第7話 強盗は液体に浮かぶ奇妙な物体を見る

文字数 2,673文字

「アニキ、この家だよ。日中は家政婦が通いでくる日があるけど、夜はジジイが1人だけで防犯カメラ・番犬もなし。金庫はジジイの寝室の和室にあるぜ」

 サトシは、次のターゲットとなる家と家主の動画を見せた。

「あの金庫は、かなり古いタイプだ。それにしても、俺達に来てくださいといわんばかりの家だな」

 アニキと呼ばれた男は1人での空き巣を生業にしていたが、金庫を開錠する技術がない為、1軒入って得られる金額は多くなかった。その為、件数をこなすことになり、とうとうある家で逮捕され余罪も追及され実刑をくらった。
 そこで今度は信頼できる相棒と2人で強盗をやろうと考えていた。ようやく出所となった時に、入所中に同房で親しくなり、先に出所していた5つ年下のサトシに連絡とり、2人組で仕事をすることになった。
 2人は入念に計画を練った。まず、情報屋から神奈川県内の金持ちの独居老人世帯のリストを入手する。
 その中から、サトシが下見に行って、家の様子を探り、ターゲットを決める。
 男の方針としては、なるべく手荒な真似はしたくないが、家主が居る時に押し入って拘束し金庫を開けさせるのだ。
 これまでに、2人で押し入ったのは神奈川県下の9軒で、盗んだ現金の合計はもう少しで目標の2億円だ。
 幸い、家主の抵抗はほとんどなく、怪我を負わせることはなかった。中には、警察に通報しない家主もいた。おそらく、相続税対策で隠し持っていた分だろう。
 ただし、神奈川県警は同一犯人の連続強盗と気づき、県内の独居資産家に防犯カメラの設置等のPRを始めたので、新たな押し入り先がなかなか見つけられずにいた。

 男は、家主が庭の掃き掃除をする様子の映像を見て、なんかぞわぞわする気持ちになった。

「サトシ、この家はパスしよう。うまく言えねえが、なんとなくいやな予感がする」

「アニキ、それは困るよ。この家を逃すともうターゲットはないよ。2億を超えたら、この稼業から足をあらう約束だから、最後にやっちまおうぜ」

「それもそうだが…、このジジイ空手の達人なんてことはないよな」

「それはないよ。ここのところ入退院を繰り返していた、死にぞこないだぜ」

 結局、男は押し切られて、新月の今夜押し入る事になった。

 縁側のサッシの施錠部分の硝子に、刃先がダイヤモンドのペンタイプのカッターで円形の傷をつけて、プラスチックハンマーで叩き穴をあける。そこから手を入れてあっけなく開錠できた。家主の寝室は、廊下から障子を開けてすぐだ。男は、手早く家主の口を手で塞いで体を抱き起し、猿ぐつわを嵌め、アイマスクを付ける。後ろ手に手錠をかけ、足首はガムテープ巻き。拘束完了まで2分とかからなかった。しかし、男は違和感を感じた。身長160センチ位で瘦せ型の体にしては、やたら重かったし、体が硬いのだ。家主を金庫の前に連れて行き、耳元でささやいた。

「俺たちは、いわずもがなの強盗だ。この金庫を開けてくれれば、手荒な真似はしない」

 すると家主は、首を大きく左右に振って拒否した。

「なんだよ。仕方ない。少し痛いぜ」

 男は、ナイフを取り出し、家主の上腕を切りつけた。

(おかしい。皮膚を切り裂いた感触がない)

 男はあせった。もう一度かなりの力を入れてみたが、だめである。義手かと思い、首すじを試したが、刃が立たなかった。

「サトシ、こいつ人間じゃねえぞ。ロボットじゃねえか?」

「ひえ~、アニキ、ずらかるか?」

「ちょっと待て。金庫の横に冷蔵庫みたいなものがあるな。そのドアを開けてみろ」

 サトシがドアを開け、ペンライトの光を当てると、奇妙なものが現れた。

「アニキ、なんだこりゃ。気持ち悪い」

「これは脳ミソだな」

 透明な円筒形の容器の中の液体に、プカプカと脳が浮かんでいるのだ。

「じいさん、あんたの脳をぶちまけてもいいかい?」

 する家主は、さっきまでの態度と手のひら返しで、懇願した。

「金庫を開けるから、それだけはやめてくれ」

「じゃあ、カギはどこにある? ダイヤルの番号は?」

 ようやく金庫が開いた。しかし、そこには通帳や印鑑、住宅登記簿類しかなく、期待した現金や金塊は一切入っていない。

「すまんのう。この体を手に入れるのに、全財産なくなった。今は、銀行口座に振り込まれる年金だけじゃ。財布に2~3万円入っとる」

「ちぇっ、サトシ、ずらかるぜ」

 ちょうどその時、けたたましいサイレンの音とともに3台のパトカーが乗りつけ、警棒をかまえた警察官が大勢部屋に入ってきた。部屋の電気がつけられ、強盗2人組はたちまち逮捕された。
 手錠をかけられた男は、家主に問いかけた。

「じいさん、いつの間に110番したんだ?」

「この脳と、体は無線でつながっとる。同じように脳と携帯電話もつなげておるんじゃ。あんたらが、サッシの硝子を割った音で脳が目覚めてすぐに110番したんじゃ」

 男は納得の表情を見せ、パトカーに連行されていった。

 それと入れ替わりで中年の男性が部屋に入ってきた。

「先生、大丈夫ですか?」

「キミか。心配かけてすまん。問題ない」

「世界初のアンドロイドにもしものことがあったらと、肝を冷やしましたよ」

 この老人は、元大学教授である。在職中にこの方式でのアンドロイドを考案し、動物実験を経てわが身を検体に人体でも実施しようとしたところ、大学の倫理委員会から、審議に2~3ケ月かかるとストップがかかったのだ。その時、老人はステージ4の肺がんで、一刻の猶予もなく独断で手術を決行し成功した。しかし、老人は大学を懲戒解雇となるとともに、この世界初の偉業は一切世間に報道されなかった。
 その後の交渉で、この研究を大学が引き継ぐことを引き換えに、この家での生活を、大学が維持をすることを約束した。
 今後の研究課題としては、脳を維持する容器のコンパクト化と、複数体が接近した場合の、脳と体の無線での通信の混線防止である。
 この方式である限り老人の行動範囲は、この家の敷地内に限られていた。

「その後の、研究の進捗はどうなっとるんじゃ?」

「それは、その…」

 老人の部下であった准教授が教授に昇格して、研究を引き継いだが、凡人の彼には、この研究を進める能力はなかった。

「だから、いっとるじゃろう。お前さんの『脳』をとりだしてここに。ワシの『脳』を大学にもっていき、お前さんのアンドロイドのボディとつなげばいいんじゃが…」

「そんなことしたら、私の体は死んでしまうじゃないですか」

「そうじゃのう」


 その後、脳を自分の頭部に収納した一体型のアンドロイドが世に出るのは、30年先になる。

おしまい
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