3.友達以上、家畜未満

文字数 2,438文字

「なるほどね。コイツら人形はおれの下ってことは。つまり戦闘に関する知識と経験があるおれは指揮官ってわけだな?」

おれが尋ねた途端。綺麗な顔立ちの女神イスタルシアの表情がギュッとキツくなる。

「違いますね。梶龍彦、確かにあなたは彼女達の上官ですが、指揮官はわたし。あなたはわたしの意向に沿って、わたしの指示通りに彼女達を動かして戦ってもらうということです」

あれれ? ちょっと待てよ、オイ。

「ああ? お前が上でおれが下だってか!?」

「その通りです」

女神は当たり前でしょって顔で(うなず)きやがる。

「イスタルシア、お前。おれの前世のことをどれくらい知ってんだ」

「生い立ちから何から、全て把握していますよ。どんな戦士でどのくらいの戦闘力があったのかも」

「その上で自分の方が上で、おれが下だっつってんのか」

「そうです。当たり前でしょう、わたしは神なのですよ? 人間の下なハズがないでしょう」

オイオイ、これはキタね。カッッティーーンとキタよ! こんな(はし)より重い物は持ったことありませんみたいなモヤシ女が、戦うということにおいてこのおれ様より上だとぉ!!??
コイツ、ナメてるな、戦うってことを。全然わかってねえ。だいたいなんだ、テメェ1人だけ座りやがってエラそうに。


おれはガキの頃から『狂獣』だの『人食い』だのと呼ばれてきた。目につく所にいる強そうなヤツ、生意気なヤツは片っ端からブチのめして屈服させてきた。暴れて暴れて暴れまくり、で反省? 何それ美味しいの? てなもんで少年院にも行った。
17の時。昔プロのボクサーでかなり上まで行ったという勲章持ちのヤクザに、お前は本気でやれば世界の頂点が狙える器だと真顔で言われる。その時すでに事務所で電話番をしていたおれは、その人に組との縁切りを手伝ってもらい、大きなボクシングジムに入門する。もう絶対ケンカはしないという誓約を守り通して、試験を受けさせてもらいプロになった。
そして現在5戦5勝、全て1ラウンドKO。来週はいよいよ東日本の新人王戦だったんだ。
おれはまずは新人王を獲り。そして国内、東洋太平洋を制覇して、世界の頂点に登りつめる男なんだ。

……そのはずだった。

努力したことなんかなかったおれが、ボクシングだけは真剣にやった。全てを犠牲にして打ち込んだ。
ジムに入門したあと、旧敵に拉致られ。頭を含め全身17カ所を骨折するほどボコボコにされたが、無抵抗を貫いた。おれは自分の全存在を、尊厳の全てを闘うことに懸けている、本物の戦士なんだ。
そのおれが、このモヤシ女の下だと……!? いったいこのおれ様を誰だと思ってるんだ。
天上天下唯我独尊、喧嘩上等地上最強。『狂獣』梶龍彦様なんだよ!!!

こういう場合、女だとかは関係ねえ。アレがナニしてて口で言ってもわからねえヤツには、わかる方法で教えてやらねえとな。
一発カマシてやるか。
拳を固く握り締め、イスタルシアの方に歩み出した、その瞬間。

「スパーク」

不意に全身に物凄い衝撃が走った。
まるで脳や皮膚の下の神経を、何百本ものナイフで(じか)に切り刻まれたような激痛。そして脳や神経を、直にブラシで(こす)り上げられたような不快感。その2つが最も苦痛を感じる比率でブレンドされた地獄のような衝撃……『電撃』!!
おれは絞め殺さる動物のような悲鳴を上げて床に倒れ、そして(うめ)いた。

「な、なんだこりゃあ……!?」

椅子から立ち上ったイスタルシアが、冷たい目で見下ろしている。

「あなたのコメカミ部分にある金属は『矯正(きょうせい)用デバイス』というものです。マスターであるわたし達神が、LS=ライブソウルを従わせる為のツールです。LSに肉体を与える際に埋め込むかどうかを任意で決められるのですが。前世での性格などを考慮し、念の為あなたには埋め込ませてもらいました」

「し、従わせる為の道具が、埋め込んで……あるだと!?」

まだ体が痺れていてちゃんと動けない。かろうじて腕を動かし、指でコメカミを探る。確かに丸みのある金属っぽいのが埋まってやがる。

「できればこんな手段は使いたくありません。どうかおとなしく、わたしの言うことに従ってください」

モヤシ女が、おれ様を威圧するように見下ろしている。
何をぬかしてやがる、できれば使いたくないだと? だったら勝手に変なもん埋め込んでんじゃねえよ。
何が一緒に戦う仲間だ。何が一緒に頑張りましょうだ!

これはアレだ。

家畜か奴隷だ、いやそれ以下だ。

そういうことか。素ッ裸で立ってたおれを平気な顔して見てたのは、人間だと思ってないからか。物だとしか思ってないからか。バトラーユニットとかいう人形どもと同じ、ゲームに使うただの道具かよ、ふざけんじゃねえぞ!
歯を食いしばり、全身に力を込めて無理矢理立ち上がった。
こんな、たかが電撃ごときで、この梶龍彦様が『素直に言うこと聞きますから痛いことしないで』って尻尾振るとでも思ってんのか。ナメるにも程があるぜクソ女。

殺してやる。

女神を八つ裂きにしてやろうと一歩踏み出した時。

「スパーク!」

再び物凄い衝撃が体を貫いた。
だが今度は倒れない。さっきは不意を突かれたが、来るとわかってりゃ衝撃に備えられるんだ。しかし電撃の発生源がコメカミだけに、脳へのダメージは凄まじく意識が飛びかける。だがボクサーってのはな、殴られて気絶しても、それでも体は動き続けて相手に襲いかかっていく、そういう鍛え方してんだよ、ナメんじゃねえぞ!
おれは体が前に倒れそうになるのを利用して、生意気な女神に突進した。クソ女の顔に恐怖の色が浮かぶのが見えた。

「スパークッッ!!!」

3度目の衝撃は、前の2回とは比べものにならないくらい強烈だった。

おれの意識は、コンセントを引き抜いたみたいにプツリと切れた。

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