十三 清太郎一味の捕縛

文字数 1,755文字

 宵五ツ(午後八時)過ぎ。
「目が覚めたか」
 後藤伊織は松の枝を見上げた。石田の仲間たちが持つ龕灯(がんどう)に照らされ、腕と手を麻縄で後ろ手に縛られた清太郎と仲間二人が奥庭の松の枝に吊されている。 
「如何なる理由で賭場を襲ったか言えっ」
「・・・」
 後藤伊織の問いに清太郎たちは黙秘している。
「訳を話しなさい。事によっては相談に乗ります・・・」
 石田は穏やかに訊いたが三人は何も言わない。

「如何なる理由で賭場を襲ったかを言わぬなら、留守居役の私の裁量により、打ち首に致す。ここは水戸徳川家下屋敷だ。公儀も町方も手出しできぬ。
 何かあっても公儀には、留守居役の後藤伊織の裁量により、屋敷に侵入した夜盗を打ち首にした、と報告すれば事は済む」
「・・・」
 後藤伊織の言葉にも清太郎たちは何も言わない。
「即刻、打ち首に致すっ。此奴らを降ろせっ」
 後藤伊織が中間たちに命じ、腰に帯びた刀の柄に手をかけた。
 松の枝に吊された清太郎たちは震えた。

「降ろすまでもなろう。私に任せて下さい」
「良かろう・・・」
 石田は後藤伊織の許可を得て、三人が吊されている松に近づいた。
「お前たちは賭場を襲い、四人の中間と胴元の一人に怪我を負わせた。
 夜盗は死罪だ。町方に、水戸徳川家下屋敷に夜盗が入り、中間たちに怪我を負わせた、とお前らを突き出せば、確実に死罪だ。
 ここ水戸徳川家下屋敷の留守居役、後藤伊織殿の裁量によれば、直ちに打ち首だ。
 町方に任せるか、水戸徳川家下屋敷留守居役殿に任せるか、どっちだ。答えろ」
 日頃穏やかな口調の石田が激しく詰めよった。
 三人は黙秘している。

 石田は一瞬に刀を抜いて鞘に納めた。
 三人の髷が地面に落ちた。髻が結いの下で斬られている。
 三人は震えた。着物の股間が小便で濡れ、滴りが足から地面に落ちている。

「話す気になったか」
 石田の問いに清太郎が頷いた。
「賭場を荒らした訳を答えろ」
「はい・・・」
 清太郎は話した。
 賭場を襲ったのは、賭場を襲って金を手に入れ、遊郭で遊ぼうとしての憂さ晴らしだった。原因は家業の継承だ。清太郎は呉服にまったく興味が無く、父の清兵衛が営む日本橋の呉服問屋山科屋を継ぐ気は無い。大工をしたいのだ。親に内密で、呉服問屋山科屋がある日本橋呉服町二丁目の隣町、日本橋元大工町二丁目の長屋に住む、大工の頭領の八吉に弟子入りしている。

 石田は、与力の藤堂八郎を通じ、大工の頭領の八吉と知り合いだ。
「なぜ、親に己の気持ちを話さぬのだ。このような事をしても、まともな大工になれぬばかりか、呉服問屋を営む父をも説得できぬ。もっとまともな生活をできるはずだ」
「子は俺だけだ。親戚にも店を継ぐような男はいねえ」
「それなら嫁をもらって嫁に家業を任せ、お前は大工をすれば良いではないか。
 織機を作れ。家業にも大工にも関われる。
 好いた女はおらぬのか」
「女はいるが花魁だ。俺が呉服屋を継げば楽ができると思ってる。あの女は呉服問屋なんぞ継げる玉じゃねえ。あいつは、己が努力して遊郭から抜けようなんぞ、さらさら思っちゃいねえ。文字を書けるが算盤はできねえ。呉服問屋なんぞ継げねえ。俺が呉服屋を継がねば一緒になる気はねえ」
「ならば、親に話して、店を継げる嫁をもらい、お前は大工修行に励め」
 石田がそう言うが、清太郎は、
「・・・」
 何も答えない。

「そっちの二人、お前たちは何者だ」
「大工の弟子仲間だ・・・」。
「賭場を荒した訳は何だ」
「金目当てで清太郎に近づいたが、もう親から金を貰えねえから、清太郎をけしかけて賭場を襲った」
 小便で股間を濡らした弟子仲間の一人がそう言った。
「打ち首は覚悟だな」
「あたぼうよっ」
 小便で股間を濡らしたもう一人が、粋がって偉そうにしている。
「お前たちを町方に渡して親の前で死罪になるか、ここで留守居役殿の手で打ち首になるか、どちらかを選べ」
 石田はそう言って二人を睨んだ。

「すきにしやがれっ。俺たちにゃ親も身寄りもいねえっ」
 龕灯に照らされた二人は動じていない。石田の仲間と後藤伊織は何も言わなかった。
「清太郎。二人に身寄りはいないのか」
「いない・・・」
「では、見せしめに一人の首を撥ねる。
 誰にするか三人で決めろ」
 そう言って、石田は後藤伊織と仲間と共に、後藤伊織が詰める留守居役の座敷に入った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み