04:秘密

文字数 8,405文字

 舞莉は後ろを振り返る。明らかに誰かいる。
 身長百五十三センチの舞莉より圧倒的に背が高い。
「だ……誰ですか……。」
 舞莉は窓に背中をピタリとくっつけている。
 いつの間にか私の部屋に泥棒が入ってきた? いや、誘拐犯?
「俺は精霊だ。しかもお前にしか見えない。」
 初対面なのに「お前」呼ばわりなんて、失礼な。
 とりあえず近くの机の電気をつけてみる。
 精霊は人間の姿をしている。茶髪でミディアムくらいの長さ。大きい瞳で、イケメンの部類に入るかもしれないくらいだ。あまり芸能人には詳しくない舞莉だが。
「部屋の電気ここか? つけるぞ。」
 カチッ
 精霊って、羽とか生えてて浮かんでて、もっとかわいくなかったっけ。それは妖精か。
 気づくと目の前に精霊がいた。
「夜空見てたけど、泣いてるからさ。」
 精霊の手が伸びてきて、舞莉の頬に残っていた涙を拭った。
「あっ、紹介が遅れた。俺は音楽の精霊のカッションだ。」
 手を胸に当てて、サラっと話す。
「音楽の精霊……ですか?」
「ああ。とりわけ俺はパーカッションの精霊だ。」
 パーカッションの精霊だから名前がカッションって、そのまんますぎだろ……。
「名前は?」
「羽後舞莉です。」
「舞莉か、うん分かった。あと、タメでいいから。」
「う、うん。」
 カッションは顎を掻きながら、「とりあえずどっか座る場所が欲しいな。」と言ってベッドに座った。
 舞莉は机の電気を消すと、カッションの隣に座った。
「えっと、何しに来たの。」
「あっ、そうだよな! それを言わないと。」
 カッションは誤魔化すように笑って話し始めた。

 俺は音楽の精霊としての使命を果たすために、人間界にパートナーを探しに来た。俺の使命は、音楽を始めたばかりの人間をサポートして、音楽の楽しさを知ってもらえるようにすること。俺はパーカッションの精霊だから、音楽初心者がたくさんいそうな中学校や高校を転々とした。
 でも、俺にピンと来る人は見つけられなかった。人間同士で教え合って、みるみるうちに上達するから、俺なんかいらなかった。
 それで、たまたま舞莉の中学校に来たんだ。窓から覗いて見たら、一人で基礎打ちをしている子を見つけた。グロッケン(持ち運びできるくらいの小さい鉄琴)の方をキョロキョロ見てたから、練習したいんだなっていうのは分かった。だけど、誰も貸してくれないし、その子が話しかけても素っ気ない感じだから、何かおかしいって思った。楽器を片づける時にようやく分かった。きっとこの子はいじめられてるんだって。
 俺はピンと来た。こんな状況じゃ、音楽の楽しさなんて分からないし、楽しむ余裕がないなって。こういう子こそ俺が必要なんじゃないかって思った。

