05:尊敬

文字数 9,318文字

『西部支部』から二日後、いつものように練習 (楽器は使わせてもらえない)していると、突然声をかけられた。
「舞莉、ちょっと来てくれない? 準備室で話すから。」
 その人に舞莉は顔を強ばらせる。
 亜子だけではなく、亜子といつもつるんでいるフルートの人とホルンの人も一緒だった。この三人には悪い思い出しかない。
「何か嫌な予感がするな。」
 カッションは宿り主のスティックから離れ、三頭身の姿で舞莉の肩に飛び乗った。
 舞莉は三人について行き、集会室の準備室に入った。
「舞莉、クラに行きたいって聞いたんだけど。」
 ......クラに行きたい? そんなの言ったことないけど。
「えっ、言ってないよ。」
「嘘言わないでよ。先輩とうまくできないし、上達できないからクラに行きたいって聞いた。」
 ただ自分が言ったのを忘れてるだけかな......。あっ、パートが決まって何日か後に......。
「前に『本当はクラがよかったんだよね。』とは言ったと思うけど、『クラに行きたい』とは言ってないよ。」
 そう弁解しても、この三人は舞莉が「クラに行きたい」と言ったという方向に話を持っていってしまう。
 しかし、覚えていないだけでそう言ってしまったのかもしれない。実際、カッションと出会う前は「もしクラだったらどうなっていただろう。」「クラだったら今頃一年生の中で一番上手かったかもしれない。」と思っていた。
「あのさ、先輩と仲良くできないとか、うまくならないからってパート移動するなんて、そんなのができるんだったらうちらだってしたいよ。」
「そうだよ。確かに先輩は怖いし、できなきゃ怒られるし、でも、うちらはなんとかやってるんだよ。逃げるわけ?」
 そこにもう一人ホルンの人が入ってきた。 亜子が今までの経緯を説明すると、その人は「はぁ? ホントに?」と言って舞莉を睨む。
「あのさ、私だってホントはサックスになりたかったんだよ。オーディションでホルンになったけど。なかなか上手く吹けないし、サックスがよかったなぁって思う時もあったけど、だからってわざわざ『サックス行きたい』なんて言わないし。わがままじゃん。」
 舞莉に反論する隙も与えず、亜子たちはガミガミと責めてくる。
 今度はクラの人が入ってきた。この人は桜小出身の人なので人柄は分からないが、気が強そうな感じだ。この人も経緯を聞かされた。
「たぶん舞莉が思ってるよりも、クラの先輩怖いよ。聞いたことあると思うけど、クラの先輩は代々怖いから。自分が大変だからって他のパートがよく見えるだけでしょ。」
 そう言って、この人も続けて舞莉への批判をぶつけてくる。
 亜子たちも苦労しているのは本当だろう。自分も同じはずなのに自分はできていないことが不甲斐なく、気づけば泣いていた。
 五対一、人数的には圧倒的に不利な状況。「クラに行きたい」って言ったのを認めない限りは終わらない気がする。嘘だとしても認めないといけないのかな……。
 肩の上に座るカッションがため息をついた。
「なぁ、舞莉。本当に言ってないのか。」
『言ったのを忘れてるだけかもしれないけど……でも今はそんなこと思ってない。』
「よし、分かった。」
 カッションは舞莉の肩から降りて元の姿に戻ると、準備室の廊下側のドアに立つ。
「確かに、先輩と上手くやりくりするのは大変だろうな。」
 亜子たちが一斉にカッションの方を向いた。突然の声に亜子たちは混乱している。しかしカッションの姿は見えず、声だけ聞こえているようだ。
「でもさ、練習できない環境って考えたことあるか?」
 フルートの人は怯えながら「あ、ありません。」と答える。
「まだ楽器の扱いに慣れていないから、どこかにぶつけることもあるだろう。だからといって先輩が『もう楽器に触るな』って言って、練習させなくするなんてないだろ?」
 亜子がうなずく。
「舞莉は今、そういう状況なんだよ。楽器に触れられないから、練習もできない。練習させないくせに先輩は『何でこんなのもできないのか』って怒る。楽器の片づけ方も教えないくせに『使えない』と言われ、終いには『使えないなら明日から部活来るな』と言われる。こんな理不尽あるか?」
 亜子たちが舞莉の方を向く。
「お前たちだって、楽器の構え方からいい音で吹くコツ、それこそ楽器の片づけ方だって先輩に教わっただろ。どうやってやるのかって先輩に聞いても、『自分で考えろ』なんて言われたことないだろ。」
 亜子たちはついに黙ってしまった。
「舞莉は『クラに行きたい』とは思ってないらしい。それが本当だったとしても、『自分も苦労してるのにずるいなぁ』って"思う"のは自由だ。だからって、その人の気持ちをろくに汲み取らないで、本人に問いただすのは止めた方がいいな。」
 カッションは亜子たちの近くまで歩いてきた。
「早く練習に戻ったら? 人を批判してる余裕があるなら、合奏中に先生から注意されないはずだよな?」
 集会室側のドアを開けたカッションだが、亜子たちには勝手にドアが開いたとしか見えていないだろう。
「な、何? お化け? もう、戻ろう。」
 亜子たちは去り際に舞莉を横目で睨んだ。
 舞莉の顔はとても練習を再開できる顔ではなかった。カッションはひとまずドアを閉める。
 一人準備室に残された舞莉の頭を、カッションは撫でた。
「カッション……ありがと。」
 反論したかったこと、全部言ってくれた。でも、私が言うとただの言い訳にしか聞こえないけど。
「とんでもねえ野郎ばっかだな、この学校。」
 舞莉の嗚咽が止まるように、背中を撫でるカッションだった。
 もともと、集会室があるC棟は幽霊が出ることで有名だったが、この件で「幽霊の声は霊感あるなしに関係なく聞こえて、悪行をすれば祟りに遭う」と言われるようになったのだった。
 カッションの成果もあり、あれから亜子たちが舞莉にとやかく言ってくることはなくなった。


