7.初クエスト

文字数 5,484文字

一度は自己中女神イスタルシアのところから離脱することを決意したおれだが。アリューダちゃんに萌えキュン爆弾を投下され、居残ることにしちまった。いっそのことアリューダも一緒に連れて出て『愛の逃避行』とシャレこむのもいいかもしれねえ。どっかの静かな片田舎で、あの可愛い妖精ちゃんと幸せな家庭を築くってのもアリだろう。おれは草地に寝転んで、渡された水筒から()いだ紅茶を飲みながら、そんなことを考えていた。

30メートルほど離れた所で、イスタルシア達がいよいよ戦闘を開始しようとしている。
一応メンバーのおさらいをしておこうか。
最前衛は巨大な岩の(かたま)りみてえなオーガ、ディフェンダーのガンロウ。
コイツのステータスを見て驚いたね。HP476、MP66、物理攻撃力46に物理防御力63と、ステータスが他のメンバーと比べると異常値と言っていいほど高い。オマケに初期スキルを2個、アビリティを1個持ってるときたもんだ。レベルは皆と同じ1なのにね。いったい何なんだろうなコイツは。使用武器はデカい斧だ。

このデカブツの右に位置取るのが龍人のストライカー、ベヌー。浅黒い肌にアッシュグレイのショートヘア、筋肉質のスゴい体をしている。見るからに気が荒そうで、アタッカー向きって感じだ。武器はナックル。

前衛左側は黒髪ストレート、クールビューティーのナンチャッテ剣豪。確認したらメルアッタって名前だった。ステータスは脳筋のベヌーと似てる。やや器用さが上といったところか。ソードファイターで武器は刀。

3人の後ろ、ミッドフィルダーは赤いショートヘアのチビ犬っ娘、シーフのウーフェルファ。最初に見た時は腰に短剣を吊っていた気がするが、今はショートボウを持っている。24と素早さが極端に高いのが特徴だ。

後衛は右側に愛しの眼鏡っ娘エルフ、青い髪を三つ編みにしたアリューダちゃん。回復役のプリーストでワンド装備。で左に位置取るのが高飛車アホタレ女神イスタルシア。見たらコイツのJOBもマジシャンだった。そうか、お前も縦ジマのハンカチを一瞬で横ジマにできるのか。だったらおれは前衛でいいんじゃねえかな!

イスタルシアが号令をかけると、一同は隊形を整えて前進を始めた。ここにはモグラットってネズミとザイルホッパーってバッタ。バルハウンドとボス格のバルハウンドギガスって犬がいるそうだ。
前進するパーティーの前方に犬が2匹並んで寝転がっている。まずはあれがターゲットか。先行してゆっくり近づいていったガンロウが、いきなり1匹を蹴っ飛ばした。犬はギャインと悲鳴を上げ、かなり遠くまで吹っ飛ぶ。驚いて顔を上げたもう1匹もボコンと蹴り上げられ、別方向に飛んでいった。
おいおい、的がバラけたぞ? と思ったら、犬どもは目を吊り上げ、(うな)り声を上げながらガンロウに突っ込んでいく。そりゃ怒るわな、ただ昼寝してただけなのにいきなり蹴り飛ばされたら。
挟撃(きょうげき)の形でガンロウに迫るバルハウンドの前に、走り出たベヌーとメルアッタが立ちはだかる。それぞれ犬めがけて蹴りと斬撃を放つが、回避されて当たりが浅い。2人は追撃をかけるものの、敵はかなりすばしっこく、(たお)せずにモタついている。
2人の間でキョロキョロしていたガンロウが、近いベヌーの方へ歩み寄っていく。ベヌーの斜め後ろで大きな斧を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。

「ギャウンッッ」

悲鳴を上げてヨロけるバルハウンドの脇腹が裂けている。かなりのダメージを与えたことが見てわかる。それはいいんだが、なんと犬ともつれるようにして戦っていたベヌーの腕も、ザックリ切れて血が吹き出してんだわ。

「てめえコラッ、なにしやがんだボケエェッッ!」

ベヌー怒った! 当たり前だわな。思いっ切りガンロウの腰に蹴りを入れる。無防備に背中を向けた脳筋女の脚に、怒り心頭のバルハウンドが噛みついた。

「いてててっっ、クッソこの野郎!」

ベヌーは犬をつかみ倒し、取っ組み合いの形になる。そこへ向け、デカブツが再び斧を振り上げた。おいおいっ何しようとしてんだガンロウ、ベヌーごと叩っ斬るつもりか!? それを見たイスタルシアが叫んだ。

