第１１話 新人類の恋愛事情
文字数 1,852文字
「もうちょっとゆっくり歩いてちょうだい」
中年の女性が先を歩く少年に声をかける。
「あっ、ごめん、ごめん」
少年は立ち止まり女性が追い付くのを待った。
「じゃあ手をつないで歩こう。次はジェットコースターに乗りたいんだけど」
「わたし苦手なの。下で待ってるわ」
「だめだよ。必ずカップルじゃないと乗れないんだ。嫌なら他の人を探すけど」
少年は、あからさまに不機嫌な表情となり、スマホを操作し始めた。それを見た女性は大慌てで言う。
「わかったよ。怖いけど頑張って一緒に乗るわ」
少年は笑顔に戻り女性の手を握って、行列の最後尾に並んだ。
高所恐怖症の女性の顔は青ざめている。
（マッチングアプリで、ようやくデートできるようになった彼を逃すことはできない…）
この遊園地内で男女カップルは少年と中年の女性の組み合わせばかりである。
その時、警察官が現れ次に乗り込もうとしていた男女カップルを制止した。
「顔認証で逃亡中の手配犯と一致しました。署までご同行願います」
すると、少年が警察官を突き飛ばし、カップルはアトラクションの柵を乗り越え逃げて行った。
その際、女性は顔を隠すように被っていた地味な帽子とスカーフを脱ぎ捨て、長い金髪をなびかせた。
「ともに１０歳台後半の男女カップルが逃走しました。緊急配備してください」
突き飛ばされた警察官は起き上がり、胸元の警察証ワッペンからマイクを引き出し事態を報告する。
あたりは一時この事件で騒然となった。
「ひょー、若者カップルの愛の逃避行か。かっけーなー」
最後尾に並んでいた少年が思わず発した言葉に反応した警察官が、怖い顔をして少年カップルに詰め寄る。
「失礼ですが、顔認証させて貰います」
青ざめていた女性の表情が、いまにも泣きだしそうに変わった。
「５４歳ですね。失礼しました」
女性の年齢を確認した警察官は去って行ったが、少年が驚愕の表情になった。
「５４歳だって！ マッチングアプリのプロフィールでは４４歳だった。嘘だろ？」
「ごっごめんなさい」
女性は蚊の鳴くような声で返事した。
「この嘘つきばばあ！」
少年は顔を真っ赤にして拳を振り上げたが、衆人に注目されていることに気づき、拳を自分の手のひらに打ち付けると、その場から走り去った。
１人残された女性は、その場でしゃがみこんでしまう。
◇◇◇◇
２１世紀末、人類は第３次世界大戦で使用された核により、地球全域が放射能に汚染され滅亡した。
その際に、全世界より極秘裏に選抜された男女各１０人が地下シェルターに逃れ、隔離された空間で人類という種をかろうじてつないだ。
時の経過により人口は数万人程度に増え、地下シェルターは徐々に拡張されて地下都市となった。
新人類は地下都市での『まつりごと』の権限を全てＡＩに委ね、１つのコミュニティーとして、そこには、国家・人種・イデオロギー・宗教といった、対立軸を生む要素は徹底的に排除された。
人々は皆平等の立場なのだ。そのユートピアともいえるコミュニティーで、１つだけ誤算が生じていた。男女の格差である。
核汚染は地下都市新人類の遺伝子にじわじわと影響を及ぼした。
女性が初潮を迎えるのが４０歳で閉経が５５歳、平均寿命が８０歳。
一方、男性は、射精可能年齢は１０歳から２０歳で平均寿命が２０歳と短命である。
この現実を踏まえて、ＡＩはシンプルかつ合理的な下記法律を定めた。
『男女間の交際は、女性が４０～５５歳、男性が１０～２０歳』
違反者は逮捕され収容所送りで、矯正プログラムを受け、悔い改めないと出所できない。
◇◇◇◇
少年に去られた女性は、１人でベンチに座り悄然としている。
（５５歳の誕生日まであと３ケ月。４０歳から婚活を始め、ようやく彼に出会えたのに…）
交際を始めてまだ１ケ月だが、初デートでのぎこちない会話や、すっかり打ち解けてタメ口になった日のこと、初めて恋人つなぎしたときのトキメキ等、彼とのことが次々と脳裏によみがえってくる。遊園地内に閉園を知らせる音楽が流れ、彼女の涙が頬を伝う。とその時、
「あ～、腹減った。飯食いに行こうぜ」
少年が戻って来たのだ。
「どうして？」
彼女は涙声で尋ねる。
「嘘つかれたのには腹が立ったけど、別に嫌いになったほどでもないし…」
少年の顔が赤くなってきた。
「さあ、もう閉園だから行くよ」
少年は照れ隠しなのか、すたすたと歩いていく。
「もうっ、待ってよ」
人工太陽の夕陽に照らされてできた少年と彼女のシルエットは、やがて１つになった。
