2.スーパーチャンス

文字数 5,553文字

二度寝をして目を覚ますとすっかり日が高くなっていた。メニューパネルを出して右上スミの時刻を見たら午後12時46分。ヤベ、いくらなんでも寝過ぎたな。ウーフェルファは横で丸くなってまだ寝てる。
タオルケットで犬っ娘をくるんで、お姫様抱っこで1階の浴室に降りる。
誰か入ったあとのようで、浴槽には少し冷めたお湯が入っていた。追い焚きで少し温度を上げる間、手に石鹸を付けてまだ少し眠たげなウーフの体を洗ってやる。最初はまたくすぐったがっていたが、泡だらけにした全身に手を這い回らせているうちに、情欲の残り火がまた燃え上がってしまったようで。可愛い小さな尻を高く上げて『おねだりのポーズ』を取ってきた。
泡を洗い流し、浴槽の中で眠くなってしまうくらいゆっくりと、(おだ)やかに愛してやる。2度ほど天国へと昇っていったウーフ姫は満ち足りたらしく、心地よい温度の湯に()かったまま、おれの腕の中でまた眠ってしまった。

◾️ ◾️ ◾️

風呂を出て約20メートル四方の広いダイニングキッチンにいくと、部屋の中央の大きなテーブルに3人が座っていた。アリューダとベヌー、そして(まぶた)()れ顔がムクんだイスタルシアだ。

「はよおーす。いやもう早くねえか。みんな昨日はお疲れだったな」

「あ、龍彦さんおはようごいます。て、確かにもうお昼ですもんね、早くないですね。ウーフもおはよう。良かったらサンドイッチ、一緒にいかがですか?」

アリューダちゃんの(はじ)けるような笑顔だ。(なご)むねえ。ベッドで目覚めたら腕の中に美少女、でキッチンに降りてきたら美女に囲まれて食事。ここは極楽浄土かよ、て感じだな。

「みんなおはヨー。食べる食べるっ、お腹空いたヨー」

チビ犬っ娘は椅子に座るなり、サンドイッチをガツガツ食い始める。

「おはようございます」

どんよりと(にご)った目をしたイスタルシアのその声は、ババアのようにシワガレている。こりゃ完全に二日酔いだな。お前、ログアウトして勤めに出なくていいのか? ま、そんな状態じゃ仕事にならんだろうけど。その女神の隣りにはブスッとした顔で食事をしているベヌー。お前は挨拶くらいしろよな、アリューダを見習え。

「龍彦さんも掛けてください。コーヒーいかがですか?」

そう言って気遣いが素晴らしい眼鏡っ娘妖精が席を立つ。

「ありがとう、もらうよ。メルとガンロウは?」

ウーフにアリューダの横の席を取られたので、仕方なくベヌーの隣りに座る。

「メルアッタはまだ寝てますね。あの娘は一番お寝坊さんですから。ガンロウはもう食事を済ませて外にいます」

妖精ちゃんがおれの前に、香りのいいコーヒーを()いだカップを置きながら答えた。

「ありがとう。ガンロウは外だって? 外で何してんだ」

「天気がいいから前庭で日向ぼっこでもしてんじゃねえか」

不機嫌なベヌーの声。コイツも昨日スゴい量を飲んでツブれてたからな。頭でも痛いのかね。てかBUに二日酔いはあるんだろうか。
誰が作ったのかわからないが、ちょっとマスタード多目の美味いサンドイッチを食っていると、メルアッタがフラフラとダイニングキッチンに入ってきた。

「おはよー……お腹空いた、何かある?」

見ると完全に寝ぼけ顔だ。てかかっこうが! 身に着けてるのは(たけ)の短い(うす)いキャミソールとショーツだけだ。スリムな体、長い脚の極上モデル体型。推定Cカップの胸は桜色のポッチが透けて見えてる。

「もうっ、ダラシないですよメル! 家の中だからってそんなかっこうはダメよ。シャワーを浴びて、それからちゃんと服を着てらっしゃい」

「はあーい」

アリューダママに怒られて、メルは浴室の方へ歩いていった。残念、もうちょい色っぽい姿のメルアッタを見てたかったんだがなあ!

