第1話 色の話。

文字数 1,305文字

 人混みはあまり好きじゃあない。
 人が多いと情報過多で目眩を起こしそうになるからだ。
 それじゃあ人が少なければいいのか、というと、そういうわけでもない。
 単純に、人が苦手。それだけ。
 だから、この通勤電車というものが本当に苦痛でならない。
 吐き出されるように電車からホームに降り立つと、とりあえずホッとした。
 それでもまだ、人は多い。セカセカと急ぎ足で地下道を通り抜け、階段を駆け上がった。
 狭いホームや通路と違って、圧迫感がかなり減る。
 テレビの中継でよく見る交差点を渡り、会社へ向かう。
 エレベーターに乗って、勤務部署のフロアに入った。

「おはようございます」

 入り口から真っすぐ伸びた通路の左手に、社員たちのデスクの島がいくつかあり、右手には会議室やモニタールーム、書庫などがある。
 通路とデスクの島の間には、塀を作るように低い書棚が並んでいる。
 オレは自分の席に座ると、さっそく仕事にとりかかった。
 この会社に派遣されてもうすぐ半年。仕事も覚えてそれなりにやり甲斐も感じている。
 それになにより、この職場……少なくとも、このフロアは居心地が良い。
 変な色がないからだ。

「おはようございまーす」

 パソコンの電源を入れてメールをチェックしながら、次々と入ってくる同僚や先輩がたを眺めた。
 今日もみんな、変わりない色をしている。

 オレ――木村 弘樹(きむら ひろき)には人が発する色が視える。感情や考えていることが、その色で大体わかった。
 だから人混みなんかに行くと、いろいろな色が混じりあって見えてしんどくなる。
 良く、オーラとか言うけれど、それととても良く似ているようでも、色分けを調べてみたら少しばかり違うようだ。
 オレ個人にわかりやすいような色で視えているらしい。ほかの人に視せてあげられないのがもどかしい。

 この職場には、心地よいグリーン系やブルー系の人が多い。盛り上げ担当のような、イエロー系の人もいるけれど、ぐいぐい来るようなレッド系の人は少ない。
 たまに飲みすぎたり疲れたりしていると、色がくすんで視えることもあるけれど、ここにいて気分が悪くなることはないから、本当にありがたい職場だと思う。

 昔は色が視えるせいで、たくさんの嫌な思いをした。
 オレを騙そうとしたり、嫌がらせをしようと目論んでいたり、そんなの色を視ればすぐにわかってしまうから。
 それで学生のころは散々な目に合った。一時は本当に家から出るのも苦痛だったし。
 今、普通に生活を送れているのは、両親と兄の理解があったことと、幸い、友人に恵まれたから。

 今は割と冷静に人の色を観察できる。観察できるからと言って、受け入れられるかどうかはまた別の話しで、あまりにもひどい色と遭遇すると、やっぱり気分が悪くなる。

 学校を卒業してから、就職をせずに派遣の道を選んだのは、期間を限定したり更新の有無を選択できるから。正社員になったとして、もしも職場環境が恐ろしく悪かった場合、簡単に辞めることができなかったら困るのはオレだ。
 社会人になって三年。
 最初の二年は想像どおり、派遣された先で面倒な目に合い続け、この働き方で良かったと、しみじみと実感したものだった。
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