8.激闘!巨獣バルハウンドギガス

文字数 8,697文字

まるで(たお)された仲間の敵討(かたきう)ちを決意しているかのように。バルハウンドギガスは地獄の業火(ごうか)のような憎悪で目を(たぎ)らせ、自分に武器を向けている一団を(にら)みつける。

「グルアアアァァァッッッ!!」

ビリビリと空気を(ふる)わせる物凄い雄叫びとともに、一団の先頭にいるガンロウに襲いかかった。

「ひぃやあああっっ」

ガンロウは悲鳴を上げながら、めちゃくちゃに斧を振り回す。うち一振りが、体を(ひね)ってかわそうとしたギガスの鼻先を叩いた。巨獣がわずかに(ひる)んだ一瞬を見逃さず、ストライカーのベヌーが右から仕掛ける。渾身の蹴りを首筋にブチ込んだ。

「ベヌー、スキル攻撃!」

距離を詰めた彼女に向かってイスタルシアが叫ぶ。

「おおうっ、パワーショット!」

攻撃力が1.5倍に増強された拳で、思いっ切り敵のコメカミをブン殴る。ゴツンという石同士がぶつかるような大きな音がして、ギガスがヨロめいた。

「熱ううっっ、あっちいいいーーーっっ!!」

攻撃したベヌーの方が悲鳴を上げて飛び退()いた。素材が皮メインのグラブが燃え上がっている。
バルハウンドギガスは火属性のモンスターのようで、体全体から炎を噴き上げている。顔などの炎をまとっていない部分も、ぶ厚いグラブが燃え上がってしまうほどの高温らしい。ベヌーはヒーヒー言いながら、右拳を地面に(こす)りつけて消火した。

◾️ ◾️ ◾️

パーティーが戦闘を開始しちまったのを見ておれは焦っていた。
どんな(たぐ)いの戦いにおいても最も重要なのは、まず対峙(たいじ)する敵の力量を正確に把握するってことなんだ。選択すべき戦い方、取るべき戦術は、全て読み取った敵の力量によって決まってくる。相手の強さを読み間違えちまうと、取り返しのつかない事態になることが多々あるんだ。戦術によっては勝てた相手に、無様に負けを喫したり。逃げてりゃなんとかなったのに、機を逃して回復不能なダメージを負っちまったりな。

あのデカい犬はダメだ、ヤバい。今のおれ達とは強さの次元が違う、全員殺されちまう。

怒り狂うバルハウンドギガスと、それと交戦するパーティーの真横から接近する形になっている。ソードファイターのメルアッタが勇敢にもギガスに突進し、敵の脇腹に刀を突き込んでるのが見える。
クソッ、しかしこりゃどうなってんだ。たった3〜40メートルしか走ってないのにもう息が苦しいし、脚がダルい。この新しいボディ、とんでもないポンコツじゃねえかっ。モタモタしてる場合じゃねえってのにチクショウ! 加速しなきゃと思い、力一杯地面を蹴りこんだ瞬間。突然体が大きく傾き、バランスを崩しちまった。咄嗟に足元に目をやると、右足が地面を踏み抜いてて、できた小さな穴に落ちていくのが見えた。

「落とし穴だとおぉっ!?」

違う。次の瞬間、穴に突っ込んだ足が何か柔らかいモノを踏んだ。
一瞬で理解した。モグラットを踏んだんだ。ヤツが地面の下に掘ったトンネルの天井を踏み抜いて足が落ちたんだ。これはヤバい!

目を上げる。わずか30メートル先でパーティーが交戦中だ。その時ギガスが寝転び、そして寝返りを打つように横回転した。巨獣の胴体に突き刺した刀を離さないメルアッタの体が宙に浮き、そして頭から地面に叩きつけられる。
いかんいかん、マズいぞっ、主力が1人ダウンした!!
脚に激痛が走った。

「いててててえぇぇっっっ」

トンネルに落ちた右脚に、踏んだモグラットが噛みつきやがった!

