06:夏

文字数 8,418文字

 パートリーダーの高良先輩は、大島先輩のメトロノーム事件について、「自分がいない時に起こったことだから関係ない。」として、後輩たちを叱ることはなかった。
「自分も前に同じことやったから、怒れないんだろ。」
 部活からの帰り道、カッションはスクールバッグの中でため息をつく。
『多分ね。そういえば、大島先輩の私への接し方が、少し柔らかくなった気がしたんだけど。』
「言われてみればそうだな。昨日、お前が味方についたからじゃねぇのか?」
『うん、私以外は揃いも揃ってあんな態度だったし。』
 舞莉はずり落ちたスクールバッグの紐を、また肩にかける。


 夏祭りの発表まで、あと二週間。舞莉はある違和感を感じていた。
 それは、一週間前に夏祭りの曲の合奏をした時である。
 大島先輩から言われた通り、パーカッションパートは一年生も合奏に加えてくれた。しかし、ここで食い違いが起きる。
 舞莉がするはずだった、カバサやタンバリンといった楽器を、先輩たちに全て取られてしまっていたのだ。
「くわ先輩、そこのタンバリン、私がやる予定だったんですけど……。」
 舞莉は桑原先輩に尋ねてみる。
「えっ、俺は高良から、やってくれって頼まれたんだけどなぁ。」
「そうですか……。」
 舞莉は肩を落とす。
 夏祭りの曲は、二・三年生で一度楽器担当を振り分けて、余ったものを一年生に回してくれたはずだ。
 大山、菜々美、司は何かしらの楽器をやらせてくれているのに。自分だけ、ない。
 そこで高良先輩に詰め寄ったが、無視するので話にならない。
「あいつの魂胆丸見え。どんだけ舞莉に楽器やらせたくないんだよ。」
 舞莉の肩の上で、カッションはポキポキと指を鳴らした。

 演奏しない一年生は手拍子やダンスをするらしい。舞莉が『演奏しない一年生』の中に放り込まれることは確定しているが、もう一人、司もそうなるかが決まっていなかった。
 先輩たちが演奏する両側で手拍子とダンスをするので、二つのグループに別れた。司が入れば偶数人なので、半分に分けやすいのである。
 しかし、いつの間にか司は先輩たちとの合奏に引き抜かれ、パーカッションパートでは舞莉だけになってしまったのだ。しかも片方の、舞莉がいるグループが奇数人になってしまったため、それぞれ二列に並ぶと、舞莉の隣の人がいないことになる。
 また『ぼっち』なのである。
「自分だけ一緒に合奏できなくて、ダンスもひとりぼっちなら、私いらなくない? 空気じゃん。」
 舞莉は家に帰ると、冷房の効いたリビングで大の字に寝転んだ。
「そういえば、このところ大山が部活来ないけど、どうしたんだろ。」


 そして、夏祭り本番。
 オープナーは、西部支部でも演奏した『マーチ・スカイブルー・ドリーム』。森本先生が指揮をした。一年生は手拍子をせず、ただ片膝をついて座っているだけである。今は夕方だが、じっとしているだけで汗が流れる。

 次は『涙そうそう』。この曲は大山が「俺、この曲もう叩けるから。」と、ドラムの練習ができない舞莉にマウントを取ってきた曲である。手拍子をしながら、この曲はカバサをする予定だったことを思い出す。

 その次は『PERFECT HUMAN』。スピーカーを通して、高良先輩の下手クソなラップが聞こえてきた。アルトサックスのソロもあるが、ラップのせいで台無しである。
「あいつさ、自分が上手いって思ってやってるから痛えよな。」
 舞莉の隣で手拍子をするカッションが、舞莉の耳元で叫ぶ。
 この曲は、舞莉がタンバリンをする予定だった曲だ。

 次の曲は『FLASH』。サビからの、アゴゴベルとタンバリンの掛け合いが好きな曲である。舞莉は、この曲のタンバリンもする予定だった。

 その次の曲は『青い珊瑚礁』。楽譜はもらっているものの、もとから小楽器が少ない曲なので、一年生には振り分けてもらえなかった。しかし、楽譜はあるので、タンバリンなら舞莉でもできた。