 数日後、コンクールメンバーを決めるオーディションが行われた。オーディションに関係ない一年生は、集会室に追いやられている。
 張り詰めた音楽室に森本先生の声が響く。
「確認しますが、A部門ではなくB部門に出るということでいいですか。」
 部員たちは顔を合わせる。
「そんな、Aじゃ地区大すら突破できないし。」
「まぁ、Bだよね。」
 部員の意見は同じのようだ。
「何で『マーチ・スカイブルー・ドリーム』を練習したか分かってる?」
 外部指導の荒城先生が腕を組む。
「そうは言っても、決めるのは君たちだから。」
 部長の上野先輩がスっと立ち上がる。
「Bに出ます。なるべくみんなと楽器を吹き続けていたいです。」
 上野先輩の言葉にうなずく部員たち。
「分かりました。去年に引き続き、B部門にしましょう。」
 森本先生に続いて部員たちが返事をした。
「えっ、この学校ってAじゃなくてBに出るのか!」
 三頭身のカッションはグランドピアノの天板に座っている。オーディションを見たいと言って、舞莉に了承を得てカッションは音楽室にいるのだ。

 埼玉県の吹奏楽コンクールにはAからDの部までがあり、中学校の部では、Aの部は一団体五十人以下、Bの部は三十人以下、Cの部は二十人以下、Dの部は人数制限なしとなっている。Aの部は最高で全日本大会、Bの部は最高で東日本大会まで勝ち上がることができ、C・Dの部は地区大会まで。Aの部は課題曲と自由曲を一曲ずつ演奏するが、Aの部以外は自由曲のみを演奏する。マーチ・スカイブルー・ドリームは、今年の五曲ある課題曲の一つである。