「このクソカスがっ、テメェと遊んでる場合じゃねえんだよっっ!」

両腕と左脚で力一杯踏ん張るが、ガッツリ噛まれちまってる右脚は抜けない。何やってんだよおれは!!
イスタルシアが大声で指示を出すのが聞こえた。

「ガンロウ、敵を押さえ込んで!」

「うわあああぁぁーーーっっ」

大声を上げながらガンロウが走り始めた。

「うええええぇぇぇっっっ!!?」

奇妙な叫び声を上げるイスタルシア。

「ちょっとオイッ、待てゴルアアアァァァッッッ!!」

怒鳴るベヌー。
ガンロウは走る。突撃じゃあない。パーティーに、ギガスに背を向けて逃げ出したんだ。斧を肩にかつぎ、ノッタノッタとこっちに向かってくる。さすがにこれにはオッタマゲタが。しかしおれにとっては千載一遇のチャンスだ。大声でガンロウを呼んだ。

「おいガンロウ、こっち来いっ。おれの脚の横、ここ、ここを! 斧で思いっ切りブッ叩け、早くしろ!!」

おれは穴に突っ込んでる右脚の、(ひざ)の横の地面をバンバン叩いた。

「早く来いよ、ここだ、ここ叩け、思いっ切り! 脚に当てんなよっ、早くしろ早く!!」

そばにたどり着いたガンロウは、一瞬『何やってんだこの人』みたいな目でおれを見たが、すぐに斧を振り上げ、そしておれの膝の横の地面に向かって振り下ろした。地面がボコリと崩れ、大きな穴が開く。穴の中に見えるモグラットの首筋には斧の刃が食い込んでいた。瀕死の大ダメージのようだ。噛む力が弱まったんで、一気に右脚を引き抜く。破れたズボンから覗いている傷口は肉が()げてて、血が大量に()き出している。

「手ぇ貸せ、立たせてくれ」

おれが差し出した手を取ったガンロウに引っ張り起こしてもらう。
パーティーの方を見た。ギガスはイスタルシアの目の前に迫っている。そのギガスの首筋に、脳筋女ベヌーが組みついて押し留めていた。敵の体を包む炎に腕や胴を焼かれて苦痛の叫び声を上げているベヌーは、それでもギガスを放さない。物凄い根性だ。アリューダはパニック状態で、悲鳴を上げながらベヌーにヒールを連射してる。ウーフェルファは犬の周りを走りながら、小さな弓で全く効かない攻撃を繰り返す。イスタルシアはただウロたえながら、ガンロウに戻ってこいと叫んでいる。地面に横たわるメルアッタは気絶してるらしく動かない。
完全に戦線崩壊だ。

「いいかガンロウ、お前はここでイスタルシア達を待て。逃げてきたアイツらと合流したら、お前が盾になって皆を街まで連れて行け。わかったなっ」

おれが叫ぶとガンロウは巨体を縮こまらせて、許してくれとでも言うように顔の前で両手を合わせた。

「おれの指示がわかったのかっ。返事をしろ返事を。1人で先に逃げんじゃねえぞ!!」

「あい、わかりました」

ガンロウが待機状態になったのを確認して、血が噴き出す脚を引きずりながら、再び走り始める。

「ガードアップエール!」

後ろからガンロウの声がして、何かスキルが掛かった。ありがてえ、少しでもステータスが上がるのは助かる。
ギガスまで、あと10メートル。巨獣が脚を踏ん張り大きく体を振った。火ダルマ状態で組みついてたベヌーが吹っ飛ばされる。よく持ち(こた)えたぞ脳筋、お前スゲェよ! 再びイスタルシアに襲いかかろうとするギガスの前に、チビシーフのウーフェルファが立ちはだかる。しかし巨獣の前脚のワンパンで、これも吹っ飛ばされた。
だが間に合った、ギリのギリ、超ギリギリだ。

「犬っころ、相手はこっちだオラアアアァァッッッ」

全体重を乗せたフックを、倒れ込みながらギガスの顔面に叩き込む。拳が焼けるが屁でもねえ。ベヌーの頑張りを見てんだ、こんなの熱いなんて言えるわけねえよ! 想定外の脚の負傷もあって呼吸が乱れてるが、大きく息を吸い込んだあと思いっ切り叫んだ。

「イスタルシア逃げろっ、早く行けええぇっっ! ベヌーを回復してメルを(かつ)がせて、ガンロウを盾にして街まで突っ走れええっ」

ギガスが突進してきた。冗談みたいにデカい口が、(うな)りを上げて頭に迫る。牙デカッッ! かろうじて頭を振ってかわす。耳のすぐそばでガチンと、巨大な牙が噛み合う音がした。全身に鳥肌が立つ。
イスタルシアの震える声がした。

「龍彦、あなたは……!?」

「コイツを足止めするに決まってんだろっ。モタモタするんじゃねえ、早く行けっっ!!」

叫んだ直後、肩に物凄い衝撃が走る。いけねえ、爪で引き裂かれたっ。その爪も物凄く熱い!

