5.ポッチをポチポチ

文字数 6,067文字

火の街ザウロトの中央広場のそば、石造りの巨大な神殿風の建物が『戦士ギルド』だ。ゲームプレイヤーをあらゆる面でサポートする為の施設で、ゲームを主催する神達が管理しているそうだ。働いてるのはほとんどシビリアンらしいけどね。
中央広場の端にある、えらく幅の広い20段ほどの階段を登ると、30メートルほど先に建物の入り口が見えた。
すぐ横で巨乳の眼鏡っ娘妖精アリューダちゃんが、溜め息混じりに(つぶや)く。

「スゴく大きくて立派ですよねぇ……」

おおう。今のスゲェ色っぽかったな、オイ。
『龍彦さん、大きくて立派で(たくま)しくて、とってもステキよ♡』とか言わせてえなあ、この娘に!

扉が開けっ放しになってるデカい入り口の右側には、なんか横長の小屋みたいなのがあって。見ると(せま)めに仕切られた房の中に、頭のてっぺんまでが2メートルくらいの、二足歩行の竜がたくさんいるんだわ。

「おいイスタルシア。あれなんだ? あの竜みたいなの」

大声で尋ねると、建物の中に入りかけていた女神が振り向いて言った。

「あれはテューグです。モンスターっぽい見た目をしてるけどそうじゃなくて、野生動物なんですよ。ヴァルハラの一部地域にしか生息してない希少動物なんですが、特別な許可を受けた業者が捕獲し、乗り物として売買してるんです」

「へーっ、あれが乗り物なのかあ」

テューグは、それぞれ体の大きさや色、顔つきがかなり違う。だけど、どいつも目がクリクリッとしてて、なかなか可愛いんだ。いいんじゃないのー? これもなかなかファンタジーだね。

イスタルシアは、ヴァルハラには機械仕掛けの『自動車的な乗り物』が無いんだと教えてくれる。遠い場所にはアイテムを使ってワープで飛ぶそうだ。自動車より全然スゲェ。
中央広場の真ん中に建ってる高い記念碑風の塔は、実はワープシステム用のアンテナなんだそうだ。なんでも『ワープジュエル』ってアイテムが、職員がたくさんいる戦士ギルドの大きな収入源だから、自動車的な物は作らせないらしい。なんだかケチクサイ話だねえ。

入り口から入ると、広い建物の中は意外にガランとしていた。始まりの街の戦士ギルドっていうから人がひしめいているのかと思ったんだが、全然そんなことはない。
視線を巡らせてみる。横幅は100メートル、天井まで30メートルくらいか。明かり取りの窓があるのはかなり上の方だけど、所々空中に照明用らしい光る玉が浮いてて、けっこう明るい。

入り口の右側のスペースはなんか喫茶店ぽい。いくつもあるテーブルの間は衝立(ついたて)で仕切られていて、奥の方が見えない。

「あそこは交渉スペースですね」

おれの視線の先を(とら)えてイスタルシアが説明してくれる。
クエストには複数のパーティーでチームを組んで挑むものがある。またチーム同士の対抗戦イベントもある。そういうものに参加するパーティーが、チームを組むパーティーを探したり、報酬の配分の仕方などについて交渉したりする所だそうだ。

「チーム同士の対抗戦かあ。なんか面白そうだな」

おれはガキの頃、2チームに分かれて陣地を取り合う戦争ごっこみたいなのが大好きだった。学校から帰るとよく、何十人も子分を集めて夜になるまでやったもんだ。

「でしょーーっ!? 早くみんなで強くなって、そういうのにどんどん参加しましょ。イベント報酬はレアなアイテムがザックザクらしいよ。楽しみだね、ねっみんなっ!!」

女神様も見た目に似合わずそういうのが好きらしく。突然テンションが上がっちまったようで、顔を紅潮させて腕を振り回している。
BU達はなんとなく、おーーっという感じでヘロヘロと腕を頭上に上げた。女神様の突然のハイテンションに全然ついていけてない。皆、マスターが何を嬉しそうにしてるのかわからない、て顔をしてる。

女神の興奮が収まると、おれ達は交渉スペースとは逆、入り口左手のスペースに歩いて行った。どういう仕掛けなのか、たくさんの大きなボードが宙に浮いた状態で並んでいる。ボードの配列はどうやらパーティーランク順になっているようだ。一番上からSS、S、A、B……とランクごとに数枚のボードがあって、それぞれにビッシリと文字が書かれている。それを順に見て歩きながら、イスタルシアがニコやかに説明してくれる。

「ここはクエストを受託する所です。このボードに表示されているものから、パーティーランクに合ったクエストを探して受けるんです。わたしがゲームにインしていない時は、龍彦にここからクエストを選んでもらうことになりますから。どんなクエストがあるのか、ギルドに来た際はチェックしておいてくださいね」