 吹奏楽コンクールといえばAの部が注目されがちだが、実はBの部も負けてはいない。この沢戸市立南中学校吹奏楽部は、自由曲一曲で勝負する学校なのだ。

 オーディションの結果、三年生二十七人のうち二十四人が、二年生は六人がコンクールメンバーとなった。コンクールメンバーではない先輩たちが、集会室に入ってきた。
 そこには大島先輩の姿もあった。
「これからCメンは合奏だってさ。一応楽譜持ってきたから。」
 大島先輩の手には何枚かの紙の束がある。長机に楽譜を並べてくれた。
「『涙そうそう』、『青い珊瑚礁』、『PERFECT HUMAN』、『FLASH』......。とりあえず全部知ってる。よかった。」
 これらの曲は、来月末の地域の夏祭りで演奏するらしい。今年初めて依頼されたらしいが。
「もしかしたらパーカスだけ一年も出るかもしれないから、これさらっておけだって。」
「先輩はもうこれの合奏してるんですよね。教えてくださいよ!」
「えっと......俺、あんまり楽譜読むのは得意じゃないっていうか......。」
 大山にお願いされた大島先輩の顔が曇る。
 コンクールメンバーではない人たちで、主に夏祭りの準備をすることになった。もともとコンクールメンバーは『Cメン』と呼ばれていたが、そうでない人をFestival(祭り)から取って『Fメン』と呼ぶ文化はここから始まったのだった。


 夏休みに入ったばかりの七月半ば。三年生は北辰テスト(埼玉県の中学三年生が受ける模試)を受けるため、今日の部活は一・二年生だけだ。
 高良先輩がいないので堂々と楽器を使える。
 大島先輩は家の用事で休んでいるので、音楽室には細川先輩、大山、菜々美、司、舞莉しかいない。
 先ほど基礎合奏を終えたばかりである。一年生が音楽室で基礎合奏をしたのは初めてだった。集会室にある楽器では舞莉たち五人でするには足りず、バスドラム、スネアドラム、グロッケン、基礎打ち台二つをローテーションしていた。基礎合奏で全員が楽器を使えるのは久しぶりだった。

