第1話 キャプテンミサキ宇宙へ
文字数 4,574文字
「キャプテン、ようやく見つけましたね」
操縦士のアンは興奮を抑えられない。
「先輩、そう決めつけるのはまだ早いですよ」
副操縦士のサオリは冷静だ。
「3分後に大気圏に突入よ。準備して」
キャプテンのミサキは、アンとサオリに着陸姿勢をとるよう指示した。
◇◇◇◇
地球の温暖化に歯止めがかからず、100年後に人類は地球上で居住できなくなることが、すべての気候研究機関で一致した見解となった。
そこで世界政府は他の惑星への移住プロジェクトを立ち上げた。まず移住先の惑星を探索する要員を全世界の科学者から募集し、1チームをキャプテン・操縦士・副操縦士3人の同性で編成すると定め、第1陣を50チームとした。
キャプテンは、大学の准教授・助教クラスとし、航行のマネジメントと、地球本部との連絡を行う。操縦士は、大学の研究員、副操縦士は、理工系大学の大学生又は大学院生から選考した。
合格した要員は即研修施設に入寮し、約1ケ月で各自任務のオペレーションをシミュレーターでマスターする。といっても宇宙船の航行はAIで行われるため、乗務員の訓練は非常時対応に重点が置かれている。
募集時に40歳だったキャプテンのミサキは、生物学の准教授であったが、この極めて危険な任務に志願したのには理由があった。独身の彼女が家族と思い暮らしていた愛猫が天寿を全うした事によるロスは、想像をはるかに超えるものであった。長年一緒に暮らしたマンションに1人で居ると愛猫が思いだされて、涙が止まらなくなってしまうのだ。カウンセリングを受けると、転居するのも1つの選択肢であると言われ、合理的に物事を考え決断が早いタイプの彼女は、さっそくこのプロジェクトに応募したのである。
操縦士のアンは陽気でボジティブな性格の、宇宙機械工学研究員。応募のきっかけは同棲していた彼氏との離別。
副操縦士のサオリは寡黙で何事にも慎重な物理学の修士生。応募の動機は報酬と奨学金の返済免除。又この探索での論文が認められれば博士号がもらえることもインセンティブである。
ミサキは初顔合わせの時に、AIによって組み合わされたこの3人であれば、狭い宇宙船内で最長5年間人間関係のトラブルなく任務を遂行できると確信した。1ケ月の訓練を終えたミサキチームは、惑星探査機で宇宙へと飛び立っていった。
◇◇◇◇
ミサキチームの惑星探査機は4年の航行の後、遂に人類が住めそうな惑星を発見した。
大気圏に突入したところ、突如飛行コントロールが不能となり、機内にはアラーム音が鳴り響いた。
「うわぁ」「ひぇ~」
「2人とも落ち着いて。これは一番多いケースのトラブルとして何度も訓練したことを思い出すのよ」
「「はい、キャプテン」」
3人は、不時着の準備に取り掛かった。
地表への激突を防ぐために、宇宙船の姿勢を修正し、逆噴射をかけてスピードを落とす。
すると、大気圏を抜ける頃には、コントロール可能な状態に戻った。
「このまま着陸しても、よさそうな平坦な陸地です」
「オーケー、そうしましょう」
ミサキはサオリの報告から、低空で惑星上を周回してから着陸地点を決定するより、まずは安全に着陸することを優先した。こうして一時はヒヤリとしたものの、宇宙船は大きな大陸から離れた島に着陸できた。
大気と地表の分析結果が5分とまたずAIより報告された。大気成分は地球とほぼ同じで、気温は30℃、湿度30%である。
着陸後はマニュアル通りに、無人走行車を走らせて陸地の画像をコックピットのモニターに映す。
さっそく知的生命体を発見した。2足歩行のヒューマノイドで顔つきは地球人のアジア系民族に似ているが、耳の上部が悪魔のようにとがっている。生活レベルは地球での石器時代程度で、言葉は話すようだが文字はなさそうだ。その他の生物も形や色は違いがあるものの、地球上の生物とあまり違いはなかった。
「あれはネズミみたい。クマもどきがいる。狐みたいな犬がいるけど、尻尾が2つついてる!」
モニターを見てアンが大はしゃぎだ。
冷静なサオリは、ポツンと言葉を発した。