 ここまでずっと手拍子だった一年生は、流石に疲れた様子だった。頭の上で、腕をピンと伸ばして手拍子をしなければいけない。曲だけで十三分は手拍子をしていた。

 最後の曲は『Sing Sing Sing』。高良先輩のノリノリなドラムから始まり、クラリネットの長いソロが見せ場である。西関東アンサンブルコンテストで金賞を取った、山下先輩のソロが辺りに響く。
 ソロの時はダンスが休みなので、舞莉はクラリネットの音色に聴き入っていた。
 舞莉がクラリネットを吹きたいと思わせてくれたのが、この曲のクラリネットの、山下先輩のソロだった。
 吹き終わると、一年生も含め、部員全員が立ち上がった。
「ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
 上野先輩に続いて、全員で声を合わせ、礼をする。
「はい、南中学校の皆さん、ありがとうござ――」
「アンコール、アンコール!」
 アンコールを知らない、夏祭りの司会のおじいちゃんが終わらせようとするが、誰かのお母様方の声で遮られる。
 森本先生が司会の人と何かを話し、うなずいた司会のおじいちゃんが「すみません、もう一曲演奏してくれるそうです。」と、訂正した。
 先輩たちはスカーフを被る。
「アンコール、ありがとうございます。最後にお送りするのは、先輩方から代々受け継がれてきた、南中吹奏楽部のテーマソングです。」
 例のセリフを、トランペットパートの清水先輩が言った。
「南吹パワー全開でー!」
「「「ユーロビート!」」」
 ちなみに、先輩たちのユーロビートは、もはやユーロビートではないのだ。
 ユーロビートのテンポは、百二十から百六十くらいなのだが、先輩たちの演奏は百六十より速いのだ。指定のテンポが百五十二で、大体一.一倍の速さで演奏している。
 疾走感が否めない。
 演奏が終わり、拍手にかき消されそうになりながら、上野先輩が言った。
「これからも、南中吹奏楽部を、よろしくお願いします!」
「「「お願いします!」」」
 入部してから初めての、お客さん側ではない演奏が終わった。


 四日後、舞莉たちFメンは西武新宿線に乗っていた。これから舞莉たちが向かうのは、『所沢市民文化センター ミューズ』。
 今日は、埼玉県吹奏楽コンクールの地区大会である。
 何の前触れもなく、いきなりコンクールの日を迎える書き方には待ったが入りそうだが、出場しない一年生にとってはそんなもんである。数日前の夏祭りの方が、自分たちにとっては重要なのだ。
 航空公園駅で降り、東口から歩いて十五分くらいのところだ。
 先輩たちはトップバッターで演奏する。地区大会の演奏順はクジで決めるそうだが、森本先生は一番を引いてしまい、先輩たちからのブーイングが絶えなかった。
 Cメンだけ朝早くに集まり、舞莉たちより早く現地に着いている。
『あかりん先輩、地区大すら突破できるか、って言ってたけど。』
 舞莉は、演奏順が決まった日から弱気な、高橋先輩を思い出した。
「去年は県大会行って、銀賞取ったんだろ。県大会は行くと思うぞ。」
 と、スクールバッグの中のカッション。今日ももちろん、スティックは持ってきている。
 今日も、パーカッションの楽器を運ぶ『補助員』が必要だが、また舞莉はそこに入っていない。
 着いてすぐに、補助員の人たちが連れていかれた。入場券をもらったFメンかつ補助員ではない人は、さっそくホールの中に入った。
「すごい!あれってパイプオルガン?」
 一年生の誰かが、声をひそめつつ驚いている。
 ステージの後ろいっぱいにある、巨大なパイプオルガンに目を奪われていた。舞莉も本物を見たのは始めてだったが、視力が悪い舞莉には、はっきりと見ることはできない。

 開会式が終わると、さっそく先輩たちが入ってきた。
「それでは、演奏を開始致します。一番、沢戸市立南中学校。天野正道 作曲『沢池萃』。指揮、荒城政男。」
 アナウンスが流れると、拍手の中で、荒城先生がこちらを向いて一礼した。
 荒城先生の合図で、先輩たちは一斉に楽器を構える。
 最初のフォルテの音が、一発響いた。

 演奏が終わると、舞莉たちは足早にホールから出る。
 写真撮影や楽器の片づけを終えた先輩たちと合流した。
「ここ、よく響くホールだな。残響が長い。」
 制服を着崩しているカッションが、舞莉の隣で腕を組んでいる。
『そうなの?』
「ただ、演奏する側は大変だと思うぞ。」
『ふぅん。』
 生返事しかできないのは仕方がない。舞莉が行ったことがあるホールと言えば、沢戸市文化会館、西部支部の会場だったウェスタ川越と、ここだ。残響など、意識したことがないから分からない。

