十四 死罪

文字数 1,577文字

 座敷で石田は後藤伊織に訊いた。
「私の判断であの者たちの首を斬ったなら、こちらの屋敷で仏を始末して下さるか」
「如何にも。この下屋敷か町方のいずれかで死罪になる身なれば、致し方なかろう。
 されど、山科屋清兵衛に頼まれた請け負い事を果しなさい。仕事と割り切って清太郎を親に渡すのです。中間たちの怪我は大したことはない。
 私とて仕来りだの習わしだのと、家柄だけで水戸徳川家上屋敷の父の元に居るのに不満があって、ここ下屋敷の留守居役を引き受けた。ここにいる限り、水戸家家臣の上下関係に煩わされなくて済む。
 私がこのように思うようになったのは日野先生の御陰だ。何と説明してよいかわからぬが、日野先生から剣を学んで以来、物事の解釈が変わった。日野先生の行ないは、石田さんと似ている気がする・・・
 清太郎は説得できても、仲間二人は並みの説得では改心せぬだろう」
 清太郎は荒れていた過去の己に似ている・・・。日野唐十郎の指導で剣の修業をしている後藤伊織はそう思った。
「後藤殿もそう思いますか」と石田。
「うむ」
 後藤伊織が頷いている。


 しばらくすると、後藤伊織と石田たちは奥庭へ出た。
 石田は清太郎に、吉原の花代の話と、清太郎の父山科屋清兵衛からの依頼を話した。
「清太郎。お前もいずれ嫁をもらって子ができる。その折になれば、妻と子に対する己の責任が生まれ、家族から逃げる訳にはゆかなくなる。
 お前の父には、家族への責任と、奉公人への責任がある。親として倅の行ないを見逃す訳にはゆかぬのだ。その事は、お前が妻と子を持って、その子が大きくなった折に分かる」
 清太郎は石田の説得を認めたが、仲間二人は認めない。留守居役の部屋で後藤伊織が話したように、明らかに態度が常人と違う。その事は、居合いの達人の石田や手練れの仲間たちにはよく分かった。この二人は根っからの悪党だ・・・。

「さて、誰の首を刎ねるか決めたか」
「清太郎だ」
 清太郎の仲間二人がそう言った。
「お前たち二人で決めたのか、三人で決めたのか、どっちだ。
 清太郎。答えろ」
「二人が決めた・・・」
「大工の兄弟子は誰だ」
「この二人だ。捨蔵と留吉だ。俺は弟弟子だ・・・」
 清太郎がそう言った。

「賭場荒らしを言いだしたのは、誰だ」
 石田は清太郎に訊いた。
「捨蔵と留吉だ」
「吉原の借金は三等分か」
「俺が呉服問屋の倅だと知って、二人が勝手に俺の払いにした。
『金がねえなら、水戸徳川家下屋敷の賭場を襲えばいい。水戸家下屋敷の賭場だから町方は手だししねえし、御法度の賭場だから、賭場を開いた水戸家も知らんぷりする』
 と言った・・・」
 石田の問いに、清太郎は悔しそうにそう答えた。
 吉原の借金を清太郎に押しつけ、さらに賭場荒らしの咎を押しつけたか・・・。
 此奴らは許せぬ・・・。石田はそう思った。


 石田は松の枝に近づいて刀の柄に手を掛け、一瞬に刀を抜いて鞘に納めた。
 松の枝に吊された麻縄を斬られ、大工の兄弟子二人が地面に落ちた。後ろ手に縛っていた麻縄も切れ、二人は手首をさすって安心している。
今生(こんじょう)の別れだ。清太郎に挨拶しておけ」
 石田の言葉で、捨蔵と留吉は、松の枝に吊されている清太郎を見下すように見上げた。
「清太郎。あの夜で女郎と遊びな」
 二人はニタニタ笑いながら清太郎に、あばよ、と言った。

「挨拶は済んだか」
「ああ、終ったぜ」
 そう言ってにやついている兄弟子二人の間を、石田がふらっと歩いた。手を刀の柄に当てた瞬間、刀を抜いて鞘に納めた。
「あぁぁ・・・」
 二人は頸動脈を刎ねられ、首から血を噴き出してその場に倒れた。
「では、後藤殿。後をよろしく頼みます」
「心得ました」
 石田たちは後藤伊織に礼を述べて深々と御辞儀し、ぶるぶる震えている清太郎を松の枝から降ろした。手を後ろ手に縛ったままの清太郎を引っ立てて、水戸徳川家下屋敷を辞去した。
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