「こりゃあアカンな、キツい。あんまり高い物は使いたくないけど……今日はしょうがないか。メニュー」

そう言った女神が、目の前にパネルを出して操作し始める。ブンッという音がして、テーブルの上に栄養ドリンクっぽい小(びん)が現れた。女神はキャップを開けると、(のど)を鳴らしてそれを一気に飲み干した。次の瞬間、女神の体がパアッと白い光を放つ。するとあら不思議、土気(つちけ)色になりムクみ上がっていたイスタルシアの顔が、一瞬でプルプルのツヤツヤ、(うす)ピンク色に変化した。おおおスゲェ、なんだコレ。

「よっしゃ、戻った!」

女神は胸の前で(こぶし)を握りガッツポーズ。
……いやあ。なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がする。コイツ本当はシワクチャのババアだったりするんじゃねえだろな。

「さて、じゃあ今日も張り切っていきますか。ベヌーは外へ行ってガンロウを呼んできて。メルのシャワーは早いから、全員揃ったら今日・明日の予定についてミーティングを行います」

いつもの可愛い声に戻ったイスタルシアが、元気にそう宣言した。

◾️ ◾️ ◾️

「では全員揃ったのでミーティングを始めます。主催者からのお知らせが届いているので、情報共有モードで皆にも見てもらいます。各自メニューパネルを開いてください」

イスタルシアの指示で全員が自分の前にパネルを出した。
食事を終えたウーフはおれの(ひざ)の上に座っているので、一緒におれのパネルを見る。メインメニューがスーッと横にワイプし、画面が変わった。

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【主催者からのお知らせ】
【ゲーム開始後2週間限定! イベント・新規スターター用特別ボーナスダンジョンのご案内】
超高倍率の抽選に当選され、見事ゲーム『ヴァルハラウォーズ』(以下当ゲームと呼称)のプレイ権を獲得された皆様、改めましておめでとうございます。ご存知の通り当ゲームは、たくさんの方々にご愛顧頂いておりますおかげで、開始から数十年という長い歴史を有しております。当ゲームのシステムといたしましては、ご承知の通りプレイヤー同士の抗争要素を持つコンテンツが多くなっているというのが現状です。これはすなわち、早期にゲームを開始したプレイヤーが圧倒的に有利な状況、ということに他なりません。
主催者といたしましては、新しくゲームに参加して頂いた皆様が、少しでも長期プレイヤーとの差を縮めることができるような施策を提供したいと考えております。
そこでご用意させて頂きましたのが、この時限イベント『新規スターター用特別ボーナスダンジョン』(以下当ダンジョンと呼称)でございます。こちらは通常のダンジョンと違い、出現モンスターのステータスを低く設定しております。ゲームスタート直後の初心者様でも挑戦可能なイベントとなっておりますので、是非ふるってご参加ください。
【特典内容】
●当ダンジョンの出現モンスターからは、高確率で装備品がドロップいたします。また各種のお得なレアアイテムも一定確率でドロップするよう設定されております。
〔アイテムレア度説明〕
ドロップいたします装備品や各種アイテムのレア度は、高い順に以下の通りになっております。
・ゴッド ・レジェンド ・アルティメット ・ウルトラレア ・エクストラレア ・ハイレア ・レア ・ノーマル
当ダンジョンにおきましては、超低確率ではありますがゴッドまで、全てのレア度のアイテムがドロップするよう設定されております。
●当ダンジョン挑戦中、最低1回はゴールドポヨンと遭遇できるよう設定しております。ゴールドポヨンは、討伐いたしますと500万クリスタをドロップするという、超お得な激レアモンスターです。他の出現モンスターに比べますと討伐するのがやや難しい設定になってはおりますが、遭遇されました際は是非パーティーで力を合わせて挑戦なさってください。
【その他、注意事項等】
●当ダンジョンは、新規スターターの方のみを対象とし、ゲームスタート後2週間以内のみ挑戦可能な特別イベントです。他のパーティーとチームを組んでの挑戦はできませんのでご注意ください。
●当ダンジョンは10層構成の、洞窟型縦階層ダンジョンです。挑戦可能回数は2回までとなっております。1度の挑戦で最下層まで到達できなかった場合、途中階層にセーブポイントを設けることができます。2度目の挑戦時は、そのセーブポイントからのスタートが可能です。なおセーブポイントを設置する為のアイテム『セーブポイントジュエル』を1個、プレゼントさせて頂きます。プレゼントボックスより受け取ってご使用ください。
●当ダンジョンには、達成すると様々なレアアイテムが入手できる『ミッション』が多数用意されています。内容を確認して頂き、是非オールクリアを目指してください。
●当ダンジョンはレアアイテム獲得を目的とする特別サービスイベントです。ダンジョン内のモンスターを討伐して頂きましても、基礎経験値、JOB経験値は一切獲得できませんのでご承知おきください。