 この後は、閉会式までずっと演奏を聞いていた。
 正直、飽きてきてあくびが止まらない。隣の司は寝ていた。
 同じことを私がしたら、きっとうるさく言われるんだろうな。人によって態度を百八十度変えるパートリーダーなら、普通に有り得る。
 半分寝かけた、最後の学校の演奏が終わった。

 三十分間の休憩を挟み、結果発表がある閉会式が始まった。埼玉県吹奏楽連盟の副会長のお話が終わると、先輩たちはソワソワし出した。膝にはプログラム、手には三色ボールペンを持っている。
「それでは、結果発表に移ります。」
 地区大会では、金賞・銀賞・銅賞があるが、賞なしと呼ばれる、何も賞がもらえないものもある。
「銅賞から発表します。」
 ここで呼ばれてはいけない。
 出演順で発表するので、南中は賞を獲得できれば、一番先に学校名を言われることになる。
 銅賞は六校が受賞した。
「次は銀賞です。」
 ここでも呼ばれてはいけない。
 銀賞は二校が受賞した。呼ばれていない学校は、あと十七校もある。
「最後に金賞です。」
 ここで一番最初に呼ばれなくてはいけない。
 先輩たちは両手を握って祈っている。出ていないはずの舞莉も緊張していた。
「出演順、一番。沢戸市立南中学校。」
 『一番』の『い』が聞こえた瞬間、先輩たちが「きゃー!」と悲鳴なるものを上げた。隣に座っている高橋先輩は、少し涙ぐんでいる。
 金賞は、舞莉の学校も含めて五校が受賞した。
「次に、八月八日に行われます、第五十七回埼玉県吹奏楽コンクールへの推薦団体を発表します。こちらも出演順となります。」
 ここでも一番先に呼ばれないといけない。
「出演順、一番。沢戸市立南中学校。」
 先輩たちは、再び悲鳴を上げる。
 あと三校が呼ばれ、「以上を推薦致します。」と言って締めた。一校だけ、ダメ金のところがあったのだ。
 ダメ金とは、金賞を受賞したものの、上位大会には進めないことである。

 閉会式が終わり、ホールを出て人口密度が高い階段を降りていると、黒服姿の先輩たちの会話が聞こえてきた。
「一番始めに吹く学校って、審査の目安にされちゃうから不利だって言われてたけど、よかった!」
「ホントだよね。もりもってぃーが一番を引いてきたって言われた時は、正直終わったと思ったよ。」
 『一番最初の学校は上に行けない』というレッテルが剥がれた結果だった。


 地区大会が終わったころ、舞莉の手元には、『沢池萃』の楽譜があった。A4の大きさで三枚。一枚目の左上には、『2nd Percussion』『Bass Drum』『Vibraphone』の文字。
「たかぴー先輩が、もう割り振りしてくれたの。菜々美ちゃんはたかぴー先輩がやってた『フォートム』、司くんはあかりん先輩がやってた『ティンパニ』。」
 集会室に来て、そう説明する細川先輩。
「私は、コンクールと一緒でシンバルとヴァイブ。で、問題なのがバスドラなんだけど。」
 残っているのは、大島先輩、舞莉、部活に来ない大山である。
「ここはオーディションにするらしいの。まぁ、さらっておいてだって。」
 自分の相手が大島先輩と大山なんて、この時点で結果は分かっているようなものだ。
「舞莉、これはセグレート行きだな。」
 壁に寄りかかって話を聞いていたカッションは、ブローチを持って指さした。

 なぜあの楽譜があるとかというと、十月の始めにある『全日本ブラスシンフォニーコンクール』の予選大会に出るつもりだからだ。一・二年生だけで出場する予定だが、自由曲として『沢池萃』を演奏することになった。
 実は、かなり無謀なことをやろうとしているのは、初めての合奏までの秘密である。