「そういう訳で、声をかけてみた。」
「なるほど、って、どうやって私の家を?」
「学校から後をつけてた。」
「えぇっ、ストーカーしてたの!」
「ダメだった?」
 舞莉はうなずくと、カッションは手を合わせて謝った。
「ごめん、俺、他の人間からは見られないから分かんなかった。もし俺が他の精霊に後つけられてたら、って思うと……怖いな。」
 馴れ馴れしい人—精霊かなって思ったけど、ちゃんと謝ってくれるし、案外真面目さん?
「それで、今日の部活しか見てないんだけど、前からああいう感じ?」
「……うん。最初はあんな感じじゃなかったけど、何か急に変わっちゃって。」
 舞莉はこの一ヶ月半にあったことを話していった。
 話していくうちに涙がこぼれ、嗚咽を漏らした。
 今まで独りで抱え込んでしまった。小学生の時からいじめられっ子だったので、親にそのような話をすると嫌な顔をされる。顧問に相談しても効果がなかったから、あれから誰にも言えなかった。
 カッションは逐一うなずき、舞莉が話につかえると「ゆっくりでいいからな。」と優しい口調で話しかけた。
 舞莉が話し終えると、カッションは自分の胸に舞莉の顔を埋めさせた。
「カッション……?」
「ほら、あったかいだろ。もうお前は独りじゃない。これからは技術的なことも人間関係も、俺でよければ相談にのるからさ。」
 胸に響く声を直で聞いた舞莉は、また嗚咽を漏らして泣いた。
「もうちょっと、こうしてていい?」
「いいよ。」
 カッションは柔らかな笑顔をして、舞莉の頭を撫でた。二つ結びをしていた髪は癖がついている。
 ひとしきり泣いて落ち着いた舞莉は、ふぅ、とため息をついた。
「ありがとう。楽になった。」
「あのさ、話してくれた感じだと、全然練習できてないんじゃないか?」
「うん。特に楽器では。」
「じゃあさ、今から練習しよっか。」
「えっ! 今から?」
「スティック持ってきて。」
 舞莉はタンスに立て掛けてある『吹部バッグ』から、スティックを抜き取った。
「ここだと近所迷惑だから……『セグレート』に行こうか。」
「セグレート?」
「まぁ……俺たちだけの練習場所ってとこだな。」
「どういうこと——」
 舞莉の質問には答えず、カッションはおもむろにブローチらしきものを取り出した。
 正方形の金色の板に、一回り小さなダイヤ型の銀色の板が重なっており、中心にスネアドラムと木琴のようなものが彫られている。
「これに最初に触れた人間が、俺のパートナーになる。セグレートに連れて行ける人間は、精霊のパートナーになった人間だけだ。」
 顔をブローチに向け、目線だけ舞莉の方を向く。鋭い視線が舞莉を貫いた。
 これは私にとっても、カッションにとっても重要なことなんだ。
「カッションは、パートナーが私なんかでいいの?」
 舞莉の問いかけに、カッションは鼻で笑った。
「『私なんか』ってなんだよ。俺はお前がいいと思ったから、声をかけてこうやってブローチを差し出してるんだよ。」
「セグレートってとこに行っても、ここに戻って来られるよね?」
「もちろん。俺はパートナーに不利益になるようなことはしない。」
 それならと、舞莉はブローチに手をかざし、そのまま下に下ろして触れた。
 その瞬間、ブローチから光が飛び出した。
 キラキラとした旋律が舞莉の頭に響く。この楽器はグロッケンだ。その後にヴィブラフォンやバスドラム、スネアドラムが加わる。時々シロフォンやティンパニの音も聞こえた。
「これは......。」
「俺が作ったアンサンブル曲だ。」
 アンサンブルとは、数人で楽器を演奏したり歌ったりすること。同じ楽器で組み合わせたり、木管楽器同士・金管楽器同士で組み合わせたり、組み合わせ次第で曲の雰囲気が変わるのも特徴だ。もちろん、打楽器だけのパーカッションアンサンブルもある。
 光が収まると同時に頭の中で流れていた曲も終わった。
「噂には聞いていたが、本当に流れるんだな。」
「かっこいいい曲だね!」
 カッションのつぶやきに食い込むようにして、舞莉が褒める。
「......お、おう!ありがとな。ほ、ほら行くぞ。」
 褒められるのに慣れていないのか、カッションは誤魔化すように先を促す。
 周りの空間が歪み、景色が自分の部屋から何かに変わっていった。