「ヒールッッ!」

甲高いアリューダの声、体が青く光りフワッと暖かくなる。肉が()げていた右脚と、今被弾した左肩の痛みが消える。

「助かった! もういいぞ、早く逃げてくれっ」

「街で待ってるから! 絶対無事に戻ってきてよ、約束なんだからっ」

愛しの眼鏡っ娘エルフちゃんから、キュン死しちまいそうなセリフが飛んできた。嬉しいよ? 嬉しいんだけどさアリューダちゃん、知らないと思うけど、そういうの『死亡フラグ』っていうの。こういう時に、それ立てちゃダメ。ホントに死んじゃうから!
目に涙を溜めたアリューダが、おれに背を向けて走り出した。それでいいんだ。頼むからお前だけは死なないでくれ。視界の端に、メルアッタを背負って走っていくベヌーがチラリと映った。

ひとまずこれでよしっと。
突進の気配を感じたので地面をひと転がりして犬から距離を取り、素早く立ち上がった。(うな)り声が雷鳴のように腹に響いてくる。目の前にいるのは殺意の(かたま)りと化したバケモノだ。だが(ひる)んじゃいけねえ。喧嘩では、殴り合う前の気迫勝負も重要だ。おれも精一杯闘気を放って敵に圧をかける。
さてと。
こんなのに勝てる見込みなんかノミの鼻クソほどもねえ、これは死ぬな。

「狂獣と言われたこの梶龍彦様の最期の喧嘩相手は、本物の狂獣か。いいねえ、最高だ」

できれば鍛え込んだ喧嘩上等高性能ボディで()りたかったとこだけどな、まあ仕方ねえ。
深呼吸を繰り返し、息を整える。コイツ、明らかにイスタルシアを狙ってやがった。どれが神だかわかるのか? とにかく逃げてるアイツらを追わせるわけにはいかねえ。今は闘気の圧でかろうじてギガスを押さえているが。しかしこのヘナヘナボディで戦って果たして何秒稼げるだろうか。
ふと思う。
これゲームなんだよな、一応。HPゼロになるとどうなるんだ? 死んじまって終わりなのか。それとも復活とかあんのかね。一番大事なことを聞き忘れてたな。ボケてたぜまったく。

おれはゆっくりと腕を上げ、馴染みのファイティングポーズを取った。
相手をジックリと見てみる。体高1.7メートル、特大サイズのライオンみてえな体躯。闘いぶりを見た限り、パワーだけじゃなくスピードもある。正面からいったらひとたまりもない。

勝機を(つか)むのならただ一点。最後の望みの『あれ』に全てを賭けるしかねえ。

『あれ』をどう活用するか。考える時間を稼ぐため、おれはステップを踏みながらギガスの周りを時計回りに回り始めた。コイツも少しだが消耗しているようだ。原因は『あれ』だ。

右の脇腹に突き立てられた、メルアッタの刀。

刺さっているのは20センチくらいだろう。だが強靭な筋肉が傷口を引き(しぼ)ってるせいで、抜けないでブラ下がってるんだ。どうする、引き抜いて使うか、それとも取り付いてもっと深く(ねじ)り込むか。
決めるより先にギガスが動いた。予備動作なしの突進、首筋に嚙みつこうと飛びかかってくる。地面を蹴って大きく横に飛び、これをかわす。いや、かわしたと思ったんだが。ギガスは着地した瞬間直角に向きを変えて、もう一度おれ目掛けて飛んだ。これをかわせず、ボディのド真ん中に頭突きを食らう。吹っ飛ばされ(ぎわ)に、巨獣の爪が胸部を襲った。また左肩が裂かれ、プロテクターの心臓部分をガードしていた金属板が(はじ)け飛んだ。

「ゴフッ」

地面に(ひざ)を着いた姿勢で血を吐く。車に衝突されたような頭突きだった。
強い。左へ行くと見せかけて右へ飛んだんだが、そのフェイントを初見で見破りやがった。ジワジワ削られてはマズい、一気に決めないと。さあどうする、考えろ!
おれは立ち上がると、ギガスを(にら)みながら変則的なファイティングポーズを取った。

「決めてやるぜ犬ッコロ。かかって来いよ」

体を完全に横向きにしているおれは、前に出している左手でチョイチョイと手招きし、巨獣を誘った。咆吼(ほうこう)ととももにギガスがまた飛ぶ。

「不合格だっ、テメェの攻撃は単調過ぎるんだよ!!」

横向きになって、ギガスに見えないよう後ろに隠していたおれの右の手の中には、初めて作った火球があった。

「食らえ、ファイアボールッッ」

ボールを投げる要領で、火の玉を思い切りデカ犬の顔面に叩きつける。効かねえだろ? 効かなくていいんだよ、一瞬だけ目をつぶってくれりゃあな! そのままダッシュ、ギガスに正面から突っ込む。一瞬のスキを突いて敵の両前脚の間に勢い良くスライディングした。よし入った!! ギガスの腹の下に潜り込んだぞ!!! すかさず両脚で、巨獣の太い右後ろ脚をガッチリ(はさ)みこむ。同時に両手で、ギガスの右脇腹に刺さっている刀の(つか)をしっかり握り締めた。

