十二 清太郎一味の賭場襲撃

文字数 1,079文字

 暮れ六ツ(午後六時)。
 日が暮れて半時も経った頃、石田は後藤伊織に導かれて廊下を戻った。

「賭場に入る前、客は皆、得物を取りあげられます」
 後藤伊織はそう言って、賭場が開かれている中間部屋と襖を外してひと続きになっている隣の中間部屋を示した。
 木太刀を持った四人の中間が、刀(打刀と脇差)や匕首(あいくち)が入った箱を囲んでいる。客が賭場に入る前に預けた得物だ。その先に、掛け金を掛札と交換する帳場がある。

「その後、客は、胴元の帳場で掛け金を掛札と交換して、隣の中間部屋に入り、賭場に座ります」
 後藤伊織は、賭場が開かれている中間部屋を示した。

 賭場の隅に若い者が三人いた。一人はあの清太郎だった。
 賭場の様子を探りに来たな・・・。
 石田がそう思って三人を見ると、三人は右手を袖の中に引っこめて袂で右手を動かし、袖から手を出した。清太郎の右手は親指を除く四本の指||((のみ)のカツラ(下がり輪)がはまっている。仲間の二人も清太郎のように、右手の四本の指に鉄の輪がはまっていた。

 三人の右手を見て、後藤伊織が、あっ、と口を開きかけた。咄嗟に石田は後藤伊織の二の腕を掴んだ。石田は後藤伊織を、賭場になっている中間部屋の入り口の横へ移動させ、己も柱の陰に身を潜めた。石田も後藤伊織も大柄だが、紺色の小袖と紺色の袴姿で廊下の暗がりに居たため、大きな蝋燭が何本も灯された明るい賭場から、二人の姿は見えていなかった。


 清太郎たち三人が、隣の中間部屋の帳場へ歩いた。帳場の胴元も、その背後にいる得物を見張る中間も、三人が持ち金を掛札に換えると思った。
 帳場に近づいた清太郎たち三人が、一瞬に鉄の輪がはまった右拳で、得物を見張る中間四人を殴り倒した。さらに得物が入っている箱から匕首を取り、一人が背後から中間の首に手を巻きつけて首筋に匕首を触れた。
 清太郎は、帳場の胴元の首根っこを押えて匕首を首筋に当て、
「袋に小判だけを入れろっ」
 と叫んだ。もう一人が胴元に袋を三つ渡した。

 石田は隙を見て、賭場になっている中間部屋の入口から、廊下伝いに、中間たちが得物を見張っていた中間部屋の廊下へ移動した。障子戸の陰になった石田と後藤伊織に、清太郎たちは気づいていない。

 小判が入った袋を受けとると、清太郎たちは中間と胴元を殴り倒して、座敷から廊下へ出た。その瞬間、清太郎と仲間二人を、石田は刀の峰で、後藤伊織は木太刀で打ち倒した。
 ただちに石田は後藤伊織に頼んで、隅田村の白鬚社の番小屋にいる石田の仲間を呼び寄せるよう早馬の使いを走らせた。
 半時(はんとき)ほどで、石田の仲間が小梅の水戸徳川家下屋敷に現われた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み