 八月八日、県大会の日がやってきた。
 今日も舞莉たちFメンは、会場までは電車で移動する。
 武蔵野線の南浦和駅で降りた。
「今日の会場は『さいたま市文化センター』か。」
 歩きながらしおりを読む舞莉の横から、カッションが覗き込んでいる。
 県大会から上の大会は、午前と午後で入場券が別々になっている。先輩たちの演奏は午後なので、午後の部の入場券で中に入った。
「ここはいわゆる『普通』のホールだな。」
『いや、私にとっては、二階席とか三階席まである時点で、普通じゃないんですけど。』
 舞莉たちパーカッションパートは、三階席に座っている。
 審査員や、だいたい二階席で聞いている顧問の目につかないからだ。
「おっ、もうすぐ午後一の演奏が始まるぞ。」
 高良先輩が足を組んで、目を閉じた。
「こいつ、寝る気マンマンだよ。まだうちらの演奏も終わってないのに。」
 次の移動時刻を確認した高橋先輩が、高良先輩をつつく。

 演奏準備に行ったCメンと補助員を見送り、舞莉たちはまたホールに戻った。
 カッションはいつものように、舞莉の肩の上に座っている。
「で、舞莉は相変わらず補助員じゃねぇのかよ。」
『頑なに触らせたくないみたいだから。』
「俺が運び方教えてやったから、もう平気なのにな。」
 補助員に関しては、もう諦めていた。
『あれは、ただの嫌がらせ。』
 カッションに教えてもらったかいがあり、実力は上がった。が、それを見せる場がないことに、カッションはもどかしさを感じている。

 先輩たちの番が来た。
「二十六番、沢戸市立南中学校。天野正道 作曲『沢池萃』。指揮、荒城政男。」
 最初の一音の響きで、カッションの言っていたことが分かった。先週の地区大会よりは、確かに残響が少し短い。
「音楽の楽しさって、楽器を演奏することだけじゃないだろ。聴くことだって楽しさのうちに入ると思う。聴く側としての楽しみ方を、ちょっと教えただけさ。」
 聴くことの楽しさ……。
 そう思うと、このアルトサックスのソロも変わって聴こえた。

 先輩たちの演奏が終わり、再びホールに入る頃には、閉会式前の三十分間の休憩に入っていた。
 この沢戸市立南中学校は、昨年の県大会銀賞が一番良い成績である。
「ああ、ヤバい。緊張してきた。」
 舞莉の後ろにいる先輩が、そう言いながら手を擦り合わせる。
『ねぇ、カッション。昨日の夜も言ったけどさ。』
 舞莉は結果発表の前に、カッションへ内心を吐露してみる。
『ここで終わっても、そうじゃなくても、複雑だって。』
「ああ、言ってたな。」
『高良先輩に早く引退してほしいんだけど、それだけでは解決しない問題。』
「あいつがいなくなっても、グルになってる細川がいるから状況は変わらない、だろ。」
 舞莉は足元に視線を移す。
『私さ、そんな人ともう一年、一緒にやっていかなきゃいけないんでしょ。できる気がしなくて。』
 珍しく自分から弱音を吐いた舞莉に、カッションは返す言葉が思い浮かばなかった。

「ただいまより、第五十七回埼玉県吹奏楽コンクール 中学校Bの部、閉会式を始めます。」
 今年は、埼玉県から十二校が西関東大会に進める。三十五校が県大会に出場しているので、約三割の学校が西関東大会に行けるというところだ。
 今日の県大会は、埼玉県吹奏楽連盟の会長が話をしてくれた。県大会ともなると会長が出てくるらしい。
「次に、審査結果の発表及び表彰を行います。」
 県大会から上の大会は、失格さえなければ、金賞・銀賞・銅賞のいずれかの賞がもらえる。
 この広い空間が張り詰めた空気で覆われた。
 それぞれの学校の代表の生徒が、拍手で迎えられながらステージ上に現れた。前から出演順に並んでおり、上野先輩は後ろの列の、真ん中より右の方にいる。
 最初に演奏した学校の生徒が、連盟の会長とマイク越しで対面した。こちら側から見ると、右に会長、左に生徒が立っている。
「金賞と銀賞の聞き間違いを防ぐため、金賞は『ゴールド金賞』と言わさせていただきます。」
 最初に会長から言づけがされる。
 南中が呼ばれるまで、九校が金賞を受賞した。
「切符はあと三枚だな。」
 足を組み、頬杖をつくカッション。
 上野先輩がマイクの前に歩み寄って一礼をする。
「沢戸市立南中学校。」
 息を殺した先輩たちを見て、舞莉は一瞬時間が止まったように思えた。
「ゴールド金賞!」
「「「きゃー!!」」」
 舞莉は他人事ながら、少し暖かいものを感じた。
 涙が溢れて止まらない先輩、ハグし合う先輩、ガッツポーズをする先輩、胸を撫で下ろす先輩。
 忘れかけていたけど、自分に優しくしてくれた先輩もいたんだった。自分だけの欲望のために、そんな先輩まで巻き込むのはいけない。早く引退してくれ、なんて考えちゃいけない。
 コンクールメンバーになれなかった3年生の先輩も、一緒に喜んでいる。本音か建前かは分からない。それでも、仲間の頑張りを讃えあえるのって、いいことかも。
 コミュ障だから、口に出しては言いづらいけど。

