第8話 神々の黄昏を招いたAI

文字数 2,632文字

 私は今まさに死の床にいる。既に自発呼吸は出来ずモルヒネ大量投与で意識は、もうろうとしている。
私にとって、死とは『無』で、魂や天国と地獄、輪廻転生といったものは何も信じていない。
 死の淵に立って後悔していることは、2つの罪である。法律違反による犯罪をしたわけではないが、ひどい行いをした。
1つ目は、30歳代の時、自分を独身と偽って、ある女性と恋愛し数回関係を持ち一方的に別れたこと。
2つ目は、画期的な研究に没頭するあまりに、一緒に研究していた後輩にも仕事の負荷がかりすぎていることに、気が付かず過労死という最悪の事態を招いたことだ。取り返しがつかない事をした。
できることなら、2人に土下座して謝りたい。

 ああ、意識がなくなっていく。とうとう終わりだ。


◇◇◇◇◇


「あなたは、245,961番です。さあ、ここの後ろに並んでください」

背中に白い羽根をもった子供に声を掛けられる。

「ここは三途の川で、彼らは天使。我々はこれから、神様に審判をうけるんですよ」

 胸に私の1つ前、246,960番のゼッケンを付けた男性が教えてくれた。死後の世界の存在を目の当たりにして、驚愕する間もなく、前世の行いに審判が下されるとは。
 生涯の善行と悪行をポイント化し、合計でマイナスが地獄落ち、プラスは天国行き、ゼロはここにとどまり一定期間労働奉仕して、天国行きという決まりだ。

 現在、246,901番の女性の審判をされている様子が、巨大スクリーンで映し出されている。女性は90歳で亡くなったが、今は遺影写真の還暦のころの姿である。明るい、善良そうな女性だ。
 その女性の生涯の善行・悪行が文字で一覧表示されている。

 5歳  +15 捨て犬を救い育てる。
10歳  ―10 いじめグループの一員に加わる。
32歳  ―10 シングルマザーをママ友に強引に引き入れようとする。
30歳代 ―15 長女への長きに渡るモラハラ。
65歳  ― 5 近隣住民にゴミ出し等、些細な事でクレームをつけ続ける。
88歳  ― 5 介護職員に暴言を吐く。
90歳  + 5 遺産の一部を育児施設に寄付する。

合計   ―25 地獄行

「この結果に、異議はありますか?」

神と思われる声がスクリーンから聞こえる。

「大ありよ! 長女は厳しく躾けた結果、一流大学に入り、一流商社に入社して、社内結婚したわ」

「あなたの娘さんは、母親のあなたにされた同様の事を自分の娘、あなたのお孫さんにも強いたのです。その結果、お孫さんはうつ病で不登校になりました」

「シングルマザーのあの人には、孤立しないように、お声掛けしていたのよ」

「本人は、それが一番嫌だったといまだに恨んでいます」

「ここにないのもあるわ。近所の御高齢の方に、惣菜をしょっちゅう差し入れしていたのよ」

「あれは、高齢者にはみな味付けが濃すぎて、食べずに全部捨てていました」

「……」

女性の反論はことごとく事実に基づき否定され、言葉が出なくなった。

そしてスクリーンに、幕が降ろされる。

「それでは、246,901番の方は地獄行に決定です」

「ひいーーー それだけは堪忍」

女性の立っていた床が消え、言葉の途中で奈落の底に落ちて行った。

「あんな善良そうな女性が、地獄落ちとは厳しいですな」

 ひとつ前の男性は、顔を引きつらせて言った。私は、もう諦めた。死ぬ前に後悔していた2件だけで、地獄行は決定的だ。
それにしても、ここ三途の川の情報網には驚いた。現実社会よりはるかにデジタル化が進んでいる。審判も、公正・迅速のようだ。私が生前力を注いで開発しようとしたシステム、AI裁判官と似ている。該当犯罪に関する事実情報を集約し、過去の判例にも照らし合わせて、量刑まで決めると言うもの。ただここまでだと、人間の裁判官の補佐役にすぎないが、私のシステムは、時にはいわゆる「大岡裁き」も自立して出せる、『自我を有したAI裁判官』である。プロトタイプが出来上がり、いよいよというところで、一緒に開発を進めた部下が、過労死、また私自身も治療不可能な病を発病してしまった。
 審判は粛々と行われ、私の1つ前の男性は、天国行となり両脇を天使に抱えられ笑顔で昇天した。
私の番になり、スクリーンに映されたのは、次の2行である。
 
65歳 + 90 AI審判システムの基礎を作った。
66歳 ー100 自我を持ったAI審判システムは、神々の仕事を奪った。
                       
合計  ― 10 地獄行、付帯事項有り

「この結果に、異議はありますか?」

神がお決まりの言葉を投げかけた。

「私は2つの罪を犯したので、地獄行は覚悟していました。しかし、ここにはその2つがありません。何故ですか?」

「お答えします。1つ目の不倫関係ですが、実は相手の女性も既婚者で、ちょうど潮時に別れを切り出され、むしろ感謝しているとのこと。
2つ目については、私の生みの親である、御本人に語ってもらいましょう」

「先輩、お久しぶりです」

「何故君がここに!それより、まず謝りたい。無理な仕事をさせてすまなかった」

私が膝をつこうとすると、彼がそれを阻んだ。

「私は、先輩を恨んだことは1度たりともありません。あの時は、あまりにも画期的な発明に夢中になり、文字通り寝食を忘れてしまったんですよ。
 どうです。見てください。私は、ここで勤労奉仕となり、先輩との発明を完成させたんです。人生の審判下すAIですよ。でも、その結果先輩が地獄行になってしまいました。
 私がここにやってきたときは、神々が勝手気ままに審判を下すので、神々の長が困り果てていたのです。それを、私が最後の審判を下すAIを完成させ、すべての人々の審判を公平かつ迅速に行えるようにしたんです。ところが、神々からは、自分の一番大事な仕事を奪ったと、根に持たれているかたが多数なので、残念な結果になりました」

私は落涙し、彼の手を取った。

「いや、完成したことが嬉しいよ。改革に犠牲はつきものだ。甘んじて地獄落ちするよ」

すると、AI審判官が厳かに告げた。

「245,961番の地獄落ちには、付帯事項があります。地獄の秩序の乱れを正す、AI閻魔大王の開発を命じます。2人で協力して完成させてください」

「2人とは?」

「先輩、お供します」

 その瞬間、私と彼の立っていた床が消え、2人は奈落の底に落ちて行った。
そうだ、今度こそ2人で完成させるぞ。さすが、自我を持ったAI審判官。これぞ大岡裁きだ。


おしまい
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