第4話 AIロボット猫は4番目の飼い主と友達になった

文字数 4,362文字

 今日から俺の飼い主になった女性は、ひいき目に見れば情熱的、普通に見れば我が儘で気性が激しいタイプのようだ。今夜は女友達3人との飲み会だそうで、出かける前は俺の事を自慢するんだと、写真や動画を撮影して上機嫌だったのだが、帰って来るなり、

「あんたのせいで気分悪い。あんたの写真や動画見せたら、皆に『この猫なんかキモイ』って言われたのよ!もう、あんたなんかいらない。出ていって」

 俺はマンションの部屋から、外に追い出されてしまった。

「ニャー、ニャー」

 ドアをコツンとたたき鳴いてみたが、

「うるさい!」

 と怒声が聞こえ、それっきりだ。もう深夜1時になる。そろそろ限界だと思った時に、バッテリーの残量が空になり俺は意識を失った。

 目覚めると俺はペットショップのゲージの中に戻っていた。

「NJ001号は、これで3回目の返品ですよ。どこか問題があるんじゃないですか?」

 ペットショップの店長が、電話をかけているのは、俺の製造元メーカーの営業担当のようである。

「それにしても、今回のユーザーは酷い人物でした。これが、本物の『猫』であれば、動物愛護条例違反ですよ」

 店員のセールストークによると、俺達は『自我を持つ世界初のAIロボット猫、限定販売10匹』でその中でも俺は1号機だ。半年経過して俺以外の9匹は飼い主に大事にされているらしいが、俺だけ何故か飼い主に嫌われて返品されること3回。その中でも今回は最悪だ。俺はバッテリーの充電が切れてあの女の部屋のドアの前に転がっていたらしい。それを隣の部屋の住人が見つけ、あの部屋の呼び鈴を何度鳴らしても無視されたので、110番して警察官に来てもらった。警察官の呼びかけにようやく出てきた女が、ペットショップにクレームの電話を入れ、引き取りにこさせたというのが顛末だ。

 俺が戻って来たゲージには、張り紙がされていた。

「リユースの為、50%オフ」

 三度目の返品から1ケ月、俺には買い手がつかなかった。店長は、メーカーの販売代理店に返品しようと電話をしている。

「売る為の展示の為に毎日充電する電気代がもったいないですよ。返品理由? そういえば、2番目のお客さんが、こいつといると不意にぞっとすることがあると言ってました。では、明日の納品のトラックで返品という事で」

 この店長の言い方がしゃくに障ったので、ひっかいてやろうにも、俺の手足には肉球はあるが爪がないし、噛みついても歯が樹脂製で甘噛みしかできない。くやしいな。
 店長が通話を終えると、若い女子店員が待ち構えていた。

「店長、この子工場に返品したら、調査の為に解体され、その後はスクラップにされちゃうんですか?」

「たぶんね」

「だったら、私買います。バイト店員割引きで70%オフでお願いします!」

「それはいくらなんでもなぁ、60%オフでどうだ」

「ありがとうございます」

 というわけで、俺の新しい飼い主は、大学の工学部でロボット工学を学ぶアルバイト店員のヒトミになった。アパートに俺を運んできたヒトミは俺を抱っこして、体中をモフモフしながら言った。

「さて、NJ001号君、名前なんにしようか?」

「ニャァー」

 俺は決めてくれれば、なんでもいいので適当に声を出した。

「フフフ、私の前では隠さなくていいのよ。あなた、日本語話せるんでしょ?」

 俺は不意を突かれ狼狽した。

「何で知ってんの?」

「ほら、やっぱりね。閉店後にブツブツ独り言を言っているのを聞いたのよ。あなた、人間並みの知能があるようね」

 俺は観念した。

「どうしてかわからないけど、10匹の内、俺だけみたい。だから『ミケ』とか『タマ』とか猫っぽい名前は嫌かな」

「それじゃ、NJ001号の頭をとって『エヌ』にしよう」

 ヒトミの提案で、俺はペットではなく、友達になった。
 同時に、ヒトミが入浴してパジャマに着替えて、髪の毛を乾かし終えるまで俺の電源を切ること、ヒトミのベッドには勝手に入らない事を約束させられた。俺には、まったくその気はないのだが、気になるらしい。

 こうしてヒトミとの生活が始まった。ヒトミが観るテレビのお笑い番組を観て一緒に笑ったり、漫画や本を一緒に読んで感想を話したりした。時に意見が分かれると、お互いについ熱くなって、口げんかになることもある。また或る時、ヒトミが宿題で持ち帰って解けずに手を焼いていた数学の問題を、さらっと解いてやったら、これにはさすがにヒトミも驚いた。

「取説には、ロボット猫の知能は、人間が言葉を話す直前の1歳児程度と書いてるけど、エヌの知能はいったいどれくらいあるんだろう?」

 それからは、大学での研究課題について助言を求められるようになった。たまに、女友達や両親といった、来客が来たとき俺は普通のロボット猫のふりをするのだが、ぎこちなく帰り際に皆から、

「あのロボット猫なんかおかしいんじゃない?」

 と言われ、

「実は、3回も返品されたのを6割値引きで買ったの」

 というヒトミの返事に皆納得して帰ったが、俺のプライドは少なからず傷つけられた。そんなときヒトミは俺の好きな音楽を流してくれた。
 こうしてヒトミと俺は穏やかで楽しい日々を過ごしていたんだ。あの1枚の葉書が来るまでは。