そう言うとイスタルシアは、一番下のFランクパーティー用のクエストボードの所で、自分の前に一度見たことある半透明のパネルを出した。これはメニューパネルというそうだ。
女神は操作方法を見ておいてくださいと言い、おれに説明しながらクエストを3つ受託した。

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

戦士ギルドを出たおれ達は広場で昼食を()った。

「夕方になる前にクエストを片付けてしまいたいから、とりあえず簡単なもので我慢してくださいね。夜は豪華にするから」

というわけで昼は屋台で買ったハンバーガーだ。おれはなんとなく、皆から少し離れたベンチに腰掛けた。
かぶりついたハンバーガーは、肉の味がスゴく濃くて美味かった。アイスミルクティーもめっちゃ美味い。この世界の食い物はなかなかレベルが高い。
人形にこの美味さがわかんのかねと思い、視線を巡らせる。黒髪クール剣士と筋肉女は仲がいいようで、くっついて座って笑いながらなんか話してる。そのすぐ隣りのベンチに妖精ちゃんアリューダと、(ひざ)にウーフェルファを乗せた女神イスタルシア。
身長2メートルを超える岩の(かたま)りみたいなヤツは、皆とおれの間にある頑丈な石のベンチに座っている。一応バーガーを3つ買ってもらってたんだが、あっという間に食べ終えて(うつむ)いている。
おれは2個貰ったんだが、立ち上がってデカブツのそばへ行き、1個を差し出した。

「足りねえだろ。これも食え」

デカブツはビックリした顔でおれを見る。

「いいの? オラもう3つ食べたんだけど」

「その図体(ずうたい)で、こんな小せえバーガー3つはねえよな。いいから食え」

「ありがと。頂きます」

恥ずかしそうに言うと頭を下げポンと口に放り込むと、あっという間に飲み込んだ。お前ねえ、せっかく美味いバーガーやったんだから、もっと味わって食えよ。

「龍彦さん、ありがとうございます。良かったわね、ガンロウ」

気がつくと斜め前にアリューダが立っていた。胸の前で手を組んで、なんか目をウルウルさせている。

「準備室で初めてお会いした時、龍彦さんは凄く怒っていらして。怖い方なのかなと、ちょっと思ってしまったんですけど。でも良かった、やっぱりお優しい方なんですね。素敵です」

「あーいや、別におれは優しくは……」

「ありがとうございます」

アリューダが頭を下げる。

「お、おう」

照れ臭いね。それにしてもこの娘は本当に性格が良さそうだな。ていうかパーティーの中で唯一まともそうなキャラだし、かなりの知性を感じる。
とりあえずデカブツの名前がわかりました、っと。

◾️ ◾️ ◾️

サクッと昼食を済ませ、おれ達は東門から街の外に出る。
まばらに木が生えていて、2本の道があった。1本はきれいに石を敷き詰めた大きな道で、(ゆる)やかにカーブを描き左手、つまり北へ向かっている。もう1本はそれより幅が狭い未舗装で、門からまっすぐ東へ伸びている。

「アルアフ草原はすぐそこですから」

イスタルシアの先導で未舗装の道の方を進んでいくと、すぐに両側の木がなくなって視界が開けた。ここがゲームをスタートしたばかりの初心者用エリアらしい。
(ゆる)やかな起伏のある草原だ。所々に木立があり、遠くに川が流れている。はるか先には山が連なっていて、(ふもと)には緑が濃い森が見える。
そばにきた女神に声を掛けられた。

「しばらくは川の手前で、レベルを上げながら素材を集めることになります」

「レベル?」

おれはまだゲームの仕組みなどを全然聞いてない。イスタルシアは可愛らしく小首を傾げながら言った。

「えーと、何から説明しようかなあ。じゃあまず、目の前の子のステータスを確認するところから始めましょう。その子の胸のあたりをポチッと押してみてください」

女神はそばにいる浅黒い肌の筋肉女を指差した。何が気に食わないのか知らねえが、相変わらず凄い目で(にら)んでくる。言われた通り筋肉女に近づいて、胸のポッチのあたりをポチッと押した。特に何も起こらないのでポチポチと何回か押し、それでも変化がないのでクリクリしてみる。厚い服越しにではあるが、程良い弾力と大きさなのがわかる。かなりの美乳と見た。

ゴキンという物凄い音と同時に横っ面に衝撃を感じた。目から火花が散り、(ひざ)(くだ)けてヘタりこむ。頭の上から筋肉女の怒声が降ってきた。

「テメェこの野郎、なに人の乳揉んでやがんだ、ああコラァ!? クソッタレが、2話目から出てんのに、アタイ1人だけ5話が終わる間際までセリフがねえってのは、いったいどういうことだボケェ!!」

全く意味がわからねえ。後半部分はおれには関係なくねえか!?
しかしなんだこのザマは、あり得ねえ。大振りのテレフォンパンチをかわせずに、しかも打たれ強さには絶対の自信があったおれが、たった1発で(ひざ)をついただと……?