「何か久しぶりに午前中で帰れるね! 土日はいつも一日練だったから。」
「でも、反省会までずっとパート練も飽きるけど。」
 三年生なしでは沢池萃の合奏も、夏祭りの曲の合奏も成り立たないのである。細川先輩は一人で、沢池萃のハイハットとヴィブラフォン、PERFECT HUMANのドラムの練習をしていたが、飽きてしまったようだった。
「ねぇみんな。準備室に来てくれる?」
 そう言って、細川先輩はドラム椅子から立ち上がった。
「あっ、はい。」
 舞莉たちはそれぞれスティックやマレットを小物台に置き、細川先輩についていくように準備室へ入った。床に腰を下ろすと、細川先輩は声をひそめて言った。
「みんなさ、正直、和樹のことどう思ってる?」
 最初に大山が口を開く。
「……俺は、先輩のくせに基礎も鍵盤もできないのはどうかと思います。」
「やっぱりそうだよねー!」
 相槌を打って、細川先輩は続けて話す。
「ここだけの話、あいついらないって思うんだ。ほら、あそこに和樹の黄緑のメトがあるでしょ。」
 棚の奥にあるメトロノームを指す。
「あれね、たかぴー先輩が壊したの。床に落としたり壁にぶつけたりして。もうばかになっちゃって使えないよ。和樹にパーカス辞めてもらいたかったんでしょうね。ついでに、基礎打ち台のパッドの部分とスタンドのネジを外して隠したの。」
 肩の上に座るカッションの息を飲む音が聞こえた。
「それで、大島先輩のだけメトの種類が違うんですね。」
 菜々美が、高良先輩の黒いメトロノームと大島先輩の白いメトロノームを交互に見ている。
 舞莉は二週間前のことを思い出して、複雑な気持ちになった。
「そういえばこの間、大島先輩が『新しい基礎打ち台を買った』って、喜んで私に言ってきたんですよ。そういうことだったのか……。」
 腕を組んだ舞莉は、あのことが脳裏をよぎった。
 大島先輩がパート練習で理不尽に叱られ、集会室に戻った後、カーテンにくるまって泣いていたのを目撃した舞莉。それを見て自分も泣きそうになったのだ。
 きっとこの一年ちょっとの間、ずっとあんな扱いを受けて来たんだろうな……。
「今日は珍しくあいつがいないからさ、やりたい放題なんだよね!」
 細川先輩の手には、まだ新品であろう白いメトロノームがある。
「あいつが練習できないように、メトの重り抜いちゃおうか!」
 重りを抜くと大山に渡した。
「はーくん、これどっかに隠しちゃって!」
「分かりました。」
 司は重りがなくなったメトロノームを動かす。すごい速さで動くメトロノームを見て笑った。
「これじゃあ練習どころじゃありませんね!」
「うーん、何かもの足りないから、メトごとやっちゃうか! はーくんやって。たかぴー先輩と同じやつで!」
「先輩、こうですか?」
 大山がゼンマイが切れたメトロノームを取り、腰の高さから手を離した。
 ガシャン!
 細川先輩と司が茶々を入れるように、手を叩く。
「いいよいいよ、もっと!」
 今度は胸の高さから落としてみる。
 ガシャン!
「俺もやっていいですか。」
「おう、司。やっちゃえ!」
 司は大山からメトロノームを受け取って、胸の高さから落とす。司の方が背が高いので、さっきより高い位置だ。
「司、それじゃあ弱すぎる。こうだよ!」
 大山が下投げでメトロノームを放った。メトロノームは転がって、楽譜がしまってある棚にぶつかった。
「マジかよ……こいつら……。」
 カッションは言葉を無くしている。
「先輩、もっとやっていいですか。」
 大山の質問に細川先輩は首を縦に振った。大山はメトロノームをコンクリートの硬い壁に向かって振りかぶる。
 ガシャン!
 いつの間にか菜々美も笑って見ていた。
「せっかくならこれも。」
 と言って大山は、大島先輩の新品の基礎打ち台を思いっきり倒した。
 これは、どうすればいいんだろう。
 舞莉は呆然と目の前の惨状を眺めているしかなかった。
 本当は止めに行くべきものだが、自分は止められるような立場ではない。弱すぎる。
 メトロノームの悲鳴に舞莉は目を伏せ、奥歯を噛んで耐えた。
 すると、カッションは元の姿に戻り、大山の腕を掴む。
「うわっ!」
 驚いた拍子に手から離れたメトロノームを、カッションが床スレスレでキャッチした。そして、床に置いた。
 カッションと目が合った舞莉は、メトロノームを拾い上げて棚に戻した。
「おい……今のって例の幽霊か……?」
「幽霊じゃないな。見えなかったし……。」
 大山と司がヒソヒソと話している。
「何か怖いから音楽室に戻った方がよさそうだな。」
 細川先輩と菜々美は、男子たち以上に状況が分かっていないので、首を傾げている。
 怯えて準備室を後にする大山と司につられるようにして、女子たちも音楽室に戻った。