おしまい
中年の女性が先を歩く少年に声をかける。
「あっ、ごめん、ごめん」
少年は立ち止まり女性が追い付くのを待った。
「じゃあ手をつないで歩こう。次はジェットコースターに乗りたいんだけど」
「わたし苦手なの。下で待ってるわ」
「だめだよ。必ずカップルじゃないと乗れないんだ。嫌なら他の人を探すけど」
少年は、あからさまに不機嫌な表情となり、スマホを操作し始めた。それを見た女性は大慌てで言う。
「わかったよ。怖いけど頑張って一緒に乗るわ」
少年は笑顔に戻り女性の手を握って、行列の最後尾に並んだ。
高所恐怖症の女性の顔は青ざめている。
（マッチングアプリで、ようやくデートできるようになった彼を逃すことはできない…）
この遊園地内で男女カップルは少年と中年の女性の組み合わせばかりである。
その時、警察官が現れ次に乗り込もうとしていた男女カップルを制止した。
「顔認証で逃亡中の手配犯と一致しました。署までご同行願います」
すると、少年が警察官を突き飛ばし、カップルはアトラクションの柵を乗り越え逃げて行った。
その際、女性は顔を隠すように被っていた地味な帽子とスカーフを脱ぎ捨て、長い金髪をなびかせた。
「ともに１０歳台後半の男女カップルが逃走しました。緊急配備してください」
突き飛ばされた警察官は起き上がり、胸元の警察証ワッペンからマイクを引き出し事態を報告する。
あたりは一時この事件で騒然となった。
「ひょー、若者カップルの愛の逃避行か。かっけーなー」
最後尾に並んでいた少年が思わず発した言葉に反応した警察官が、怖い顔をして少年カップルに詰め寄る。
「失礼ですが、顔認証させて貰います」
青ざめていた女性の表情が、いまにも泣きだしそうに変わった。
「５４歳ですね。失礼しました」
女性の年齢を確認した警察官は去って行ったが、少年が驚愕の表情になった。
「５４歳だって！ マッチングアプリのプロフィールでは４４歳だった。嘘だろ？」
「ごっごめんなさい」
女性は蚊の鳴くような声で返事した。
「この嘘つきばばあ！」
少年は顔を真っ赤にして拳を振り上げたが、衆人に注目されていることに気づき、拳を自分の手のひらに打ち付けると、その場から走り去った。
１人残された女性は、その場でしゃがみこんでしまう。
◇◇◇◇
２１世紀末、人類は第３次世界大戦で使用された核により、地球全域が放射能に汚染され滅亡した。
その際に、全世界より極秘裏に選抜された男女各１０人が地下シェルターに逃れ、隔離された空間で人類という種をかろうじてつないだ。
時の経過により人口は数万人程度に増え、地下シェルターは徐々に拡張されて地下都市となった。
新人類は地下都市での『まつりごと』の権限を全てＡＩに委ね、１つのコミュニティーとして、そこには、国家・人種・イデオロギー・宗教といった、対立軸を生む要素は徹底的に排除された。
人々は皆平等の立場なのだ。そのユートピアともいえるコミュニティーで、１つだけ誤算が生じていた。男女の格差である。
核汚染は地下都市新人類の遺伝子にじわじわと影響を及ぼした。
女性が初潮を迎えるのが４０歳で閉経が５５歳、平均寿命が８０歳。
一方、男性は、射精可能年齢は１０歳から２０歳で平均寿命が２０歳と短命である。
この現実を踏まえて、ＡＩはシンプルかつ合理的な下記法律を定めた。
『男女間の交際は、女性が４０～５５歳、男性が１０～２０歳』
違反者は逮捕され収容所送りで、矯正プログラムを受け、悔い改めないと出所できない。
◇◇◇◇
少年に去られた女性は、１人でベンチに座り悄然としている。
（５５歳の誕生日まであと３ケ月。４０歳から婚活を始め、ようやく彼に出会えたのに…）
交際を始めてまだ１ケ月だが、初デートでのぎこちない会話や、すっかり打ち解けてタメ口になった日のこと、初めて恋人つなぎしたときのトキメキ等、彼とのことが次々と脳裏によみがえってくる。遊園地内に閉園を知らせる音楽が流れ、彼女の涙が頬を伝う。とその時、
「あ～、腹減った。飯食いに行こうぜ」
少年が戻って来たのだ。
「どうして？」
彼女は涙声で尋ねる。
「嘘つかれたのには腹が立ったけど、別に嫌いになったほどでもないし…」
少年の顔が赤くなってきた。
「さあ、もう閉園だから行くよ」
少年は照れ隠しなのか、すたすたと歩いていく。
「もうっ、待ってよ」
人工太陽の夕陽に照らされてできた少年と彼女のシルエットは、やがて１つになった。
おしまい
