第36話 プロトコール

文字数 715文字

 音色の緊張は最高潮を更新し続けている。元々冷え性のせいか顔は暑いのに足が冷え切っている。血が上り過ぎて足に血が巡っていないせいだと思う。逆に頭は血が回り過ぎていて、ボーっとして思考が働かない。
 覚えることが多すぎた。

 パーティーでは名刺交換は会場内では行ってはならないことや初対面の人には共通の知人がいなければ挨拶してはいけないなど、その辺りは音色が多言語をビジネスレベルで扱えるスキル上、心得ていたのは一颯も驚いた。
 瑞稀が今日のパートナーに急遽彼女を選んだことは、さすがの眼力と認めざるを得ない。素直に恐れ入った。しかしテーブルマナーは教えきれない。今回は着席スタイルのコースメニューだ。



 食事に至るまでの道のりも長い、すぐに席に着けるわけでもない……挨拶一つ取ってみてもマナーにはまだまだ細かいルールがあって、相手の地位が高い場合はこちらから握手を求めてはいけない。それなのに古い慣習では女性が先に手を差し出す必要があるだとか(* 最近のビジネスシーンでなくなってきている)……宗教上男性と女性は互いに握手はしないというタブーもあったりする。

 音色は『女性のおしゃれ』と双璧を成す『美味しいものを食べる』、その両方の出来事がこれから起きるというのに気が滅入るばかりだ。
 いつの間にかドレスを力一杯握り込んでいて、その箇所が皺になって湿った生地は濃く変色していた。

 素敵なドレスに負けない笑顔を……それはきっと、女性が持つ美の象徴……笑顔の花はどんなドレスよりも華やかにさせることのできる催眠術……それなのに音色は、『フォーマル』という名の伝統ある魔物に呑み込まれてしまって、大事な笑顔を車の中に置き忘れてしまっていた……。
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