「やめなさいベヌー! た、龍彦は何をしてるのかしら!?」

「何をしてるのかしらじゃねえだろう。胸のあたりを押せって言うから押したんじゃねえか」

イスタルシアがあっと言って手で口を押さえる。

「説明が悪かったかしら。そうじゃなくて。とりあえず5歩後ろに下がってください」

立ち上がって筋肉女を睨みつける。女も歯をむき出しにして睨み返してくる。歯っていうか、デカくて(とが)った凶悪な牙だ。コイツ人間じゃねえのか……?
おれは目を()らさず、ゆっくり5歩下がった。

「はい、じゃあその位置で、まずは『マーク』と言ってみてください」

イスタルシアは能天気に、明るい声で指示してくる。

「はあぁ? ここでマークって言うの!? さっきそんなことしろって言わなかったじゃねえかっ」

「イージーミスですよ。ドンマイドンマイ!」

このバカ女神が、何がドンマイだっ。テメェわざとやってんじゃねえだろな。
言われた通り『マーク』と言ってみると。ピピッと音がして、視界の中に円形の照準マークのようなものが現れた。

「おい、なんか出たぞ」

「はいはい。それは『マーカー』です。色んなことに使えるんですけど、それはおいおい説明していきます。今はそのマーカーを、視線を動かしてステータスを見たいプレイヤー、ベヌーに重ねてください」

言われた通り筋肉女にマーカーを重ねると、彼女の体の輪郭線が赤く縁取られた。

「はい。マーキングができたら、そのまま彼女の体を指で2回タップしてください。それでその子のステータスが表示されます」

「離れたここでか?」

女神に確認してみる。なんだよ、直接対象に触らなくていいのかよ!

「そうです。そこに立ったままでいいんです」

「だったら最初からそう言え! お前なあ、説明するならちゃんと、正確にしろよ!」

「ガミガミうるさいなあ。しょうがないじゃない、わたしだって慣れてないんですから」

色々納得いかねえが、とりあえず言われた通りにすると。ブンッと音がして目の前に半透明のパネルが現れた。なんかゴチャゴチャ書いてある。

「今のが仲間のステータスを見る時の操作です。簡単でしょ? 他にも確認の仕方はいくつかあるんですが、とりあえずその方法を覚えておいてください」

そう言いながら微笑むバカ女神様。あーそうですねえ、簡単ですねえ。最初の説明はいい加減でわからなかったけどな! 一通り画面の情報に目を通してみる。

【龍人】ベヌー Lv.1 JOB : ストライカー Lv.1
HP : 136 MP : 15 信頼度 : 2
物理攻撃力 : 18+1
魔法攻撃力 : 5
物理防御力 : 16+4
魔法防御力 : 4
器用さ : 8
素早さ : 11
運 : 3
【装備】
武器 : ノービスグラブ
副装具 :
頭 :
胴 : ノービスプロテクター
腕 : ノービスアームガード
脚 : ノービスレギンス
足 : 皮ブーツ
【スキル】(1/7)
F)パワーショット Lv.1(3)
【アビリティ】(0/5)
なし


イスタルシアが説明を始めた。

「名前の横のレベルが『ベースレベル』というプレイヤーのレベルですね。右側は現在就いている職業のレベルです。物理攻撃力や物理防御力の横にプラスで数値が付いているのは、装備による加算分です。ベヌーの物理防御力で言うと、素の防御力が16、装備での加算が4。合わせて20が現時点の能力値になります。じゃ、表示されているスキルの名前をタップしてみてください」

言われた通り、パネルに表示されているスキル名をタップすると、右側に説明文が出た。

F)パワーショット Lv.1 (3) 1.5倍強攻撃

「説明の通り、物理攻撃力を1.5倍にして攻撃するスキルです。カッコ内の3という数字は消費するMPですね。あとスキル名の頭にFとついているのは、そのJOB……ベヌーの場合ストライカーですけど、その職業に最初から設定されているスキルであることを示しています。モンスターを狩って経験値を取得していけば、ベースレベル、JOBレベルが上がって能力値が上昇し、また使ったスキルのレベルも上がって強力になります。
といったところですね。だいたいわかりましたか?」

「えーと。スキルとアビリティの文字の右側に数字が書いてあるが。カッコの中のヤツな。こりゃ何だ?」

「スキルは、最大7つ設定できるということです。アビリティは5つですね。このスロット数は増やすことができますけど、その方法は今はまだいいでしょう。で、ベヌーは7つのスキルスロットのうちの1枠に設定済み、アビリティは持ってないのでスロット5つが全部空いている、ということを示している数字です」

「なるほどね。うん、最低限のことはわかった」

この筋肉女はベヌーってのか。イスタルシアもクソだが、コイツは更に可愛げがねえ。珍棒はついてねえのかもしれんが、こりゃ女じゃねえ。コイツとは上手くやれねえな、絶対に。
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