「いけませんガンロウ、いったん下がって! アリューダはベヌーにヒール、ウーフはベヌー側の犬にスキル攻撃を!」

「はいマスター、ヒールッ」

すかさずヒーラーのアリューダが治癒スキルを撃つ。

「いっくヨー!」

ウーフェルファが弓を構えて走り出す。おおぉ速い速い! コイツは24と素早さが非常に高いからだろう、移動スピードがスゴい。速い速い速い、速……オイオイ! ちょっとウーフちゃん!? チビ犬はあっという間にベヌーの真横まで駆け寄り、押さえ込まれている犬に向け矢を放った。

「スティールショットッ」

1メートルの至近距離から。お前ねえ、それじゃ飛び道具の意味がないから。まあガンロウのヘマを見て、ベヌーに当てないよう確実な距離まで詰めたってことなんだろうけとな。それにしても近ぇよ、近過ぎ。
再びイスタルシアの指示が飛ぶ。

「ベヌーはスキルでトドメを!」

「おっしゃあっ、食らえオラアァァッッ、パワーショット!」

マウントポジションを取っているベヌーが犬の横っ面に拳を叩き込む。悲鳴を上げた犬の体が光り、パアッと粒子状になって拡散、消失した。体の下にいたバルハウンドが消え地面に(ひざ)を着いているベヌーの顔の前に、オレンジ色の光の玉が浮いている。
離れた所に立っているイスタルシアがその光の玉を指差すように手を伸ばし、何やら操作しているようだ。すぐに光の玉はスッと消えた。『回収』されたみたいだ。

もう1匹の犬の方は、壁になったガンロウが引きつけながら防御、メルアッタが横から攻撃するという形になっていたが。ベヌーとウーフが攻めに加わると、すぐに(たお)された。こっちは何も残らなかった。

「はい、全員こっちに集合!」

女神の号令で、6人が集まって円陣を組む。反省会かな。戦いを見たおれの感想を5文字以内で述べよう。ひでえ。この一言に尽きる。
アタッカー2人は命中率、攻撃の威力ともに低過ぎる、まるでダメ。力任せに拳や刀を振り回すだけで技術が全くない。まあ生まれたてで戦ったことがないんだから、これはしょうがないか。シーフのウーフェルファは役に立ってんのか立ってないのかわかんねえ。味方をぶった斬ろうとしたガンロウは、もう論外だ。ベヌーに一発当ててたしな。ステータスが高いのはいいが、頭悪過ぎだろ。まともに動けてたのはヒーラーのアリューダだけだ。
その妖精ちゃんの横顔が見える。けっこう強い口調で説教めいたことをぬかしてるイスタルシアを、真剣な目で見つめている。バカ女神が、お前だって魔法の1発も撃ってねえし。指示も後手後手で、役に立ってないじゃねえか。
あ、アリューダがこっち見た。たれ(まゆ)の困ったような顔になってる。

『お願いね、まだ行ってしまわないで』

目がそう訴えかけている。大丈夫だハニー、ちゃんとここで見守ってるから。微笑みながら手を振ってみる。

『頑張れよ』

するとアリューダちゃんも腰のところで小さく手を振って微笑んだ。もお!ヤベェなコレ、可愛いよオイ。
おれは少し(ゆる)かったブーツの靴ヒモを、(ほど)いて固く結び直した。アリューダに危険が迫ったら、すぐに助けに駆け寄れるようにな。他の5匹は全部死んでも、全然いいけどね。

◾️ ◾️ ◾️

水筒から注いだ紅茶を脇に置いて、触角(しょっかく)が鎌みたいになったバッタ2匹と戦う6人を見ている。香りのいい紅茶を飲みながら、ジックリとパーティーメンバーの動きを観察し、そして考えてみる。あの中におれが入るとしたら、ベストの位置はどこだ。役割はなんだ。
メンバーの中で替えが効かないのはリーダーのイスタルシアと、唯一の回復役アリューダだ。現時点では戦闘技術にかなり問題があるものの、高ステの壁役ガンロウとアタッカー2枚の前衛はかなり堅い。もう1枚攻め駒を補充する必要はないだろう。
このパーティーの最大の弱点は、ウーフェルファのみの中盤だ。
仮りに敵が前衛を抜いて、後列にいる(かなめ)の2人に迫ったら。チビシーフのウーフでは止められない。マジシャンのイスタルシアは攻撃魔法があるからまだいいが、攻撃手段を持たないアリューダが(つぶ)されたらアウトだ。未熟で被ダメージが多い初心者パーティーからヒーラーが抜け落ちたら、完全に戦線崩壊だからな。
しかし薄い中盤に、マジシャンでありながら物理攻撃、物理防御が高いおれが加わったとすると。
普段は中距離の魔法攻撃で前線を支援する。前衛が抜かれ後衛に敵が迫ったら、立ちはだかり壁となって踏ん張る。おれが耐えていれば、自分達の周りを処理した前衛が、駆けつけてきて敵を背後から攻撃し(たお)してくれるだろう。
イスタルシアがゲームにインしておらず不在の時は、広く戦況が見渡せる位置にいる司令塔として機能する。
………これは。
物理でも戦えるおれにマジシャンというJOBを()て中盤に()える、この戦略は案外正解なのかもしれない。もしかしたらアリューダは、自分達の戦い方を見てこのことに気づいてくれと言っていたのか?
……いや、それは考え過ぎか。あの娘は賢いけども、さすがに現時点でそこまではわかってねえだろな。でもまあ、なんにしてもイスタルシアとはもう1回キチンと話をした方がいいかもしれねえな。