 歪みが収まると、舞莉は見慣れたところに立っていた。
「......えっ、学校の音楽室!?
 部活から帰って来たのに、何でまた音楽室......。
「だって、舞莉が使うのは学校の楽器だろ?それなら学校のやつで慣れといた方がいい。」
 確かにそうか。カッションなりに考えてここに来たんだな。
「あと、ここは本物の音楽室じゃない。あくまで仮想空間だ。他の人が入ってくることはないし、万が一楽器をぶつけても、現実世界の方に影響はない。」
「だから昼間みたいに明るいんだ。」
 冷房がきいていて涼しい。さっきまでいた自分の部屋はエアコンがついていないので、少し暑かったのだ。
 いつの間にかジャージを着ていた。靴下も上履きも、いつ履いたのかは分からない。半年前から伸ばし始めた髪も、いつものように2つに結ばれていた。
「格好も部活の時と合わせたから。」
 いつものセッティングで楽器が出されている。部員がおらず、椅子も出されていないことだけが、いつもと違う点だ。
 試しに、舞莉は持ってきたスティックでスネアドラムを叩く。
 ポンッ
 少し間抜けな音が、だだっ広い音楽室に響く。
「あっ、響き線つけないのか?」
「なんとなく叩いただけ。」
 響き線というのは、スネアドラムの裏側についている金属の線で、スネアドラム独特の『ザッ』という音を加えることができるもの。
「あのさ、まずは基礎打ちができてるかどうか見てほしいんだけど、いいかな?」
 舞莉は準備室からパテを持ってきた。
 六月に入ってからも、未だに自分の練習台を買っていないのだが、土日の休みがないので買いに行けないのだ。
「ここにメトがあるから、これでやるか。お前のところの基礎打ちってどんな感じなんだ?」
 カッションは、いつもパーカスが使っているメトロノームを手に取った。
 舞莉は一番から四番までを教えた。
「なるほどな、分かった。よし、まずは六十からやるぞ。」
 カッションとのマンツーマンレッスンが始まった。
「うんうん、できてんじゃん! 次は七十二にしてみるか。」
 カッションは高良先輩とは違って、顧問用の椅子には座らないし、褒めてくれる。
「スティック同士が平行になりがちだから、気をつけて。」
 フォームについての指摘もしてくれた。
 パート練習の時は、『一人ずつ』が大嫌いだった。自分のダメなところが露わになるからだ。
 みんなで一番から四番までを通す。次に一人ずつ同じことをやらせる……。誰がズレているのか犯人探しをして、ズレていた人は怒鳴られる。最近はコンクール曲の練習ばかりで、先輩たちとは別々に練習するからパート練習が少ないのだが。
 今は違う。目の前にいるのは、ただ怒鳴るような人ではない。ここができていない、と具体的に教えてくれる精霊だ。
「うーん、基礎打ちは結構できてるよ。何でパートリーダーに怒られるんだろう。」
 カッションは少し考えたが、答えは思い浮かばなかったらしい。
「今度は楽器使ってみるか! えっと……練習したことあるやつは何?」
「確か……バスドラ、スネア、グロッケンは基礎合奏の時に使ってるよ。シロフォンとヴィブラフォンはちょこっと触っただけ。ドラムとティンパニは全くやってない。」
「オッケー。マリンバは?」
「マリンバ……あぁ、うちの学校にはないよ。」
「そ、そっか。」
 カッションは顎をかく。
「と、とりあえず楽器の名前は覚えてるからよかった。」
 覚えたのはつい最近だけど、と舞莉。小学校までは木琴と言っていたものが『シロフォン』だったり、鉄琴が『ヴィブラフォン』だったり。他にも、小さくて高い音を出す『グロッケン』や、学校にはないけれど、シロフォンよりも大きい『マリンバ』っていう楽器もあると知った時は、頭がこんがらがった。
 小太鼓ではなく、スネアドラム。大太鼓ではなく、バスドラム。パーカッション故の楽器の多さが、暗記が苦手な舞莉を苦労させた。他にもタンバリンなどの『小楽器』たちがあるが、まだそこまでは覚えきれていない。
「ドラムやってみるか?」
 その言葉に舞莉の目が輝く。
「いいの!」
 舞莉はその後も片っ端から楽器に触った。
 ドラムは、基礎パターンの(エイト)ビート。
 ティンパニは、叩く場所やマレット(鍵盤打楽器やティンパニを叩くバチ)の振り方。
 バスドラムやスネアドラムは、叩き方の確認。
 グロッケン、シロフォン、ヴィブラフォンの鍵盤打楽器は、鍵盤を半音ずつ正確に叩く練習。
 今まで楽器の練習の仕方を、ここまで教えてくれる人はいなかった。
 夢中になって、いつの間にか時間が過ぎていた。
「舞莉、そろそろ終わりにしようか。明日も部活だろ?」
 その声に反射で時計を見る。一時を指している。
「この時計は、現実世界と連動してるから、今は午前一時だな。」
 えっ、明日は七時起きなのに、あと六時間しか寝られないじゃん!
「ちょ、ちょっと! 早く寝ないと!」
「ごめん、ごめん。今すぐ帰ろう。」
 カッションはブローチを取り出して、手をかざした。
 周りの景色が歪んで、舞莉の部屋に戻った。
「あっ! 楽器片づけてなかった!」
「大丈夫。あそこは仮想空間だから、ホコリがつくこともないし、日光で楽器が痛むこともない。セグレートに行く度に、部屋や楽器の状態が現実世界のものと同期するから。」
「どうき……?」
「要は、いつセグレートに行っても、学校の楽器とおんなじ状態の楽器が使えるってこと。」
 舞莉は頷くと、ハッと何かに気づいた。
「ていうことは、私や誰かが学校の楽器をぶつけたりして凹ませたら、セグレートの方もそうなっちゃうの!」
「そういうことだな。」
 カッションはニヤリと笑った。
「そこはどうにかしてよ、カッション……! 私ばかりぶつけてるんじゃないのに!」
「直すこともできるけど、そうしたら楽器を大事にしないだろ。他の人がぶつけても、連帯責任ってことで。」
「えぇーっ!」
 思わず声が大きくなってしまい、隣の部屋で寝ている母と弟を起こしそうになったことは、言うに及ばない。


