十 花代取り立てと新たな始末

文字数 2,007文字

 朝五ツ半(午前九時)前。
 石田は白鬚社の番小屋に戻った。四人の仲間に、日野唐十郎との打ち合せと、今日の始末の段取りを説明して、仲間とともに白鬚社の番小屋を出た。

 昼四ツ(午前十時)
 石田たち五人は日本橋の呉服問屋山科屋に着いた。
 石田の仲間二人が山科屋の前に立って、店に入ろうとする客を、取り込み中です、と丁重にお断りした。
 石田と仲間二人は山科屋に入り、清太郎の父の清兵衛に花代取り立ての証文と、与力の藤堂八郎がしたためた花代取り立て承諾の証文を見せた。

「大変に申し訳ありませんでした。この通り、代金を用意しました。
 二十九両十五朱二百五十文。しめて三十両です。お確かめください」
 石田は受けとった花代を確認した。石田たち五人の取り分は三十両の二割、六両だ。一人分は一両三朱五十文だ。
「まちがありません」

「では、皆様の分と、石田屋さんの分を仕分けいたします」
 山科屋清兵衛は二十四両の紙包みと、五つの一両三朱五十文の紙包みを作って、石田たちに渡した。そして、しみじみと語った。
「いつか、こんな日が来ると覚悟していました。
 噂はかねがねお聞きしておりましたので、始末屋が石田さんで安心しました。
 店の者は奥へ引っこめましたから、洗いざらい申し上げます」
 山科屋清兵衛は清太郎の素行の悪さを説明して、清太郎が仲間と何か悪事を企んでいると告げた。清太郎は吉原から戻った後、しばらく店にいたが、昨夕出ていったまま戻っていなかった。

「倅が悪事を働く前に、何とか取り押さえて欲しいのです。
 倅が捕縛されれば、私どもも咎められて店は取り潰され、奉公人は路頭に迷います。
 どうか、倅を捕まえてください。
 捕まえたら、皆様五人に、五両ずつさし上げます。
 いかがですか」
 話が妙に方へ進んでいる。
「倅の悪事を阻んでください」
「わかりました。何とかしてみましょう」
 石田たちは花代を受けとって店を出た。


 昼四ツ半(午前十一時)
 石田は仲間四人を連れて吉原の石田屋に戻った。石田屋幸右衛門に花代二十四両を渡して、清太郎の父、山科屋清兵衛からの依頼を幸右衛門に伝えた。石田の仲間は幸右衛門の計らいで別室で昼餉を食している。

「花代を取り立てに行った先で、別の始末を依頼されるとは、石田さんのお人柄です。
 吉原には大見世や中見世だけでなく、うちのような小見世があります。
 大見世や中見世はお抱えの始末屋がおりますが、小見世にはそうした者がおりませぬ。
 この際、石田さんのお仲間たちを、小見世協同の始末屋に推挙したいのです。
 いかがなものでしようか」
「この吉原に住めと仰せですか」
「そうではありません。交代で小見世に泊まり込んで、小見世の始末と警護を皆さんに引き受けて欲しいのです。
 皆さんの評判は聞いていますよ。隅田村で読み書き算盤を教えて隅田村を警護しているのは承知しています。それは続けてください。その合間に始末してくれればいいのです。
 皆さんのように、穏便に始末できる方はいないんですよ・・・」
 幸右衛門は穏やかにそう言った。

「わかりました。皆と話します」
 石田は仲間四人を呼んで幸右衛門の提案を告げた。
 どのような日取りで泊まり込むかは仲間内で話し合うとして、石田の仲間たちは幸右衛門の提案を承諾した。
「石田さんも昼餉を食べてください。御内儀に伝えてあります」
「はい、馳走になります」
 石田はそう言って、別室の仲間たちとともに昼餉の膳に着いた。


 食後。石田と仲間たちは幸右衛門の案内で遊郭の小見世へ案内された。見世の主との顔見せである。どの見世でも、石田たちに一部屋設けるから用心棒を兼ねて住み込んでくれ、と言われたが、始末の打ち合せを兼ねていずれかの小見世に、石田と仲間たちが交代で二人泊ることで見世の主たちを納得させた。石田の仲間は石田同様、義理人情に厚く、隅田村から離れられない。
 見世の主たちとの顔見せがすむと、四人の仲間は隅田村の白鬚社の番小屋へ帰路に着いた。

 石田は、夕刻に小梅の水戸徳川家下屋敷へ行くため、石田屋の小夜の元へ戻った。
「お帰りなさい。話は幸右衛門さんから聞きました。
 旦那様と会える日が増えて、私、うれしいっ」
 小夜は石田に抱きついた。石田も小夜を抱きしめた。
「小夜。これを私からだと言って親御に送りなさい。
 それと清太郎の父山科屋清兵衛から始末を依頼されました・・・」
 石田は小夜を抱きしめたまま、始末の礼金を小夜に渡して、清太郎の父の清兵衛から請け負った始末を説明した。

「くれぐれも、怪我をしないように気をつけてね・・・」
 小夜は石田の身を案じている。
「わかりました。気をつけますよ」
 石田は小夜を抱きしめた。小夜の肩が石田の胸の中にすっぽり納まっている。

 貧しい郷士の家で育って家計を切り盛りしてきた小夜は、これほど大切に思われたことも、扱われたこともない。何があっても石田と離れたくないと思った。
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