第6話 俺の第2の人生は初日からなんて刺激的なんだ!

文字数 4,313文字

 目覚めると俺は病室のベッドの上にいた。随分と長い時間寝ていたようだ。しかし、今までここで寝ていた理由どころか、自分が誰なのかすら記憶がない。
 ドアがノックされたので返事をすると、若い女性の看護師が入ってきた。

「お目覚めになりましたね。御気分はいかがですか?」

「頭はすっきりしているし、気分は悪くないが、頭の中はからっぽでどうも記憶がまるでない。俺は誰なんだ?どうして、ここにいるんだ?」

「貴方は、ここで生まれ変わられたんですよ。お名前もご自身でお付けになってください」

 そう言って彼女は、俺に手鏡を渡した。
 これが俺の顔なのか。なかなかの男前じゃないか。起き上がって体を確認する。いわゆる細マッチョで、ボディービルダーのように、見せる筋肉ではなく、無駄をそぎ落とした格闘家のように鍛え上げられた肉体である。
 俺がいきなり全裸になったもんだから、看護師は目のやり場に困り、顔を赤くしている。どうやら俺は相当モテるようだ。

「すみません。ご説明しますので、服を着てください。ご出発1時間前です」

「悪い悪い」

 俺は、看護師から説明を受けた。

「貴方様は、地球の裏側の都市の、警察官になられます」

「ヒュー、いいねぇ。悪い奴らに正義の鉄槌を下してやるぜ」

「念のためため確認します。痴漢行為の量刑は?」

「加害者が男性、被害者が女性の場合、世界刑法145条、男性しかいない孤島に終身流刑」

「正解。オレオレ詐欺の量刑は?」

「世界刑法234条、無人島に終身流刑」

「正解。警察官用世界刑法の睡眠学習もばっちりですね。それでは、お名前はどうなさいますか?」

「クリーン・ハリー、にしてくれ」

「ではハリー、制服に着替えてください」

 ポリスの制服を身に付けると、俺の体にぴったりだ。

「ハリー、とってもお似合いで素敵ですよ。もうお別れの時間です。ベッドに戻ってください」

 彼女は、本当に名残惜しそうな顔を見せた。俺がベッドの上に上がると、彼女はスマホで相手を呼び出す。

「今から、警察官クリーン・ハリーを転送します。そちらの準備はよろしいですか?」

 彼女は相手の返事を確認し、俺に親指を立てて、準備ができていることを知らせてくれた。
 そして、彼女がスイッチを押すと、空間が歪んで穴が開き、その中へ俺を乗せたベッドが飛びこんだ。

 3分後、俺は暗い留置場の中にいた。冗談きついぜ。サプライズってやつだな。

「お~い、誰か来てくれ!」

 すると、俺にスポットライトが照らされ、内階段を俺と同じ制服を着た10数名のメンバーが、駆け下りてきた。

「ようこそ、ハリー」

 そしてアップテンポのタンゴの音楽に合わせて、踊り始めた。フラッシュモブってやつだな。
 旧アルゼンチンの警察官達は、ラテン系のノリで、俺を歓迎してくれたのだった。
 曲が終わると同時の決めポーズに歓声があがり、ようやく俺を留置場から出してくれた。

「所長のブロンソンだ。よく来てくれた。歓迎するよ」

 俺は髭ずらの体格のいい所長に、がっしりハグされ、一瞬息がつまった。
 すると、けたたましいサイレンが鳴り、緊急出動要請のアナウンスがされる。

「B地区に、銀行強盗事件が発生。至急出動せよ。繰り返す。B地区に、銀行強盗事件が発生。至急出動せよ。これは、訓練ではない」

 笑顔で踊っていたメンバーの顔が、一瞬で殺気立った表情に変わり、パトカーに乗り出動していく。

「ハリー、貴方は私の車に乗って!」

 俺はさらさらのブロンドロングヘアーの美女が運転する車の助手席に乗り込んだ。

「まてハリー、これを忘れるな!」

 ブロンソン所長から、拳銃44マグナムを渡された。手に持つとずっしりとした感触が、なんともいえない。初仕事にハイテンションであったが、こいつを手にすると緊張感で身が引き締まる。
 2人を乗せたパトカーは、空飛ぶ車だ。

「ハリー、もうすぐ着くわよ」

「キミの名前は?」

「マルタよ」

「マルタ。この事件が解決したら、デートしようぜ」

「着任早々にナンパ? アンタ、いかれてるわ。でも、オーケーよ!」

 マルタのウインクに、俺のハートは一気に燃え上がった。
 俺は飛行する車から飛び降り、散弾銃を構える犯人に一直線に向かっていった。
 せっかく始まった、セカンドライフが1日で終わってしまうかもしれないが、俺は、この命を燃やすようなヒリヒリする感じを求めていたようだ。
 44マグナムの銃口を犯人のこめかみに向けると、俺はなんのためらいもなく、引き金を引いた。

 ◆◆◆◆

 2323年、世界の人口の減少に歯止めがかからず、とうとう社会活動を維持するための要員の不足が出てきた。
 振り返れば、20世紀の2つの世界大戦とスペイン風邪、21世紀の様々な地域紛争と新型コロナウイルスでの死者数が痛手であった。
 22世紀後半にようやく世界政府ができ、平和な世の中になったが、その時点で人口は存続可能数の半分以下になっていた。

