第35話 お守りの話。
文字数 2,111文字
週明けの月が替わった日から、オレは新しい職場へ出社した。
近いとはいえ、前よりも電車に乗る時間が長くなったけれど、幸いにも具合が悪くなることはなかった。
初日は天ヶ谷所長と事務の八木 さんから、入社のために必要な書類の整備、会社で使用しているパソコンやソフトの説明をうけたりした。
今日はオレが初出勤だからと、社員さんたちが全員集まっていたようで、一人一人に紹介され、挨拶を交わした。
オレを含めて十五人だそうだ。
その中に、同じように日常生活にまで支障が及ぶ感覚を持っている人が、四人もいるという。
もちろん、天ヶ谷所長と景子を除いて。
オレを含めたら七人、職場の半数だ。
変な能力? のようなもので困っている人が意外と多いんだな。
今までにも、一緒に働いていた人の中に、そんな人もいたかもしれない。こんな話しは他人にしないから、気づかなかっただけなのかも。
割り振られた自分の席に荷物を置き、八木さんと景子からあれこれと教わっているうちに、あっという間に午前中が過ぎた。
社員さんの何人かは自宅で設計図面を作成しているそうで、早々に帰宅していった。
打ち合わせや行政手続きのために出かけていく社員さんもいる。
景子も申請資料がどうとかで、出かけていった。
「木村くん、所長が一緒にお昼ごはんどうですか、って。行かない?」
八木さんに声をかけられ、同席することにした。
駅へ向かう途中にある洋食屋さんへ入る。
「初日に聞くのもなんだけど、午前中、みてどうだった?」
席に着くと間をあけずに天ヶ谷所長に聞かれた。
「そう……ですね……雰囲気がつかめなくて不安はあるんですけど、業務としてはソフトのほとんどが使用経験があるので、ホッとしました」
「そうか。今はいろいろ種類があるから、使い慣れないのにあたると困ることもあるよね」
「はい。なので、事務的な部分ではお役に立てるかと思います」
「備品でなにか不足しているものがあったら、すぐに言ってね。手配するから」
八木さんがランチセットの注文をしながら、そういってくれる。
天ヶ谷所長が椅子の背もたれに体をあずけて、オレをジッとみた。
「ところで朝から気になっていたんだけど、それはお守りなのかな?」
タイクリップを指さしている。
「これは前の職場で一緒に働いていた人からいただいたものですけど……これになにかありますか?」
景子がは天ヶ谷所長を『視える人』だと言っていたのを思い出した。
お守りかと聞かれたことを考えると、悪いことじゃあないと思うけれど……。
「うん……なんだろう? 木村くん、今は僕と八木さんの色、視えるよね?」
「はい。所長は濃紺で、八木さんは黄色に近いクリーム色に視えます」
「あら。木村くんもそっち側の人だったの?」
八木さんは驚きもせず、サラッという。
天ヶ谷所長はテーブルに身を寄せて、ないしょ話をするように小声でいった。
「じゃあ、カウンターの一番奥の人。あの人はどう?」
オレは言われたほうをみた。色の系統はわかるけれど、薄くて良くつかめない。
所長が強いからなんだろうか。
「……あれ? 青系だとは思うんですけど、良くわからないです」
「ふうん……なんかすごいね。そういうのは初めてみたな」
「あの……?」
「それをくれた人、強いね。バリア……じゃあないな。盾みたいなイメージかな。キミを守っている」
「オレをですか?」
「うん。でもこれ、本人はわかっていないんじゃあないかな? 無意識なんだと思うよ。強度が安定していないから」
タイクリップを握りしめて、オレはうつむいた。
思い当たることがいくつかある。
視えなくなるのは、いつでも安本さんがいたときだ。
初めて視えなくなったと思ったときも、一緒に映画に出かけた帰りだった。
今、守ってくれているんだとしたら、オレが色のことを……倒れたことを話したからだろうか。
たとえ無意識なんだとしても、気にかけてもらえたのが嬉しくてたまらない反面、申し訳ない気持ちもあふれる。
「これ、わかってできるようになったら相当な強さだと思うよ。僕にもなんなのかが良くわからなかったくらいだから」
「えー? 所長に勝っちゃう人ですか? それは確かに相当ですねぇ」
「そのタイクリップは大切にしないといけないね」
二人とも優しげな目でほほ笑んでいる。
オレは泣きそうになるのを必死に我慢して、運ばれてきたランチを平らげた。
――なんだ。
とんでもない能力を持っていたのは、やっぱり安本さんのほうだったんじゃあないか。
強いんだって。
そりゃあ、そうだよな。だって魔王が出せるくらいなんだから。
守られているだけじゃあダメだろ、オレ。
もっとしっかりしないと。
目の前の天ヶ谷所長をみた。
この人は苦労してきて、やり過ごしかたや避けかたを自分で学んできた人なんだ……。
人が苦手だとかいっている場合じゃあない。まずはこの人のもとで、しっかり働いていろいろ学ばせてもらおう。
もちろん仕事だけじゃあなくて、視えるもののことを。
