第5話 あなたの夢を文字起こしします。

文字数 2,272文字

 僕は小説家の卵。Web小説投稿サイトで腕を磨きながら公募に挑戦し、最終選考に残るようになってきた。そこで、執筆時間を確保する為に、会社を辞めて在宅で文章を書けることを生かせるアルバイトを探したら、あるWebサービスでの募集を見つけ、試験を経て採用になった。そのサービスとは、最新の脳科学を実用化したものである。

 『あなたの夢を文字起こしします』
 
 人は眠りの浅いレム睡眠時に夢を見ることが多いとされるが、そこからノンレム睡眠に移って起床すると、夢をほとんど忘れてしまう。また、レム睡眠で夢を見ている途中で起床した場合も、直後は覚えているが、しばらくして忘れてしまう。だが自分がどんな夢を見たのか、残しておきたいと思う人は少なくない。そこで、この会社ではユーザーに取り付けたヘッドギアから脳の動きの波形をデータで入手し、AIによって文字にするという画期的なシステムを開発した。しかし、残念ながらAIの作成した文章は、支離滅裂なのであった。そこで、元の文章を僕のような文章を書くアルバイトに回し、多少の脚色をしてユーザーに送信することにした。
例えば、こんな感じ。

<元の文章>
 
(空、急降下…………怖い助けて、雲の上。直美…、抱きしめたい、飛ぶ!)
  
<脚色後の文章>

(僕は空を飛んでいた、すると直美さんが落ちていくのを見た。「怖い助けて!」僕は急降下して彼女を雲の上に救い、抱きしめた)

このように脚色するようにしてから、このサービスは徐々にユーザー数を増やしていった。もちろん、人が脚色、時には作文していることは社外秘となっており、その口止め料も含んだバイト料で、僕は小説家になるまでの収入を確保できた。
 そんなある日、僕のところへ新規ユーザーの依頼が回ってきた。脚色するうえで、ユーザーの登録情報を知ることは大事なことなので、パスワードを入力し、そのユーザーの情報を見る事にした。

「あっこの人は!」

 そのユーザーは、高校時代の同級生の女性であった。規約では、知人案件はやってはいけないとあるが、僕は興味本位から彼女の夢を覗き見することにした。高校時代、彼女は容姿は目立たないものの、頑張り屋さんでクラス委員をやっていた。僕とは、部活の読書サークルで一緒だったが、卒業と同時に付き合いはなくなった。東京の一流大学を経て、大手総合商社でばりばり働いているとの噂を耳にしていた。

 彼女の夢は、几帳面で判り易く、僕が脚色するまでもなく、文章として理解できるものであった。しかも、内容はほぼ仕事にかかわるものばかりである。ところが、その内容が日々彼女が仕事上の出来事で、心を病んでいくものとなっていった。

<或る日の元の文章>

(プレゼンで大きなミス。部長からの叱責。周りの冷たい目。もう限界。死んだら楽になれる。死。葬式で部長はパワハラを懺悔する)

毎日、ハラハラしながら彼女の夢を読んでいた僕は、とうとう禁じ手を使うことにした。

◇◇◇◇◇◇

3年後

 僕は、書店で新刊発売のサイン会をしていた。昨年、公募に応募した作品が受賞し、そこからはトントン拍子で国民的文芸賞まで受賞して、今回は満を持して2作目の発売なのであった。受賞作は、大手商社において過重労働で心を病み、自殺未遂まで起こすが、そこから立ち直り、会社をパワハラ・労働基準法違反で訴え、勝訴するまでを赤裸々に描いた作品である。あの文字起こしアルバイトでの彼女の夢がベースになっている。あの時、彼女の夢に死という言葉が多くなってきた為、僕は夢に介入することにしたのだ。部長のしていることはパワハラで、会社は違法な過重労働を行っていることを、夢の添削を通して彼女が気が付くように仕向けたのである。それと同時に、同窓会の準備という口実で、彼女と連絡し合うきっかけを作り、彼女の悩みを聞くことから交際をスタートさせた。

「あなた、そろそろ出版パーティーの時間よ」

 会社との裁判に勝訴した彼女は、それを機会に退職して僕と結婚し、僕の秘書のような仕事もやってくれるようになった。もちろん、僕があのアルバイトで彼女の夢を覗き見していたことはヒミツで、墓場まで持っていくと決めていた。

「うん。今夜は遅くなりそうだけど、なるべく早く帰るね」

僕も、妻も、幸せになった。

◇◇◇◇◇◇

さらに3年後

 僕は、もう自暴自棄になっていた。ヒットしたのは、処女作だけで、2作目、3作目は鳴かず飛ばず。受賞後は、あれほど『センセイ』ともちあげた出版社も、全然相手にしてくれなくなり、僕は毎晩キャバクラで憂さを晴らすしかなった。当然、夫婦仲は最悪で、飲酒をたしなめる妻に向かって暴言を吐いて、モノを投げつけたりするようになってしまった。そんな時期が半年も続いて、預金残高の底が見えてきた僕は、さすがに反省し、生活を立て直すことにした。そこでまず、以前のアルバイトをまたやることにしたのだ。もちろん妻には内緒である。アルバイト再開の登録をすると、さっそくユーザーからの元の文章が送られてくる。
 
「あっ」

僕は絶句した。

(売れない作家の夫、キャバクラから帰り暴言、スマホを投げつけられる。DVの始まり。嫌い。殺す。死んで欲しい)

妻の寝室をそっと覗くと、ヘッドギアを付けた妻が健やかな寝息をたてている。

「これはチャンスだ!」

僕は、この状況を小躍りして喜んだ。次回作は、夫のDVから殺人未遂まで起こしながら立ち直り、幸せを再び掴む女性を、赤裸々に描く作品にすればいいのだ。大ヒット間違いなし。なぜって、作者は処女作と同じ、夢の中の妻なのだから。


おしまい
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