 カッションとの出会いから数日後。
 今日は六月十四日。平日だが、学校にはいない。舞莉たちは電車に乗っている。私鉄の東武東上線の川越駅で降りた。
 これから向かうのは『西部支部吹奏楽研究発表会』の会場の、『ウェスタ川越』である。西口から徒歩五分くらいの場所だ。
「なぁ、舞莉。これから行くとこ、行ったことあるんか?」
 スクールバックから聞こえるカッションの声。
 舞莉は黙っている。
「おーい、聞こえてるかー?」
 いつもは登下校も一人だったから、ささやき声でも会話できたけれど、今日はムリ。
 周りにパートの人たちがいるのに、独りでブツブツ喋ってたらもっと変人だろ。
 舞莉はスクールバックから水筒を取り出すついでに、スティックの先を少し出した。
「あ……。ごめん。」
 なぜ舞莉はスティックの先をバックから出したのか。なぜカッションはそれで理解できたのか。


 舞莉とカッションが出会った次の日に遡る。
 前日に「部活に来るな」と言われたので行きにくかったが、カッションが背中を押したので行くことができた。
 一日練習が終わり家に帰ると、舞莉はスクールバックを投げ捨てて、ベッドにうつぶせで倒れ込む。
「一日中集会室とか、飽きるし疲れる。」
 舞莉がボヤいていると、舞莉の体育着の袖が引っ張られた。
「お前に相談したいことがあってさ。」
「暑い、ここ。」
「聞いてる?」
「カッション、リビング行って話そ。」
 父は土曜出勤、母は買い物、弟は外に遊びに行っていて、家には舞莉とカッションしかいないのだ。
 舞莉は冷房をつけ、ミルクたっぷりのアイスコーヒーをコップ半分まで一気飲みした。
「それで、相談って何?」
 ソファーにボスンと座った舞莉の隣にカッションも座った。
「俺って舞莉以外の人間からは見えないけど、触ることはできるんだよ。本当は、今日から舞莉と一緒に学校に行きたかったんだけど、もし誰かとぶつかったらいけねぇって思って。」
「ふうん。それで?」
「俺たち音楽の精霊は、パートナーの持ち物に宿ることができるんだ。」
 カッションは上を指さした。
「さっき放り投げたスクバの中に、スティックがあるだろ? それに宿ろうかって思ってるんだけど、いいか?」
「スティックに?」
「ああ。なるべく持ち主の念が宿りやすいものがいいからな。」
 確かに、パーカスの道具で自分のものといったら、あのスティックくらいしかないよね。マレットとかは学校のものだし。
 お店の中で一番細くて軽いものを選んだ、あのスティック。痛めた左手首に負担をかけたくなかったからだった。他のスティックより一際目立つ白いスティック。オンリーワンな感じがして、愛着が湧いていた。
「うん、分かった。でも、宿ったまま楽器叩いても大丈夫なの?」
「それは……分かんねえ。」


 そんな訳で、外出する時はスティックにカッションが宿る、という形になった。
 舞莉が水筒をしまうついでに、スティックの先もしまわれた。
 周りに人がいても、口を開かず声を出さずに会話できる方法があればなぁ。
 そんなことを考えていると、ウェスタ川越に着いていた。
「まだ開館前なので、ここで少し待っていてください。」
 パートごとに部員を座らせた森本先生は、そう言ってどこかに行ってしまった。
 パーカッションパートの一番後ろに座る舞莉は、先輩たちの背中を見る。
 今日の発表会に出る二・三年生の全員が、制服ではなく黒い服を来ている。黒いシャツに黒い長ズボン。靴下も黒で黒いローファー。かつ女子はお団子。顧問が変わった今年からこうなったらしい。
「先輩たちすげえな。まさに全身黒ずくめだな。」
 部員の塊から少し離れたところから、カッションの声がした。舞莉がバッグのチャックを開けっ放しにしていたので、勝手に外に出てしまったらしい。
「皆さん、行きますよ!」
 森本先生が帰ってきて、部員に伝えた。
 カッションが慌てて舞莉のスティックに帰還する。

