第3話 F自治会回覧板アプリの秘密

文字数 1,961文字

 僕は転職とともに、F自治会の中の戸建て住宅に引っ越した。これは採用の条件で、会社が無償で住居を提供し、ここを拠点に会社の開発したアプリの導入を推進するというのが、僕の主要業務なのである。郵便受けを見ると、F自治会の回覧板が突っ込まれていた。昔は、ピンポンを鳴らし、手渡しして多少の雑談をしたものだが、昨今は、ご近所付き合いがほとんどない。向こう三軒両隣というけれど、名前ぐらいは分かっているが、目が合ったら挨拶する程度で、話し込んだりすることはない。
 僕は回覧板に1枚の紙を追加して、左隣の郵便受けにつっこんできた。

『回覧板アプリを使ってご近所付き合いしませんか』

 すると、たちまち自治会会長なる人物が苦情を言いに来た。

「あんた、勝手な事してもらっちゃ困るんだが」

 僕は待ってましたとばかりに、自分の会社が開発した回覧板アプリの有用性を説明した。アプリの登録は、無料で任意であること。アプリ登録した家は、回覧板を回す必要がないこと。このアプリは、広告料で運営しているため、登録してもアプリ使用料はもちろん無料で、スポンサー次第では自治会費もまかなえるかもしれない。
 自治会会長のお墨付きを得て、50軒中、アプリ登録したのは49軒で、残りの1軒は御高齢の独居で、スマホもPCもないので、ご近所さんがご厚意で、回覧板での伝達事項を読み聞かせしてくれることになった。
 コンテンツは、徐々に増えて行った。
 自治会運営会議の開催予定と、前回の議事録。
 ゴミ出しでの違反事例。
 道路工事の予定。
 といった、いままでの回覧板の情報のほかに、
 不用品の譲渡情報。
 一番張り切っているのが、会長で、自分のコラムを作り、いままでの人生を語りだした。
 おせっかいおばさんが現れ、仲人まがいのことを始め、実際にマッチングし交際しているカップルがいる。
 趣味では、将棋・囲碁・麻雀を自治会館でやるにあたって予約をいれることができる。

 運用から半年後、この自治会の回覧板アプリはすっかりなくてはならないものに定着した。
 その日、F自治会の回覧板アプリには突然、最重要連絡事項として下記が表示された。

「本日23時河川敷に全員集合」

 この連絡事項を見て、僕は何の疑問も持たずに、いくつもりになっていた。ところが、仕事のトラブルで帰宅が遅れ、直接河川敷に行ったのが、23時を10分ほど過ぎていた。もう誰もいない。
 僕は、とても大きな過ちをしたような気分になって帰宅した。

 翌朝僕は、新聞を取ろうと、玄関を出ると、ちょうどお向かいのご隠居さんが、道路のゴミをほうきで掃除しているところだった。

「おはようございます」

 僕は、昨夜のことを聞こうと、ご隠居さんの背後から声をかけた。

「ああ、おはよう」

 返事の言葉が返ってくるのはいいとして、ご隠居さんは首だけ180度回転して、僕の事を見たのだ。
 僕は、あまりの衝撃に腰を抜かしてしまった。

 ご隠居さんは僕の反応に気が付き、両手で首を挟み、もとの位置に戻した。

 僕は急いで出勤し、上司の課長に昨夜と今朝のことを報告した。
 すると、課長は僕を会議室に連れて行って、椅子に座って話しはじめた。

「君は、集合時間に遅れたのがまずかっ」

 課長は急に言葉の途中でフリーズした。目を見開き、口は『あ』を発声しようとする形で、微動だにしない。
 すると、他の課員が会議室に入ってきて、課長の頭部を回した。毛髪とともに、頭部のカバーが外れ、出てきたのは、小さな金属部品がびっしり組み込まれた、機械の脳だ。
 課員は、その部分に潤滑剤をスプレーし、頭部カバーを戻した。すると課長は、何事もなかったように話を続ける。

「君は、集合時間に遅れたのがまずかった。今晩、隣の自治会がやるから、それに参加しなさい」

「はっはい」

 僕は、会議室を飛び出し、エレベーターを使わず階段で一階まで駆け下りてビルを出て、街の中を全力疾走し、最寄りの交番に飛び込んだ。

「お巡りさん、大変なことが起こってます」

 お巡りさんの背後から、声をかけると、お巡りさんは、首だけ180度回転して、笑顔で言った。

「どうなさったんですか?」

「ひいっ」

 僕は交番を飛び出し、とにかく走った。そして考えた。

(これは、宇宙人の侵略に違いない。自治会掲示板アプリで洗脳して、生身の人間の体とレプリカのロボットを入れ替えやがったんだ。なんとか阻止しないと)

 落ち着いて考えようと、公園のベンチに座って息を整える。
 そこへ、僕の後頭部にサッカーボールが直撃した。

「痛いじゃないか!」

 と僕が振り返ると、ボール遊びをしていた男の子が僕を見て、泣き出し逃げていった。
 その時、僕は自分の頭が180度回転していることに気が付いた。

「嘘だろ!」

 僕は、秋晴れの空に向かって叫ぶしかなかった。

 おしまい
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