 世界政府はこの事態への対応を、やれることは全て実施してきた。
 出産、子育て、教育の費用は婚外子も含め完全無償化され、一夫多妻、一妻多夫は法的にも許容されるようになった。
 さらに、人工受精卵を人工母体で出産させて、社会全体の子供として育成する方法も検討されたが、倫理的な問題でNGとなった。
 出生率のカーブは一時は上昇に転じたものの、2.0を超えるにはいたらず失速し、その後はあっという間に下降線をたどり、とうとう0.5未満になった。
 仕事のAIロボットへの移管もどんどん進んだが、兵士、警察官、政治家へも移管したところ、いつの間にか組織化させていたAIロボットが一斉蜂起するクーデターが起こり、人類対AIロボットの戦争が勃発した。結果はぎりぎりのところで、人類が勝利したが尊い人命が多く失われた。
 人類勝利の発端は、AIロボット側の将軍の戦局判断プログラムにバグがあったからで、のちにこれは20世紀に人がソースコードを入力した部分であることが判明した。
 この辛勝を教訓にし、AIロボットにまかせる仕事は、制限されることになった。その結果、社会活動を維持するための要員が不足する地域は、次々に閉鎖され、人々は大都市圏に移住していった。

 一方、高齢者の健康寿命は、医学の進歩でどんどん伸びて行った。定年退職が80歳で、さらに雇用延長で90歳までは働ける。
 ここでの弊害としては、新入社員が初めて昇進するのが入社して20年後になるとか、社長が60歳に就任して現在110歳まで半世紀も居座るという会社が出るなどで、若い人ほど仕事への意欲が低下していった。

 これらの対策として、世界政府は画期的な制度の運用を始めた。題して「セカンドライフプラン」
 応募可能期間は、60~65歳で希望者は全世界で欠員が出ている職場のなかから選択する。
 そこから受け入れ側とポスト、給与、住居等の折衝が行われ合意すると、該当者は1週間「変身カプセル」に入り、心身改造施術を受ける。
 新しい職場に求められる肉体改造が行われ、脳内では今までの人生における記憶がマスキングされ、新しい職場で必要な知識が刷り込まれる。但し、この施術が受けられるのは1回のみで、精気を前倒しで使うため、最後の寿命は逆に概ね10年短縮されると、これまでの実績より分析されていた。
 また、まれにフラッシュバックが発生し、第1の人生の断片を思い出すことがある。

 冒頭に登場した、クリーン・ハリーは、旧日本で60歳の大学准教授であった。物理学専攻で、数々の大きな功績を上げたが、なにしろ上が詰まっているので、教授になれるのは最短であと10年はかかるだろうというAIの予測が、自分の感覚と一致した。そこで、子供の頃の夢であった「正義の味方」に転身することを決意したのだった。


 ◆◆◆◆


「事件解決と、新しい仲間ハリーを歓迎して乾杯!」

 ブロンソン所長の発声で、10人ほどのメンバーでの宴会が始まった。

「赴任早々、事件解決の主役になるとは、凄いわ。ハリー」

「ラッキーだっただけさ。ところで、ここにいるメンバーは、みんなセカンドキャリア組なの?」

「たぶんそうだと思うけど、前職がなにしてたかなんて、無粋なことは聞いちゃダメよ」

 だいぶ酔ってきたのか、横に座るマルタと俺の距離はゼロで、お互いに相手の体温を感じるほど、密着している。
 制服姿のマルタもよかったが、真っ赤なドレスは、ふくよかな体の線があらわになって、セクシーでたまらない。

 仲間のうちの1人が、バンドネオン (アコーディオンのような楽器)を持って、店の舞台上の椅子に座り、アルゼンチンタンゴの曲を、奏で始めた。
 すると、皆の視線がマルタに向かい、「マルタ!」コールが巻き起こった。

「しょうがないわね……」

 マルタは、椅子から立ち上がる時に、よろけて俺に支えられるほど酔っていたが、舞台に上がりマイクを渡されると別人のようにしゃきっとした。

「この歌を、新しい仲間、ハリーに捧げるわ」

 バンドネオン奏者に曲名を告げると、その曲は物悲しいつぶやきから始まり、徐々に情熱的になって、クライマックスにさしかかると、マルタはマイクを置いて自らの肉声を店全体の空間に響かせた。
 マルタの歌声に度肝を抜かれた俺は、拍手喝さいを浴びて戻ってきたマルタを抱きしめていた。

「こらっ、新入り、我らがマルタとハグするなんて、100年早いぞ!」

 そんな先輩達のヤジなんてお構いなしに、俺はすでに泥酔して、ぐったりしているマルタを御姫様抱っこし、店外に出た。店の前には、ちょうど客待ちのタクシーが止まっている。

「お客さん、どちらまで?」

 ついさっき来たばかりで、どこに行けばよいのか、さっぱりだ。

「楽園にいってくれ。運転手さんに任せるよ」

 といってウィンクすると、勝手知ったる運転手は、ニヤリとして車を発進させた。


 ◇◇◇


 マルタは、俺の腕枕でスヤスヤと眠りについている。
 第2の人生の初日は、実に刺激的だった。
 今気が付いたんだが、マルタの左上腕には、小さな、色も薄いホクロが7つある。その並びは、北斗七星のようにも見える。
 ここで、フラッシュバックが発生した。
 はるか昔、大学時代につきあった女の子も、これと全く同じ並びのホクロがあり、俺は彼女の事を、2人だけの時は『ホクト』とあだ名で呼んでいたことを思い出した。まさか、ここで運命の再会なのか?
 俺は、彼女の耳元で呟いてみた。

「ホクト」

 その時、彼女の体がピクリと動いたような気がしたが、まだ眠っている。
 まさかね。彼女が昨夜言っていたように、第1の人生についての無粋な詮索はやめて、今を精一杯生きよう。

 おしまい
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