そんなことを考えていると、突然ポーンという電子音がした。視界の左上で赤丸が点滅していて、横に『情報が更新されました』と書いてある。なんだこりゃ? と思い、イスタルシアの真似をしてメニューと言ってみる。すると目の前に、半透明、長方形のパネルが現れた。おお、試してみるもんだな。
赤丸の点滅がパネルの左上に移動している。それを指でタッチすると、枠で囲まれたメッセージが表示された。

『ベースレベルが上がりました』
『クエスト情報が更新されました』

あらら、寝っ転がってたらレベルが上がっちまったようだ。なんか申し訳ねえな。
『クエスト情報がー』の枠の方をタップしてみると。

〔討伐クエスト〕ネズミとバッタの数を減らせ!(クリア)
クエストレア度 : F
クエストエリア : アルアフ草原西
対象 : ザイルホッパー(7/7)モグラット(5/5)
報酬 : 基礎経験値 15
報償金 : 500クリスタ
獲得クエストポイント : 10
ボーナスアイテム : グリーンストーン2個

〔収集クエスト〕装備作成用素材を集めよう(クリア)
クエストレア度 : F
クエストエリア : アルアフ草原西
対象 : 毛皮(7/7)小さな牙(8/8)小さな爪(6/6)
報酬 : 基礎経験値 12 なめし皮 1枚
報償金 : 600クリスタ
獲得クエストポイント : 12
ボーナスアイテム : グレイクロー2個

〔討伐クエスト〕草原のボスを討伐せよ(進行中)
クエストレア度 : E
クエストエリア : アルアフ草原西
対象 : バルハウンドギガス(0/1)
報酬 : 基礎経験値 150 JOB経験値 40
報償金 : 1500クリスタ
獲得クエストポイント : 75
ボーナスアイテム : 装備品『ギガスシリーズ』作成用素材

いつの間にかクエストを2つクリアしてるよ、ヤバいね。
しかしわかんねえことが多くて困るな。報酬の基礎経験値ってのは、ベースレベルを上げるヤツかな。JOB経験値ってのは見たままの意味、JOBレベルが上がる経験値だろうな。クエストポイントってのはいったい何だろう。貯まるといいことがあるんだろうか?

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

6人はかなり前進、街の入り口側から離れ、川側へ移動していた。おれが座り込んでる所からは7〜80メートル離れている。なぜかウーフェルファが1人で木立の中に分け入り、他の5人は隊列を崩さずに草地で待機している。
しばらくすると、木立の中から大きな声が聞こえてきた。だんだんイスタルシア達の方に近づいている。

「うひゃひゃひゃひゃーーーっっ」

奇声を上げながらウーフが林の中から飛び出してきた。ショートボウは腰に吊り下げて全力疾走している、速い速い!
そのウーフを追って、それは姿を現した。
ウーフェルファはガンロウの横をすり抜けて後ろに回り込む。追走してきたそれは、ガンロウの前、およそ5メートルの所で立ち止まり、自分を狩ろうと武器を構えている者達を見回す。地面から頭のてっぺんまでは、だいたいおれの身長と同じくらい、170センチちょっとあるように見える。恐ろしくデカい犬だ。いや、もうあのサイズは犬なんかじゃねえな。筋肉の(かたま)りのような体からは炎が立ち(のぼ)っている。
あれがボスモンスター、バルハウンドギガスか!!

彼方からイスタルシアの大声が聞こえた。

「ガンロウは正面で敵を押さえて。メルとベヌーは左右から挟み込んで攻撃。さあ行きますよっ」

闘志をみなぎらせたアタッカー2人が左右に散開する。それを見た途端、おれの全身に鳥肌が立った。何を言ってるんだバカ女神っ、指示が違うだろうがっ!!
おれは立ち上がり、女神達の方へ全力で走り出していた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み