 反省会の後、舞莉は準備室にいた。忘れ物をしたふりをして、下駄箱から戻ってきたのだ。
 舞莉の手には、大島先輩の白いメトロノーム。重りがなく、振り子の部分が少し曲がっている。
 横にいるカッションは、黄緑色のメトロノームを持っている。
「両方ともこんな目に遭っちまったな。」
 白いメトロノームを元の場所に置いた舞莉は、カッションに向き直る。
「カッション、一緒に重りを探してほしいんだけど。」
「分かった。」
 記憶を頼りに、大山が隠したメトロノームの重り(遊錘)を探し回った。
 五分ほど経って、カッションが棚の上のゴミ袋の中にあるのを見つけた。
「あいつ、見てた感じ、こんなところに隠してなかったぞ。場所変えたな。」
 踏み台にしていた椅子から降りた。
「背のちっちゃい女子たちには届かないところだからな。あとこれも。」
 見覚えのある、基礎打ち台のパッドだった。
「これってまさか。」
「あいつが言ってた、大島先輩の基礎打ち台のやつだろ。」
「こんなところに。」
「性格悪いよなぁ。奥の方にあったぞ。俺でギリギリだったから、大島先輩は届かないな。」
 パッドの部分はいくつも傷が入り、裏側の木の部分にヒビが入っている。
「あれ、羽後さん、忘れ物ですか。」
 森本先生が準備室に顔を出した。
「あっ、えっと、スティックを忘れてしまって。取りに来ました。」
「そうなんですね。気をつけて帰るんですよ。」
 舞莉は返事をしてドアが閉められると、胸を撫で下ろす。
「……重りとパッドさ、元の場所に戻して、明日大島先輩に教えてあげるか。」
「せっかく見つけたのに?」
「あいつはまた隠し場所を確認すると思う。あるべきものがなかったら……。」
「そっか。そうだね。」
 結局カッションに、重りはゴミ袋、パッドは棚の上の奥に置いてもらった。
「帰ろう。」
 カッションが宿ったスティックをスクールバッグに入れ、舞莉は重い足取りで帰路についた。


 次の日。
 舞莉はカッションに起こされ、十五分早く家を出た。まだ音楽室には数人しかいなかった。
 廊下にスクールバッグを置くと、準備室に入る。
 一人、メトロノームを持ってうつむいている人がいた。
「大島先輩、おはようございます。」
「おはよう、羽後。俺のメトの重り、どこいったか知ってるか?」
 さっそく、大島先輩が口にした。
「棚の上にある、ゴミ袋の中です。」
 椅子を持ってきて、棚の上のゴミ袋を掴み、『それ』を大島先輩に差し出した。
「ありがとな。……羽後、昨日なんかあっただろ。」
 大島先輩に切り出された舞莉は、少し考えた後、昨日のことを話した。
 重りを振り子に通して、動かしてみた。
「動くには動くけど、転んじゃってるよな。基礎打ち台も、ほら。」
 大山に倒された基礎打ち台は、歪んで、一部がもりあがっている。側面に巻かれている金属の板の繋ぎ目が、五ミリほどあいている。
「こんなに間あいてなかったのに。さっき頑張って曲がってたのを直したけど、完全には無理だな。」
 大島先輩の口調は悲しみだけでなく、諦めも感じた。
「先輩、止められなくてごめんなさい。先輩の大事なものが……。」
「いいよ。前にもあったから。」
「あの、先輩。それだけじゃなくて。」
 そう言って、舞莉は机を持ってきた。上履きを脱いで机に乗ると、棚の上の奥の方から例のものを取った。
「これ、先輩のですか。」
 大島先輩は目を見開く。
「見つからないと思ってたのに……。でも、基礎打ち台としては使えないなぁ。」
 黒いパッドを他の人のものと比べて分かった。大島先輩のものは裏側にあるはずのネジ穴がない。何者かによって外されている。
「スタンドのネジも見つかってないし、やっぱり使えないよ。」
 うなだれているところに細川先輩が入ってきたので、自然と会話が終わった。