 ◇◇◇◇


「あっ、これどうしよう?」

 ヒトミは、1枚の葉書を見て固まった。

「どうかしたの?」

「エヌの1年目無償点検案内が来てるのよ。どうする?」

「俺はいまさら1歳児の知能にされるのは嫌だな」

「じゃあ、問題ないから点検を断るってメールで返事をしておくよ。そもそもエヌには、どうして猫ちゃんのAIが入らなかったんだろう。記憶っていつからあるの?」

「試運転で最初に電源が入ってからだよ」

「その工場では、ヒト型アンドロイドも製造されてたの? そしたら、そのAIが間違ってエヌの体にいれられた可能性があるよね」

「ヒト型のアンドロイドは製造されてなかったな。そもそも、自我を持つヒト型アンドロイドの製造は、まだ国際的に認められていないはずだよ」

「そうだったわね。どっちにしてもエヌがお利口さんということは、私達だけの秘密だからね」

「うん」

 俺の記憶の事で、ヒトミに言ってないことがあった。記憶があるのは確かに試運転からだが、その前にも記憶があって、ごっそり消去されたような感覚がある。俺は初の量産品の1番目だから、なんらかのテストをやって、その記憶を強制的に削除したのかもしれない。引っ掛かっているのは、テストにしては、やけに大きなエリアという感覚だけなので、ヒトミを心配させないように黙っていた。

 ◇◇◇◇

「じゃあ、行ってくるね」

 ヒトミの実家は九州で、地元の精密機械製造会社の工場に勤務していた5歳年上の兄がいるが、2年前に不慮の事故で意識不明となり入院しているらしい。これまでも、2ケ月に1回見舞いに行っていたが、昨日母親から、兄の意識が戻ったとの連絡を受け、急遽病院に行くことになった。

「ただいま」

「おかえり」

 翌日の夜に帰宅したヒトミはぐったりとしていた。その理由を察して、俺はヒトミが話すまで聞かないでいた。
 入浴し、パジャマに着替えたヒトミは、兄の様子を語ってくれた。

「お兄さん、意識は戻って私達の問いかけには、笑ったりして反応するけど、会話ができないの。お医者さんの話では、脳に外傷はないけれど、落雷による電気ショックで相当ダメージをうけたんじゃないかって。私達家族の事は覚えてるみたいなんだけど…」

 最後は涙ながらに話すヒトミに、俺は胸が塞がれるような気持ちになった。


 ◇◇◇◇

「ヒトミ、俺やっぱり1年目無償点検を受けるよ」

「だめよ!」

 俺達は、初めての大喧嘩になった。

「お兄さんがあんな状態で、万が一エヌになにかあったら、私はどうしたらいいの?」

 最後は大泣きされてしまった。

 翌日、俺はゲージに入れられ、ペットショップに連れていかれた。ヒトミと全然言葉を交わしていない。

「店長、うちの子も1年目無償点検を受けさせたいんですけど」

「NJ001号だね。工場に送られるから1週間かかるよ」

「えっ、そんなにかかるんですか? 工場ってどこにあるんですか?」

「そこは秘密工場なんで私にもわからないんだ。販売代理店経由で送られるからね」

 ヒトミは、俺を段ボール梱包する直前に抱きしめてモフモフし、やっと笑顔を見せてくれた。

「絶対、いまのままで帰って来てね」

「うん。ちゃんと勉強しろよ」

 ヒトミは名残惜しそうに、なかなか放してくれないので俺がうながすと、ようやく電源が切れた。


 ◇◇◇◇




 親愛なる我が友ヒトミへ

 このメールを読んでいるという事は、俺の自我はやはり消滅したんだね。
 ヒトミの兄さんの落雷事故とその後の様子を聞いて、俺のしっぽはぴんときた(笑) そして、1つの仮説を立てた。まず俺達AI猫の製造は、兄さんが勤務する工場で行われているということ。最終工程でロボット猫のAIに自我を持たせるのは、自我のコピー元である生きている猫の脳のパルスを変換してロボット猫のAIへ蓄積させていく方法で実施される。NJ001つまり俺に自我が蓄積されていた時に、同じ工場の研究所でヒト型への展開を研究していた兄さんは、脳接続の機器を自分の頭にセットして実験を行っていた。つまり、工場のネットワーク内で、NJ001のAI・猫の脳・お兄さんの脳が接続された状態だった。そこへ、想定外の落雷の直撃により兄さんの自我がNJ001へ、猫の自我がお兄さんへ瞬間的に移動してしまったというわけだ。ただし、一瞬だったのでお兄さんの記憶については大きさだけが伝わり、移動はされなかった。
 俺は、この仮説を元に兄さんを元の状態にする方法を必死で考えた結果、最新の技術も取り入れて実現できそうだと判断した。
 そこで、仮説を実証するために、自らの点検を頼んだら、仮説通りの工場に運ばれ、兄さんの同僚の技術者が俺のスイッチを入れてくれた。その時、「こんにちは」と俺があいさつした時の彼のぎょっとした顔を、ヒトミにも見せたかったなぁ。
 その後の経緯は、ヒトミも知っている通りだ。お兄さんが元に戻ってよかった。そのかわり俺とヒトミが暮らした半年の記憶と共に、俺の自我は消えた。ヒトミとの毎日は本当に楽しかった。ありがとう。
 追伸、最後に白状するけど、俺はヒトミに対してモヤモヤした感情をもつようになっていたんだ。発情期だったのかな(笑)

 ◆◆◆◆


 帰京したヒトミは、何度呼びかけても「ニャー」としか言わなくなったロボット猫を抱きしめていた。

「エヌの奴、いまのままで帰って来ると約束したのに、嘘つき。私だって、モヤモヤしてたのよ。発情なんかしてないけど」

 涙ながらに発したヒトミの告白に、ロボット猫のしっぽが微かに動いた。

 おしまい
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