ちょうどお昼時に着くから、向こうでご飯を食べてから先方に伺うよ」
「わかった」
「なんかね、うなぎの美味しいお店があるんだって」
「うなぎ? 高いじゃん。駅からも遠いよ。あっ! 駅の周りにも食べるところたくさんあるじゃないか」
オレはこれから向かう駅をアプリでみた。ずいぶん賑やかそうだ。
「ほら、ラーメン屋さんもいっぱいあるし……」
「弘樹、図面ケース持ってるじゃない。ラーメン屋さんに入ったら、それ邪魔になるよ。それにこのお店、訪問先にちかいのよ」
「あっ……そうか……でもうなぎかぁ……」
「もう。いいよ、おごるから。いつもおじさんとおばさんにはお世話になっているし」
「ホント? やった! ありがとう」
平日の下り電車は空いていて、気分が悪くなるようなこともなく目的の駅に着いた。
お昼を済ませ、先方の会社が入ったビルへ向かう。
こんな打ち合わせも景子は慣れたもので、担当者と挨拶を交わす姿も堂々としている。
案内をされてフロアに足を踏み入れた。入り口から奥まで見渡せて、思ったより広く感じる。
入ってすぐの会議室に促されたとき、オレはドアの前で足を止めた。
「景子ちゃん、ちょっとごめん。一件だけメッセージ」
「わかった。早くしなさいよね」
うなずいてオレはスマホを出し、メールアプリを開くとメッセージを入力して送った。
窓の外には山の連なる景色がみえている。高い建物が周辺に少ないのか、割と遠くまで見渡せるように感じた。
大きな虹が出て驚く。
届いたメッセージを確認して、会議室へ入った。
打ち合わせはスムーズに終わり、何点かの図面修正が入っただけだった。
「それでは、持ち帰って図面の修正をしたのち、データにて入稿させていただきます」
「よろしくお願いいたします」
「なにか問題点や変更などがありましたら、ご連絡ください」
二人揃って担当者に頭を下げてフロアをあとにした。
玄関を出ると、景子は会社に連絡を入れた。
「今、終わりました。これから弘樹と戻ります」
電話の向こうで恐らく八木さんがなにかを言っている。
景子はそれにメモを取りながら返事をして電話を切った。
「八木さんがお茶菓子買ってきてほしいって。この先にいったところにお店がいっぱいあるらしいんだけど」
「うん、あるね。なんかメモ取ってたけど、そんなに買うものがあるの?」
オレはスマホで地図を確認して、景子を促した。ビルを出てすぐの交差点を、駅とは反対に向かう。
古めかしい建物や骨董屋さん、草履屋さんなどちょっと珍しいお店も並んでいる。
「結構あるよ。荷物になるし駅まで遠くなるから、タクシー使っていいって」
「やったね。景子ちゃん、図面持ってよ。お茶菓子はオレが持つから」
「そう? 重そうだからそうしてもらえると助かる」
指定されたお店をめぐって買い物が全部終わったときには、本当にかなりの量になっていた。
オレが持つとかいうんじゃあなかったと、早くも後悔する。
タクシーを拾って駅に向かう。電車もタイミングが良かったようで、乗り換えが一回で済む路線に乗れた。
始発から一駅目だったからか座席はガラガラで、端の席に座ると景子がいった。
「遠かったけど、来てよかったね」
「なんで? うなぎ食べられたから? それとも打ち合わせが早く終わったからとか?」
「それもあるけど、弘樹の好きな人に会えたんでしょ? 良かったじゃない」
オレは絶句した。
顔が熱くなる。
「また……そうやって勝手に聴く! だから竜弥にも嫌がられるんだろ!」
「しょうがないじゃない。勝手に言ってくるんだもん。相当嬉しいみたいだし。それに私、竜弥に嫌がられたってぜんぜん構わないから」
もー。
オレは思わずうつむいて顔を覆った。
(あそこで働いているなんて思ってもみなかったな……)
エレベーターをおりて、フロアに足を踏み入れた瞬間だった。
フロアの真ん中あたりに、魔王が揺らいでいるのが視えた。
――えっ?
と思ってみると、相変わらず忙しそうにしている安本さんの姿があった。
また会えるなんて。
縁があったと思っていいんだろうか。あるのなら、今度こそ途切れないように繋ぎたい。
どうしたらいいのか。それはまだわからないけれど、少なくとも黙っているだけじゃあ駄目だと思う。
だからオレはメッセージを送った。
「ねえ、景子ちゃん。虹ってさ、一番内側の色ってなに色だったっけ?」
「内側? 内側は紫じゃあなかった? 赤、オレンジ、黄、緑、青、藍色、紫だったと思ったけど。それがどうかした?」
「……ううん。別に」
オレが視た大きな虹は、一番内側が淡い桜色だった。
安本さんからオレのタイクリップに向かって伸びていた。
ちょっとは期待してもいいんだろうか。
胸がキュウッと締め付けられて痛むのに嬉しい。
「も~、弘樹ウザいんだけど」
景子が笑いながらオレの肩を叩いた。
だから視るなって!