「うおおおおああっっちいいいいぃぃぃっっっ!!!」

両脚が、巨獣の体と接している右半身がジュウジュウと音を立てて焼け焦げる。その体をズタズタに引き裂かれるような、一瞬で発狂しそうになるほどの激痛が、全身の筋肉にまるで核爆発のような超覚醒をもたらした。
これが『火事場のクソ力』ってヤツか?
渾身の力を込めた一瞬で、刀がズッポリと根元まで腹に埋まった。ギガスの落雷のような咆吼(ほうこう)
あかん、3秒で限界がきた。体を焼かれる痛みに耐えきれず、ギガスの後ろ脚をロックしていた脚を()き、刀から手を放す。やってやった、目的は達成した。
地面に落下したと同時に強靭な後ろ脚で蹴られる。それはボディのド真ん中にクリティカルヒット、おれは撃ち出された砲弾のような速度で転がっていく。デコボコの地面で不規則にバウンドし、横になったり縦になったりしながら、全身あらゆる所が次々と大地に叩きつけられる。最後にドーンと背中から落ちて、ようやく回転が止まった。

飛びそうになる意識を、全身の激痛がかろうじて(つな)ぎ留めている。だがもう動けねえ、いったい何ヶ所折れたろう……ヤベェなコレは。それでも最後の力を振り絞り、どうにか首から上だけを動かしてギガスの方を見た。どうだ、効いたか? 死力を尽くして与えたダメージはどんなもんだ?

バルハウンドギガスは平然とした顔でこちらを見ていた。右脇腹に刺さった刀は胴体を貫通し、左の脇腹から切っ先が飛び出ている。なのにヤツはしっかりと四肢で立ち、全く(おとろ)えない闘志に燃える目でおれを(にら)んでやがる。
あーあーあ、ダメだこりゃ、参った。
大きく息を吐いた。うーん、タバコで一服してえなあ、やめてだいぶ経つけど。ベストは尽くした。やれるだけやった。ヤツの力が上だったってことだ、しょうがねえ。
ギガスがゆっくりと近づいて来た。あっという間の2度目の人生だったなあ。静かに死を覚悟した、その時。

「ヒャッッハアァーーーッッ!!」

突然そばで奇声が上がった。驚いて顔を上げると、見覚えのある小さな犬っ娘が、ギガスの前に飛び出し立ちはだかった。オイオイッ、なんでここにいるんだウーフェルファ! 皆と一緒に逃げなかったのか!?
ウーフがピュンと放った短い矢が、ピッタリ巨獣の右の鼻の穴に飛び込む。続けて放った矢は、今度は左の鼻の穴に突き刺さる。ギガスはあっという間に、とんでもなく間抜けなツラになった。

「お尻ぺんぺんだヨー、こっち来いバカいぬー」

デコのあたりにダメ押しでもう1本矢が刺さる。ブツリという音が聞こえたような気がした。これ以上は無理ってくらいギガスの目が吊り上っている。体を包む炎がめっちゃデカくなった。

うん、これはアレだな。

ギガス、ブチギレてる。

もう一度奇声を上げチビ犬っ娘が走り出すと、巨獣は狂ったように頭を振りながら()えまくり、そして猛然と追走を開始した。

「お前は早く逃げろヨー」

みるみる遠ざかって行く犬っ娘は、最後に大声でそう言った。バカタレが、なんで戻ってきやがったんだ、まったく。
体を動かそうとする。全身に走ったあまりの激痛に耐えきれず、吐いた。激しい痛みと心地よいようなダルさが混じった、なんとも奇妙な感覚。立たなければという意志と、このまま寝ていたいという欲求が、頭の中で激しく戦っている。
結局おれは立ち上がろうとモガいた。立たなくちゃいけねえ、立って歩かなくちゃ。そう、歩いて戻らなきゃいけねえ、街まで。
命懸けで(おとり)になってくれたウーフェルファのために。
めちゃめちゃ可愛い声で待ってると言ってくれたアリューダのために。
そしてボンクラ女神イスタルシアに、キツい説教くれてやるために。
必死でモガいた。そばで見てるヤツがいたら、おれは地面に寝っ転がったまま奇妙なダンスを踊ってるように見えたろう。おれは精一杯頑張った。だが立ち上がることはできず、力尽きた。
冷たい地面を枕にまっすぐ見上げた空。
綺麗な三日月が浮かんでいた。

◾️ ◾️ ◾️

(うす)く薄く、ほんのわずかに意識が戻る。
揺れている。

……ここはどこだ?