 もう少し、頑張ってみよう。東日本大会まで進めば、あと二ヶ月。二ヶ月、耐えればいいんだよね。
『カッション。私、先輩のために他人の不幸を願うのは止めた。その代わり、私が盾となって、あの暴言を浴び続ければいい。』
「あのな、そういうことじゃねえんだよ。」

 金賞を取った全ての学校が、西関東大会に進むことが決まった。ちょうど十二校が受賞したからだ。


「あいつには、実力で言わせるしかない。せめて……沢池萃のバスドラで。」
 胃痛と熱帯夜でなかなか寝つけなかった舞莉だったが、ようやく寝られたようだ。そんな舞莉の頬には涙の跡があった。
 カッションはブローチを握りしめ、小雨が降る外に目を移した。


 お盆休みの初日の夜、みんなが寝静まった頃。
 舞莉の部屋に、精霊服姿のカッションと、部屋着姿の舞莉が並んで立っている。
 カッションの手のひらの上にあるブローチに、舞莉は手をかざす。
 周りの空間が歪んで、学校の音楽室へと変わった。
「えっと、『お盆休みの特訓 at セグレート』って?」
 二つ結びに体育着、白いくるぶしソックスに上履きの格好の舞莉が、カッションに尋ねる。
「そのまんまだよ。俺らだけの秘密の特訓で、沢池萃のバスドラを譲ってもらおう! ってことだ。」
 両腕を広げて、高らかに説明するカッション。
「本番でやりたいだろ?そうすれば、少しは高良先輩も見直してくれるよ。」
「うん! 『なんだ、結構できるじゃん!』って言わせたい!」
「よし、さっそく練習開始!」
 今までのセグレートでの練習通り、カッションが頭の中に曲を流してくれる。
「くわ先輩に教えてもらって、ちょっとはできるんだよな。じゃあ曲に合わせて、手を叩いてリズムの確認をするぞ。俺も一緒にやるから。」
 四分音符だけのところなどの簡単なリズムはできたが、裏拍のところがつまずいた。
「ここのH、裏拍だらけだからやっておこうか。声に出しながらだとやりやすいからな。」
 舞莉は必死にリズムを覚える。
「次は、パーカスソリのJ、タン、タン、タン、ンターン、タンタンタン。」
 そこの部分だけ、重点的に確認した。
「オッケー。今度はバスドラでやってみるか。」
 こんな感じで、毎晩セグレートでの練習が続いた。

 一週間後のお盆休みの終わりには、ほぼ完璧にできるようになっていた。


「舞莉、起きろ!練習の成果を見せに行くんだろ?」
「分かってる……って、やばい、二十分寝坊した!早くお弁当作らないと!」
 ガバッと起き上がり、舞莉は階段を駆け下りる。
『ちょっと、もっと早く起こしてよ!』
 冷凍食品をレンジで温めながら、舞莉はブツブツ文句を言った。
「俺は、ずっと起こしてたよ。三十分くらい。」
 両親や弟が起きていないことを確かめたカッションは、一リットルの水筒いっぱいに、冷えた麦茶を注いであげた。
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登場人物紹介


○羽後 舞莉(ひばる まいり)

主人公。1年生。クラリネットを吹きたくて吹奏楽部に入ったが、パーカッションパートになる。

先輩からいじめられ、サックスパート(バリトンサックス)に移動した。


○カッション

舞莉に音楽の楽しさを知ってもらうため、パートナーになった。舞莉のスティックに宿る音楽の精霊。

○バリトン(第二楽章〜)

カッションに頼まれ、舞莉にバリトンサックスを教えることになった。

舞莉のストラップに宿る音楽の精霊。

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