今はお願いだからスルーしてよ。
昨日、竜弥と描きあげた図面を円筒の図面ケースにしまって肩にかつぐ。
「それじゃあ、行ってきます」
所長に見送られて景子は張り切った様子で前を歩く。
今日の打ち合わせは景子がメインだから、オレは気が楽だ。
「ちょうどお昼時に着くから、向こうでご飯を食べてから先方に伺うよ」
「わかった」
「なんかね、うなぎの美味しいお店があるんだって」
「うなぎ? 高いじゃん。駅からも遠いよ。あっ! 駅の周りにも食べるところたくさんあるじゃないか」
オレはこれから向かう駅をアプリでみた。ずいぶん賑やかそうだ。
「ほら、ラーメン屋さんもいっぱいあるし……」
「弘樹、図面ケース持ってるじゃない。ラーメン屋さんに入ったら、それ邪魔になるよ。それにこのお店、訪問先にちかいのよ」
「あっ……そうか……でもうなぎかぁ……」
「もう。いいよ、おごるから。いつもおじさんとおばさんにはお世話になっているし」
「ホント? やった! ありがとう」
平日の下り電車は空いていて、気分が悪くなるようなこともなく目的の駅に着いた。
お昼を済ませ、先方の会社が入ったビルへ向かう。
こんな打ち合わせも景子は慣れたもので、担当者と挨拶を交わす姿も堂々としている。
案内をされてフロアに足を踏み入れた。入り口から奥まで見渡せて、思ったより広く感じる。
入ってすぐの会議室に促されたとき、オレはドアの前で足を止めた。
「景子ちゃん、ちょっとごめん。一件だけメッセージ」
「わかった。早くしなさいよね」
うなずいてオレはスマホを出し、メールアプリを開くとメッセージを入力して送った。
窓の外には山の連なる景色がみえている。高い建物が周辺に少ないのか、割と遠くまで見渡せるように感じた。
大きな虹が出て驚く。
届いたメッセージを確認して、会議室へ入った。
打ち合わせはスムーズに終わり、何点かの図面修正が入っただけだった。
「それでは、持ち帰って図面の修正をしたのち、データにて入稿させていただきます」
「よろしくお願いいたします」
「なにか問題点や変更などがありましたら、ご連絡ください」
二人揃って担当者に頭を下げてフロアをあとにした。
玄関を出ると、景子は会社に連絡を入れた。
「今、終わりました。これから弘樹と戻ります」
電話の向こうで恐らく八木さんがなにかを言っている。
景子はそれにメモを取りながら返事をして電話を切った。
「八木さんがお茶菓子買ってきてほしいって。この先にいったところにお店がいっぱいあるらしいんだけど」
「うん、あるね。なんかメモ取ってたけど、そんなに買うものがあるの?」
オレはスマホで地図を確認して、景子を促した。ビルを出てすぐの交差点を、駅とは反対に向かう。
古めかしい建物や骨董屋さん、草履屋さんなどちょっと珍しいお店も並んでいる。
「結構あるよ。荷物になるし駅まで遠くなるから、タクシー使っていいって」
「やったね。景子ちゃん、図面持ってよ。お茶菓子はオレが持つから」
「そう? 重そうだからそうしてもらえると助かる」
指定されたお店をめぐって買い物が全部終わったときには、本当にかなりの量になっていた。
オレが持つとかいうんじゃあなかったと、早くも後悔する。
タクシーを拾って駅に向かう。電車もタイミングが良かったようで、乗り換えが一回で済む路線に乗れた。
始発から一駅目だったからか座席はガラガラで、端の席に座ると景子がいった。
「遠かったけど、来てよかったね」
「なんで? うなぎ食べられたから? それとも打ち合わせが早く終わったからとか?」
「それもあるけど、弘樹の好きな人に会えたんでしょ? 良かったじゃない」
オレは絶句した。
顔が熱くなる。
「また……そうやって勝手に聴く! だから竜弥にも嫌がられるんだろ!」
「しょうがないじゃない。勝手に言ってくるんだもん。相当嬉しいみたいだし。それに私、竜弥に嫌がられたってぜんぜん構わないから」
もー。
オレは思わずうつむいて顔を覆った。
(あそこで働いているなんて思ってもみなかったな……)
エレベーターをおりて、フロアに足を踏み入れた瞬間だった。
フロアの真ん中あたりに、魔王が揺らいでいるのが視えた。
――えっ?
と思ってみると、相変わらず忙しそうにしている安本さんの姿があった。
また会えるなんて。
縁があったと思っていいんだろうか。あるのなら、今度こそ途切れないように繋ぎたい。
どうしたらいいのか。それはまだわからないけれど、少なくとも黙っているだけじゃあ駄目だと思う。
だからオレはメッセージを送った。
「ねえ、景子ちゃん。虹ってさ、一番内側の色ってなに色だったっけ?」
「内側? 内側は紫じゃあなかった? 赤、オレンジ、黄、緑、青、藍色、紫だったと思ったけど。それがどうかした?」
「……ううん。別に」
オレが視た大きな虹は、一番内側が淡い桜色だった。
安本さんからオレのタイクリップに向かって伸びていた。
ちょっとは期待してもいいんだろうか。
胸がキュウッと締め付けられて痛むのに嬉しい。
「も~、弘樹ウザいんだけど」
景子が笑いながらオレの肩を叩いた。
だから視るなって!
今はお願いだからスルーしてよ。