十五 始末

文字数 2,287文字

 その夜のうちに、清太郎は手を後ろ手に縛られて、石田たち五人に引っ立てられ、日本橋呉服町二丁目の山科屋清兵衛に身柄を引き渡された。髻の結を切られた清太郎は、手を後ろ手に縛られたまま、山科屋の店の土間に座らされた。

「倅は店を継ぎたくなくて大工をしたい腹癒せに、金も無いのに吉原へ通って花代を踏み倒した。それなら、嫁をもらって嫁に店を任せてお前は大工をしろ、と話したが、まだその返事をもらっておらぬ。
 また、水戸徳川家下屋敷で賭場を荒した咎は消えておらぬ。
 返事のしようによっては、お前の身柄を水戸徳川家下屋敷の留守居役に引き渡す。
 その場合、どうなるか分かっておろうな。
 逃げても無駄だ。我ら五人はどこまでもお前を探す」
 石田は清太郎に、兄弟子たちの身がどうなったか、暗に言って聞かせた。

「親爺っ。俺に嫁を探してくれっ。店を継げる嫁だっ。そして、俺は大工をするっ。
 いいだろう。そうしねえと、俺は首を刎ねられるっ」
 土間に座る清太郎が、上目づかいに清兵衛を睨んだ。涙まみれの目は血走っている。
 清兵衛は嘆かわしいと言うように、首を横に振って穏やかに清太郎に言った。

「それなら首を刎ねてもらいなさい。打ち首覚悟で賭場を荒して捕まったのだ。
 打ち首になっても、文句を言えません」
 父親の言葉に、清太郎は憤慨した。
「何だとっ。それでも親かっ」

 清太郎が憤慨すればするほど、清兵衛はおちついて冷静に言う。
「私には、店を継ぐのが嫌で店から逃げだすような、肝っ玉の小さい倅はいませんよ。
 まともな倅なら、本当の気持ちを親の私に話すでしょう。
 親に気持ちも伝えずに放蕩を重ね、親に気づいてもらうのを待つなど、物の道理も分からぬ(わらべ)がすること。童が嫁を持つなど、とんでもありません。
 たとえ嫁をもらっても、嫁と子の世話を投げ出すのが落ちです」
 そう言うと、清兵衛は石田たちを真顔で見た。
「石田さん。皆さん。この男を水戸徳川家下屋敷に突き出して、打ち首にしてください。
 御上に、放蕩のために親子の縁を切った、と報告しますゆえ、御心配には及びませぬ。
 本日はご苦労様でした。お礼をお持ちください。
 そして、その男を水戸徳川家下屋敷へ突き出してください」
 清兵衛は毅然とそう言い、丁重に石田たちに頭を下げて礼金を渡した。

「分かりました、清兵衛さん。北町奉行所はすぐそこだ。
 明朝早々、清兵衛さんは、
『倅は、放蕩のために、親子の縁を切った』
 と報告して下され。
 倅の首、ここで刎ねても構いませぬか」
 石田は、土間に座りこんでいる清太郎を見た。
 清太郎は震え上がった。清太郎は兄弟子たちが頸動脈を刎ねられたのを見ている。
「ここでは困ります。打ち首にするなら、水戸徳川家下屋敷か北町奉行所でお願いします。
 ただし、親子の縁を切った、と御上に報告した後にしてくださいまし」
 清兵衛の言葉に、清太郎はがっくりうなだれた。

 石田は清兵衛に、隣町の日本橋元大工町二丁目を目配せした。清兵衛は石田の目配せを理解して頷いた。
「では、倅の身柄は、この石田が思い通りにして良いのですね」
「明日の朝以降なら、打ち首でも、何でもなさってくださいまし」
「では今宵は、我らをここに泊めて下され。
 咎人を交代で見張り、明朝早々に、北町奉行所にて手打ちにしましょう」
 石田はそう言って、寝食の用意をさせた。


 翌日。神無月(十月)十二日。曇天の明け六ツ(午前六時)前。
 石田と仲間は清太郎を引っ立て、日本橋呉服町二丁目の呉服問屋山科屋を出た。
 北町奉行所への道中、隣町の日本橋元大工町二丁目の大工、頭領の八吉の長屋に寄り、兄弟子二人が賭場荒らしの咎で死罪になった事を告げた。清太郎は手を後ろ手に縛られたまま長屋の土間に座らされている。

「こやつも賭場荒らしの一味ですが、私たちが身柄を預かりました。
 頭領に預けますので、いろいろ仕込んで下さい。
 お麻さんも、よろしくお願い致します。
 何かあれば、隅田村の我らの元に知らせて下さい。即刻、打ち首にします」
 石田はそう言って八吉と娘の麻に頭を下げた。石田と八吉と娘の麻は、与力の藤堂八郎と側室八重を通じて、石田の知り合いだ。

「わかりました。石田さんの噂は、与力の藤堂八郎様から聞いております。
 特使探索方や水戸徳川家下屋敷の留守居役ともお知り合いとは、畏れいりました」
 八吉は、北町奉行所や水戸徳川家の屋敷の普請を請け負っている大工の頭領だ。藤堂八郎からいろいろ聞いて、石田たちの事情は知っている。
「あの二人の兄弟子、いつかは何かしでかすと思ったよ。
 太郎も改心して、真面目に働けよ」
 麻は清太郎より歳上らしくそう言って清太郎を太郎と呼んだ。

「呉服問屋山科屋との縁を切られたお前だ。頭領を親と思って修業に励め。
 もはや、逃れる所は無い。辛くなったら、いつなりとも頭領に言え。
 その折は我らがお前の首を刎ねる故、安心致せ」
 石田にそう言われ、清太郎は何も言えず、俯いたまま土間に座っている。
「では、頭領。お麻さん。清太郎を頼みます」
 石田たち五人は八吉と麻に深々と御辞儀した。

 石田たちは長屋を出た。
 石田は気になって通りの西、呉服橋御門方向を見た。北町奉行所へ向かう清太郎の父の清兵衛の後ろ姿が見えた。寂しげな後ろ姿だった。
 全て清太郎の父の清兵衛が納得するように進めた。後は清太郎が忍耐強く修業に励むだけだ。そして、お麻さんは良き姐さん女房代りになるだろう・・・。
 石田は、麻が呉服問屋山科屋の仕立物を引き受けているのを知っていた。清太郎の父の清兵衛は仕立物を通じてお麻との付き合いは長い。
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