第1話 騙された女
文字数 603文字
「春原音色 さん、あなたを今日付で解雇いたします」
「……はい……お世話になりました……」
髪の薄い男は冷静さを装っているが、興奮は隠しきれていない。虚勢とも取れるこの場に無意味な威厳をまき散らしている。
「告訴されなかっただけ感謝しなさい」
「……はい、ありがとうございます……」
髪の毛が全て抜け落ちていまうのではないかと思うくらい、顔を真っ赤にしながらも声を必死で抑えている。それに引き換え、言われている側はそれほど悲痛な様相もなく淡々としているが、虚脱感は否めない。
役員室を退出すると、廊下を更衣室へと早歩きで急ぐ。廊下を先まで照らしているのは節電された弱い電気の明かりばかりで、窓から入る太陽光は頼りなく、薄暗い廊下は音色の足音を不気味に響かせている。
更衣室へと向かう途中、音色が元居た『第一営業部』の前を過ぎる。音色は一段と足を速めた。
一瞬、中の人間と目が合ってしまったような気がした。『見るまい』と思っていたのに視線を向けてしまったのは未練? 後悔? 怨讐? いずれにせよ、中の人間に見られてしまった……。
(きっと私の話で盛り上がるんでしょうね)
そう思うと恥ずかしいのやら、悔しいのやら、一刻もこの建物から、いやこのエリアから、この会社に関わりのあるすべてのモノから離れたかった。
上水流八尋 ……目が合ったのは間違うこともないあの男……音色の彼氏……いいや元 彼……。
(そして私を騙した男……)
「……はい……お世話になりました……」
髪の薄い男は冷静さを装っているが、興奮は隠しきれていない。虚勢とも取れるこの場に無意味な威厳をまき散らしている。
「告訴されなかっただけ感謝しなさい」
「……はい、ありがとうございます……」
髪の毛が全て抜け落ちていまうのではないかと思うくらい、顔を真っ赤にしながらも声を必死で抑えている。それに引き換え、言われている側はそれほど悲痛な様相もなく淡々としているが、虚脱感は否めない。
役員室を退出すると、廊下を更衣室へと早歩きで急ぐ。廊下を先まで照らしているのは節電された弱い電気の明かりばかりで、窓から入る太陽光は頼りなく、薄暗い廊下は音色の足音を不気味に響かせている。
更衣室へと向かう途中、音色が元居た『第一営業部』の前を過ぎる。音色は一段と足を速めた。
一瞬、中の人間と目が合ってしまったような気がした。『見るまい』と思っていたのに視線を向けてしまったのは未練? 後悔? 怨讐? いずれにせよ、中の人間に見られてしまった……。
(きっと私の話で盛り上がるんでしょうね)
そう思うと恥ずかしいのやら、悔しいのやら、一刻もこの建物から、いやこのエリアから、この会社に関わりのあるすべてのモノから離れたかった。
(そして私を騙した男……)