(せき)込み、少し血を吐く。
遠くの方で声が聞こえた。

『わたしはウーフのように足が速くないから、助けに来るのが遅くなってしまった。すまない』

なんかハーブみたいないい香りがする。体があったけえな。
……眠い。

寝るか。
おれはもう一度目を閉じた。

◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️

夢を見ていた。

おれの一番のお気に入りラーメン屋『ともえ』。おれの右隣りには、定席であるカウンターの一番端に座るマサ兄ぃ。いつもの大盛りチャーシュー麺を食っている。おれはもちろん煮卵入りのワンタン麺だ、いつものな。

「男はニンニクだ、なあ(たつ)。ニンニクは侠気(おとこぎ)よ。ヤクザってのはなあ、ニンニク入れてなんぼだ、わかるか龍?」

「はい兄ぃ、その通りっすね」

おれは深く(うなず)く。

「お前はおれが(おとこ)にしてやる。信じてついてこい、いいな龍?」

兄ぃはそう言って、洗面器みたいな器でおれの丼にザボリとニンニクを盛った。特大のかき氷みたいなニンニクの山で、煮卵もワンタンも麺も見えなくなる。

「あの兄ぃ、こりゃあ……」

「なんだ、足りねえか?」

ザボリともう一杯盛られる。

「あ、兄ぃ!」

「なんだ龍、まだ足りねえのか?」

ザボリ。そしてザボリ。もう一杯ザボリ。さらにもう一杯ザボリ。さらにさらにもう一杯もう一杯、もういっぱいいっぱいよぉ、そしてもう一杯もう一杯もうもうもうもう兄ぃったら、もお♡
丼の中身は天井まで届くニンニク柱になった。

「食え」

兄ぃに言われて恐る恐る、ニンニク柱の根元の方を少しつまみ取って口に入れる。
……!! なにこれ、甘ぁい。もうひとつまみ。
するとバランスを失ったニンニク柱がグラリと傾き。そして崩れてきた。ニンニクは時速200キロの雪崩となり、おれは押し流され、ゴロンゴロン転がり、雪崩はさらに速度を増し、おれ回る回る回る転がる転がる転がる、

「うおおおおああああぁぁぁっっっ!!」

目が覚めた。
霞んでいた視界が、少しずつピントが合ってハッキリしてくる。
澄んだ綺麗な瞳が見下ろしている。
柔らかくて暖かいものが頭の下にある。

「大丈夫か龍彦。アリューダがたくさんヒールをかけてくれたんだけど」

ボヤけていた意識の焦点が合い、上下感覚がピシリと戻り、おれは状況を把握した。黒髪クール剣士のメルアッタに膝枕(ひざまくら)をされてるんだ。

「どこだここは。街か?」

尋ねるおれの声は、びっくりするくらいシワガレていた。

「そうだよ」

「おれはどうやってここまで戻った?」

おれを見下ろしながら、メルアッタは静かに言った。

「わたしが背負って戻ってきたんだ。龍彦は死にかけてたんだよ」

そうだった。思い出した。
ゆっくりと重たい体を起こす。日が落ちて暗くなり、街灯に火が入っている。辺りを見回し、太い木の脇のベンチにいるのだと理解する。公園の中みたいだ。

「まだ寝てていいんだぞ?」

メルアッタの声は優しい。そうだな、お前の膝、いやモモ枕は気持ち良くって起きるのは惜しいんだが。
もう一度周囲を見回す。アイツはどこだ。9割9分あの世に逝っていた、崖っぷちに指1本でブラ下がっていたおれを引っ張り上げてくれた、救ってくれた、小さな勇者は。

「ウーフェルファはどこだ?」

おれが尋ねると。苦しそうな表情になったメルアッタが、静かに目を伏せた。

「おい、ウーフはどこだ。戻ってきてんだろ?」

悲しそうな顔のメルは、(うつむ)いたまま黙っている。おいおいおい、嘘だろ!?

「ちゃんと聞いてることに答えてくれ! 黙ってちゃわからねえ、ウーフはどこだ!!」

メルがポツリと(つぶや)いた。淋しげに。

「ウーフは……いないんだ」

……。

…………。

…………………!!!!???

「なんだとおおおおおおぉぉぉぉ!!!!??」

おれは立ち上がって絶叫した。
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