それでは皆様、当ゲームの目玉コンテンツである『ダンジョン探索』、その体験版である当ダンジョンを心ゆくまでお楽しみください。

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綺麗な声でイスタルシアが長い文面を読み上げ、そして言った。

「BU達にはわからない部分もあったかもしれませんが。もう午後になってしまってます、時間が惜しいので細かい説明は省きます。いいですかみんな、このイベントでは高レアアイテムゲットを目指すのはもちろんですが。絶対に達成しなくてはいけないのはゴールドポヨンの討伐です。500万ですよ、500万! いいですか、これだけは必ず! 死ぬ気でクリアするように。頑張りましょう。いいですね!?」

全員はいっと、大きな声で返事をした。
クリスタってのはこのヴァルハラのお金なんだが。昨日街中で見た屋台や露店で売ってた物の値段、通り沿いの商店に並んでた日用品や衣料の値段、あと夕飯を食った居酒屋の商品の価格などから、おおよそ計算すると。1クリスタはだいたい1円と考えていいくらいのレートなんだ。つまりモンスター1匹(たお)しただけで500万円ゲットってわけだな。こりゃ女神の目の色が変わるわけだ。

「とは言え、昨日は初めての狩りだったにも関わらず大変でしたからね。疲れが残っている子もいると思います。ですから、自分は今からこのイベントに行ける、疲れは取れているので大丈夫という者だけ手を上げてください、正直にね」

イスタルシアに言われ、おれをはじめ皆の手がサッと上がった。ガンロウだけが少し躊躇(ちゅうちょ)したんだが、ベヌーが物凄い目で(にら)んだ途端に挙手した。その様子を見ていた女神がガンロウを気遣う。

「ガンロウ、本当に大丈夫ですか? 無理してないわよね?」

「あい、大丈夫ですマスター。オラ、今日は頑張らないといけないから」

「昨日のことはもう気にする必要はありません。くれぐれも無理をしないようにね。ではこれからイベントに出発します。各自部屋で装備を着用して、10分後にワープルーム前に集合ね」

このデッカい家の間取りなんだが。玄関を入ると両側が物入れとトイレになっている短い廊下、でその先に20メートル四方ほどのリビングがある。隣接して同じくらいの広さのダイニングキッチン、今おれ達がいる所だな。その奥はまた廊下で、両側は洗濯室と風呂場になってる。その奥は広いスペースで、一角に2階へ上がる階段。で一番奥にもうひとつ部屋があって、そこが『ワープルーム』だ。
装備を着用したパテメン全員がそのワープルームに集合した。部屋は幅20メートル、奥行き10メートルちょっと。壁も床も真っ白で、天井には照明パネルが埋まっていて明るい。白い床には直径1.5メートルほどの魔法陣の様な円形がいくつも並んでいる。メンバーは女神の指示で、ひとつの円にひとりが入って整列した。
イスタルシアは一番ドアに近い円の中に入ってて、そこだけ床から柱のようなコンソールシステムが生えている。女神はコンソールに支給されたワープ用のアイテム……ワープジュエルをセットすると、何やらボタンを押して操作を始めた。

「では皆、いいですか。間もなくイベントダンジョンへの転送が始まります」

イスタルシアが言い終わらないうちに突然視界が真っ暗になった。途端に物凄い速度で落下しているような、それでいて上昇しているような、なんとも奇妙な感覚に包まれる。移動中はまるで時間感覚が消失してしまったかのように、数秒しか経っていないのか、それとも何分も経過しているのかが全くわからない。気分が悪くなりかけたところで視界が明るくなった。

「到着です。皆大丈夫ですか? 気分が悪くなってない?」

イスタルシアの声で、寝起きのように少しボーッとしていた意識がハッキリする。岩の壁にポッカリと開いた大きな穴の前に立っていることがわかった。穴は幅15メートル、高さ10メートルってとこだ。
ベヌーが声を上げる。

「これがダンジョンかあ。見たところ普通の穴だけどなぁ」

「そうですね。わたしもダンジョンは初めてなので、中がどんな風になっているのかわかりませんが。出現モンスターは弱いと書いてありましたけど、油断しないで行きましょう。では出発!」

イスタルシアの元気な掛け声を合図に、全員で初めてのダンジョンに足を踏み入れた。
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