誰かの悪意から逃げるだけじゃあなく、自分の力でどうにかできるやりかたを。
だってオレはきっと、戦ったら強いに違いないんだから。
近いとはいえ、前よりも電車に乗る時間が長くなったけれど、幸いにも具合が悪くなることはなかった。
初日は天ヶ谷所長と事務の
今日はオレが初出勤だからと、社員さんたちが全員集まっていたようで、一人一人に紹介され、挨拶を交わした。
オレを含めて十五人だそうだ。
その中に、同じように日常生活にまで支障が及ぶ感覚を持っている人が、四人もいるという。
もちろん、天ヶ谷所長と景子を除いて。
オレを含めたら七人、職場の半数だ。
変な能力? のようなもので困っている人が意外と多いんだな。
今までにも、一緒に働いていた人の中に、そんな人もいたかもしれない。こんな話しは他人にしないから、気づかなかっただけなのかも。
割り振られた自分の席に荷物を置き、八木さんと景子からあれこれと教わっているうちに、あっという間に午前中が過ぎた。
社員さんの何人かは自宅で設計図面を作成しているそうで、早々に帰宅していった。
打ち合わせや行政手続きのために出かけていく社員さんもいる。
景子も申請資料がどうとかで、出かけていった。
「木村くん、所長が一緒にお昼ごはんどうですか、って。行かない?」
八木さんに声をかけられ、同席することにした。
駅へ向かう途中にある洋食屋さんへ入る。
「初日に聞くのもなんだけど、午前中、みてどうだった?」
席に着くと間をあけずに天ヶ谷所長に聞かれた。
「そう……ですね……雰囲気がつかめなくて不安はあるんですけど、業務としてはソフトのほとんどが使用経験があるので、ホッとしました」
「そうか。今はいろいろ種類があるから、使い慣れないのにあたると困ることもあるよね」
「はい。なので、事務的な部分ではお役に立てるかと思います」
「備品でなにか不足しているものがあったら、すぐに言ってね。手配するから」
八木さんがランチセットの注文をしながら、そういってくれる。
天ヶ谷所長が椅子の背もたれに体をあずけて、オレをジッとみた。
「ところで朝から気になっていたんだけど、それはお守りなのかな?」
タイクリップを指さしている。
「これは前の職場で一緒に働いていた人からいただいたものですけど……これになにかありますか?」
景子がは天ヶ谷所長を『視える人』だと言っていたのを思い出した。
お守りかと聞かれたことを考えると、悪いことじゃあないと思うけれど……。
「うん……なんだろう? 木村くん、今は僕と八木さんの色、視えるよね?」
「はい。所長は濃紺で、八木さんは黄色に近いクリーム色に視えます」
「あら。木村くんもそっち側の人だったの?」
八木さんは驚きもせず、サラッという。
天ヶ谷所長はテーブルに身を寄せて、ないしょ話をするように小声でいった。
「じゃあ、カウンターの一番奥の人。あの人はどう?」
オレは言われたほうをみた。色の系統はわかるけれど、薄くて良くつかめない。
所長が強いからなんだろうか。
「……あれ? 青系だとは思うんですけど、良くわからないです」
「ふうん……なんかすごいね。そういうのは初めてみたな」
「あの……?」
「それをくれた人、強いね。バリア……じゃあないな。盾みたいなイメージかな。キミを守っている」
「オレをですか?」
「うん。でもこれ、本人はわかっていないんじゃあないかな? 無意識なんだと思うよ。強度が安定していないから」
タイクリップを握りしめて、オレはうつむいた。
思い当たることがいくつかある。
視えなくなるのは、いつでも安本さんがいたときだ。
初めて視えなくなったと思ったときも、一緒に映画に出かけた帰りだった。
今、守ってくれているんだとしたら、オレが色のことを……倒れたことを話したからだろうか。
たとえ無意識なんだとしても、気にかけてもらえたのが嬉しくてたまらない反面、申し訳ない気持ちもあふれる。
「これ、わかってできるようになったら相当な強さだと思うよ。僕にもなんなのかが良くわからなかったくらいだから」
「えー? 所長に勝っちゃう人ですか? それは確かに相当ですねぇ」
「そのタイクリップは大切にしないといけないね」
二人とも優しげな目でほほ笑んでいる。
オレは泣きそうになるのを必死に我慢して、運ばれてきたランチを平らげた。
――なんだ。
とんでもない能力を持っていたのは、やっぱり安本さんのほうだったんじゃあないか。
強いんだって。
そりゃあ、そうだよな。だって魔王が出せるくらいなんだから。
守られているだけじゃあダメだろ、オレ。
もっとしっかりしないと。
目の前の天ヶ谷所長をみた。
この人は苦労してきて、やり過ごしかたや避けかたを自分で学んできた人なんだ……。
人が苦手だとかいっている場合じゃあない。まずはこの人のもとで、しっかり働いていろいろ学ばせてもらおう。
もちろん仕事だけじゃあなくて、視えるもののことを。
誰かの悪意から逃げるだけじゃあなく、自分の力でどうにかできるやりかたを。
だってオレはきっと、戦ったら強いに違いないんだから。