第10話 遊園地デートでの嘘

文字数 2,010文字

 1人の青年が遊園地の入り口で、お相手の女性が来るのを待っている。この古風な遊園地は1ケ月後に営業終了が決まっており、それを惜しむ人々も来ているのか、高齢のカップルも見受けられ、賑わっている。
 約束の時間を30分経過したが、まだ現れない。彼はそろそろ心配になってきた。

「ごめんね、だいぶ待ったでしょう」

「いや、そうでもないよ。いつ来るかとドキドキして待つのも、いいもんだね」

 本当は約束の時間の1時間前には来ていたが、そんなことは言わない。
 2人は遊園地の乗り物を片っ端から全部乗ることにした。

「さあ、行きましょう」

 彼女のほうから、恋人つなぎをしてくれ、彼の心臓はバクバクである。ジェットコースター、バイキング、お化け屋敷、メリーゴーランド、コーヒーカップ、その他沢山。そして、最後は大観覧車で1つのゴンドラに2人だけで乗りこむ。
 ゴンドラが頂点に差し掛かったところで、お約束の告白タイムとなった。

「高校3年の時から、貴女の事が好きです」

 彼はそう言って、指輪のケースを彼女に向けて開ける。

「嬉しいわ。実は私も貴方のことが好きだったのよ」

 彼は横に座った彼女の指に指輪を嵌めた。そして、そのままハグをする。柔らかい感触と、ほのかな甘い香りにうっとりし、このまま時間が止まればいいのにと思った。しかし、観覧車は無情にも地上に向かって下がって行く。そして出口に到着した。ところが、彼女はハグしたまま微動だにしない。観覧車の係りの人は呆れ顔である。

「最近、多いんだよな。ロボットの彼女がバッテリー切れですね。すみません、お待ちの男性のお客さん、どなたか降ろすのに力を貸してください」

 2人は、ハグしたままゴンドラから持ち上げられ、地上のベンチに降ろされた。

「皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません」

 彼は、あまりの恥ずかしさに顔から火が出るようだった。

「すみません。彼女の左手のタグに緊急時の連絡先があるので、僕のバッグにあるスマホで連絡してください」

 ロボットのレンタル会社の車両が到着したのは、それから30分後であった。つなぎを着た女性エンジニアが道具箱をもって近づいてきた。

「お客さん、大丈夫ですか? あれっ、もしかして貴方は?」

 彼は仰天した。ロボットの彼女と、エンジニアの女性が全く同じ顔、同じスタイルなのである。

「あの、これは、その、僕は来月からアメリカに転勤になり、しばらく戻ってこないので、最後の思い出作りに、高校時代に好きだった貴女と、恋人気分でデートしようとしたんです。ごめんなさい。キモイよね」

 人間の彼女は、ロボットの彼女に応急的な電力を供給した。
 ロボットのレンタル会社は、顧客からの顔写真と体のサイズから、ブランクロボットに3Dプリンターで外観を本物そっくりに仕上げ、顧客に送り込むサービスをしているのだ。

「まさか、貴女がこの会社のエンジニアになっていたとは」

「まさかはこっちの台詞よ。高校時代に、何故告白してくれなかったの?」

「貴女はクラスで一番の人気者だったので、僕なんか相手にしてもらえないと思って……」

「意気地なし!」

 そう言って彼女は、彼のスマホを取り上げ、自分の連絡先を登録して投げ返した。そして、自分とそっくりのロボットを車の助手席に乗せると、無言で車を発進させた。運転席のドアの窓から手を振って。

(これって、どういうこと? 次は本物の彼女を誘ってもいいってことだよね)

 彼は、ぼっぺたを思い切りつねり、痛みで今の出来事が現実だと確認した。


 ◇◇◇◇◇


 一方の彼女も、会社への帰路はニコニコ顔である。まさか、あのイケメンの彼が、自分の事を好きだったとは。ロボットのカスタマイズ票に、自分の写真が添付されているのを見て、最初は信じられなかった。
 バッテリー切れというのは嘘で、ロボットのカメラからの映像を、遊園地の駐車場で観ていた彼女は、告白後にロボットを遠隔操作で停止させた。そして連絡を受け、すぐに行ったら不自然なので、30分待機後に車で乗り入れたのだ。

「そうそう、どんな指輪をくれたのかな?」

 彼女は、運転中にもかかわらず、助手席のロボットの指から指輪を外そうとした。

「いやよ!これは、私のもの」

 停止しているはずのロボットが彼女の手を払いのける。

「そんな!あっ!!」

 ロボットの予想外の行動に、彼女はハンドル操作を誤り、車はガードレールにつっこんだ。


 ◇◇◇◇◇


 車は大破したが、幸い彼女は右腕にひびが入っただけで、命に別状はなかった。病室に彼が花束を持って見舞いに来た。
 彼女は正直に自分の嘘を告白し、彼はそれを理解してくれた。

「それにしても不思議なのは、会社でいくら調査しても、あのロボットに異常はなかったそうなの」

「指輪なんて、新しいのをいくらでも贈るよ」

 そう言って彼は、彼女の左手を両手でいとおし気に握った。

「ありがとう」

 彼女の目にはうっすらと涙が滲んだ。


 おしまい
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