 舞莉は先輩たちの演奏が終わるまでは暇だった。
 先輩たちは演奏の準備で別行動。先輩たちについていける一年生は、楽器を運ぶ『補助員』だけ。パーカッションは楽器の数が多いため、出演者に加えて楽器運びの人が必要なのだ。
 補助員は、大山、菜々美、司のパーカッションパート、他にも二人ほど他のパートから指名された、計五人の一年生である。
「何でパーカスの舞莉を差し置いて、パーカスじゃねえ奴が補助員なんだよ。意味分かんねぇ。」
 大ホールの客席に座った舞莉は、足元にスクールバックを置き、ファイル、しおり、シャーペンを取り出す。補助員以外の一年生たちと固まって座っているが、一人だけパーカッションパートなので虫の居所が悪い。
 カッションは人間に聞こえないのをいいことに、さっきから高良先輩への悪口しか言っていない。
「はぁ、何でこんな差別をするんだか。マジでムカつく。」
 私には聞こえてるんですけど。うるさいなぁ。
 演奏開始のブザーが鳴った。
 舞莉は心の中で叫ぶ。
『カッション、もうすぐ演奏始まるから静かにして!』
 すると、カッションの声がピタリと止んだ。
「ご、ごめん。」
『あれ、もしかして、聞こえてる? 私、声出してないし、口動かしてないよ。カッションに語りかけるようにしてるだけなのに。』
「お前の声が頭の中で響いてる。これなら人気が多いところでも喋れるな。ちょっとここじゃ演奏が見えないな。」
 次の瞬間、舞莉の肩に三頭身ほどのカッションが座っていた。
「これで演奏が聴けるし、見える。」
 舞莉は、驚いている様子をなるべく顔に出さないようにしている。
 三等身で小さくなったカッションが可愛すぎて悶絶しそうなのを、なんとかこらえている舞莉。顔は一・二歳くらいの幼さだが、聞こえてくるのは声変わりした声なのでアンバランスである。

 何校かの演奏を聞いて、ついに先輩たちの番が来た。
 演奏するのは、矢藤学さん作曲の『マーチ・スカイブルー・ドリーム』、天野正道さん作曲の『沢池萃(たくちすい)〈吹奏楽版〉』だ。
 先輩たちがステージに入場し、舞莉はパーカッションの方を見る。そこには補助員の五人の姿。
 カッションは舞莉の横顔を、感情の読めない顔で見ていた。
 先輩たちの演奏が終わると、一年生は次の演奏が始まる前にサッと大ホールを後にする。
「ねぇ、楽器置き場ってどこ?」
 その人の手には、今日の日程などが書いてあるしおりがある。
 ホールから出たのはいいものの場所が分からず、一年生は迷子になっているのだ。
「こっちじゃない?」
 そう言って一人で勝手に歩き出してしまった。他の人もついていくが、結局同じところに戻ってきてしまった。
 ピリピリとした空気が流れる。
 最終的には、大階段の下で待つことにした。そこでようやく先輩たち、森本先生、指揮をした荒城先生と合流できたが、後で一年生は森本先生から怒られるハメとなったのだった。
「森本先生、指揮しないんだったら一年の面倒見てればよかったのに。」
 スクールバックの中から正論が飛ぶが、もちろん森本先生の耳には届かなかった。
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登場人物紹介


○羽後 舞莉(ひばる まいり)

主人公。1年生。クラリネットを吹きたくて吹奏楽部に入ったが、パーカッションパートになる。

先輩からいじめられ、サックスパート(バリトンサックス)に移動した。


○カッション

舞莉に音楽の楽しさを知ってもらうため、パートナーになった。舞莉のスティックに宿る音楽の精霊。

○バリトン(第二楽章〜)

カッションに頼まれ、舞莉にバリトンサックスを教えることになった。

舞莉のストラップに宿る音楽の精霊。

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