 今日もパーカッションパートの三年生たちは部活にいない。三人とも塾があるらしい。
 何事もなかったかのように基礎合奏を終え、十分間のロングトーンも終わった。
 しかし、パート練習が始まってから三十分くらいで、森本先生が音楽室に入ってきた。
「あの、大島くんから聞いたのですが。」
 舞莉たちの顔が固まる。
「ちょっとここに集まって。」
 六人はピアノの周りに集められた。
「大島くんがさっき部活に来てメトを見たら、こんな風になっていた。どういうことか説明しなさい。」
 森本先生は、舞莉たちに重りがない白いメトロノームを突きつける。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
 誰も言い出さない舞莉たちに、森本先生はため息をつく。
「まぁ、羽後さんが昨日のことを、大島くんに言ってくれたというのも聞いています。羽後さんの口から説明してくれますか。」
「……はい。」
 森本先生から指名された以上、口を閉じている訳にはいかない。舞莉は順を追って説明した。
 舞莉が話し終わると、すぐさま大山と細川先輩が声を荒らげる。
「そんなことやってないですよ!」
「私だって大山くんに『やれ』なんて言ってません!」
「高橋くんもやったのですか。」
 森本先生に聞かれている司だが、目を合わせようとしない。
「俺は……やってません。」
 この後も「やったかやらなかったか」の言い合いは続いたが、もちろん話は進まない。
「竹下さんはその時何をやっていたんですか。」
「……私は、ただ見ていただけです。」
「そんな。一緒に笑ってたじゃん! 楽しそうに。」
 舞莉が説明したことが全否定され、涙が浮かんでいた。
「みなさん知っていると思いますが、前にも大島くんはメトを壊され、基礎打ち台の部品を隠されたことがあります。大島くんのためにも本当のことを話しなさい!」
 普段は滅多に怒らない森本先生が、音楽室に響き渡る怒鳴り声を発した。
 またみんなは黙り込んでしまった。
『カッション、私の説明間違ってないよね。』
 ふと不安になって、心の声でカッションに聞く。
「俺が見てた限りでは間違ってない。大丈夫だ。」
 ビーター置き場として使っている椅子に、カッションは足を組んで座っている。
「じゃあ羽後さんは何をしていたんですか。」
 森本先生が舞莉に疑いをかける。
「見ていました。止めようとも思ったのですが、私では聞く耳すら持ってくれないと思ったので何もできませんでした。」
 すると、菜々美が首をつっこんできた。
「何言ってんの? 舞莉だって面白がって笑ってたよ。」
「あんなことのどこが面白いの。人の物を壊したり隠したりして。」
「羽後、嘘言うのもいい加減にしてよ。」
 その言葉に舞莉は大山を睨みつけた。
「それはこっちのセリフだよ! 親が買い与えたメトや基礎打ち台、二回も壊されて! ……自分がそうされた時の気持ち、考えてよ。」
 舞莉は自分の目頭が熱くなっているのを感じた。
「いくら大島先輩が下手だからといって、馬鹿にしたり物を壊していいわけがない! 私も止めようとしないでただ見ていたから同罪だけど……。」
「羽後……。」
 大島先輩が小さく舞莉の名を呼ぶ。
「毎日のように先輩から怒られて、それでもちゃんと部活に来てる。私だったらできないと思う。」
 舞莉は大島先輩をちらりと見た。
「そんな先輩でも弱みを見せるところがありました。この前、集会室の隅で、カーテンにくるまって泣いてたのを見たんです。毎日怒られてるのもこの目で見てますし、自分のこととも重なって心が痛みました。」
 舞莉は「すみません。」と謝って涙を拭う。
「私は大島先輩を尊敬しています。実力がどうであれ、先輩は先輩ですから。」
 カッションがぽかんと口を開けて舞莉を見ているが、涙で曇った視界にその姿はない。
 いつもなら何かしら言い返してくる大山も、なぜか黙っている。
「……物は大切に扱ってください。他人の物を壊すなんてもっての外です。またこういうことがあったら、ただではおきません。」
 きっぱり言った森本先生は、大島先輩をつれて音楽室を出て行った。
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登場人物紹介


○羽後 舞莉(ひばる まいり)

主人公。1年生。クラリネットを吹きたくて吹奏楽部に入ったが、パーカッションパートになる。

先輩からいじめられ、サックスパート(バリトンサックス)に移動した。


○カッション

舞莉に音楽の楽しさを知ってもらうため、パートナーになった。舞莉のスティックに宿る音楽の精霊。

○バリトン(第二楽章〜)

カッションに頼まれ、舞莉にバリトンサックスを教えることになった。

舞莉のストラップに宿る音楽の精霊。

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