「ネコ類がいない…」
しばらくして詳細な分析結果が出て、人体に害をもたらす病原菌やウイルスも存在しないことが判った。
ミサキは、さっそく地球の本部に発見した惑星の位置情報を伝えた。ここまで遠くなると直接の交信は出来ずに、静止画像を添付してメールを送信するような通信手段である。
アンは、すぐにでも船外に出たがったが、ミサキはマニュアル通り本部の指示を待つことにした。
翌日にようやく地球本部からは50チーム中初の偉業への賞賛の文言と、惑星全体の様子を伝えるようにとの指示が届いた。
そこでドローンを飛ばし、この島を出て大きな大陸の様子を調査することにした。
ドローンが飛び立ってしばらくすると、コックピットに映し出されていたドローンからの映像が、真っ暗になった。
「キャプテン、ドローンが墜落しました」
無人走行車を墜落現場に急行させると、ドローンは原形をとどめない無残な形になり炎上していた。
(ここはキャプテンとして冷静な判断をしなければ)
ミサキは彼女にしては長考の末、サオリに船外活動を命じた。
「キャプテン、私も行かせてください」
むくれるアンをなだめて、サオリには念のために宇宙服を着させ走行車で墜落現場に向かわせた。
現地に到着したサオリはさっそくドローンのフライトレコーダーを発見し、AIにデーターを送信する。
AIの出した結論は驚くべきものだった。
『この島は、すっぽり人工的なバリアで包まれている』
「ということは、この惑星にはそんなバリアを張り巡らせる、高度な知的生物が存在するということなの?」
ミサキの問いかけにAIは沈黙した。
『情報不足で解析不能』
「キャー」
その時、船外活動をしていたサオリが悲鳴をあげた。
走行車からの映像を見ると、サオリは直径10メートほどの透明な球形の物体に入れられて、上空に舞い上がったかと思ったら、猛スピードで飛行し見えなくなってしまった。
「キャプテン、サオリが連れ去られました!」
アンの悲痛な表情を見てミサキは言った。
「我々は、どうもアンタッチャブルな惑星に来てしまったみたいね。我々の科学水準をはるかに超える知的生命体が、サオリのことをじっくり調査するはずよ。大丈夫、手荒な真似はせずに、戻されるわ」
するとミサキの予言通りに、約1時間後サオリは宇宙船のすぐそばに、同じ透明の球形物体に乗せられて戻って来た。
「アン、サオリを船内に連れてきて」
サオリがぐったりと自分の操縦席に倒れこむように座ると同時に、宇宙船内に眩しい光が現れ、それがだんだん形になっていく。
「キャプテン、ホログラムです。この島の統治者が我々の言語で話してくれるそうです」
ホログラムに現れたのは、地球上の生物に当てはめると三毛猫に近い外観をしている。
「はるばる銀河系からいらした地球人の皆さん、ようこそ…」
三毛猫は、サオリの口調とそっくりな日本語で流暢にしゃべり始めた。
「といいたいところだが、よそ様の家に連絡もなしに、土足で上がり込むとは失礼極まりない。しかも、その目的がこの惑星の乗っ取りとは、盗人猛々しいとはこのことだ!」
ミサキは、尻尾と髭の動きでこの三毛猫が本当に怒り心頭であると理解した。
「申し訳ございません。私達が全面的に悪いことを認めます」
「お前らからの通信で地球の位置情報はゲットしたから、いまから地球せん滅の為に宇宙船団を行かせてもいいんだぜ。おい、こら!どう落としまえつけるんや!」
三毛猫の口調は、エキサイトしてヤクザのそれになってきた。サオリは見かけによらず、趣味で任侠映画を観ている。
「すんまへん!これで、堪忍しておくんなはれ」
ここは平身低頭しかないと、ミサキはアンとサオリと一緒に土下座した。
すると三毛猫の隣に、もう1つのホログラムが現れる。
その姿を見てそれまで居丈高で言いたい放題の三毛猫が、平身低頭する番になった。
「これは女王陛下。このようなところに、お出ましいただくとは」
女王陛下と呼ばれたその猫は、地球で言うところのペルシャ猫の種類であった。
「さっきから、御客人になんていいようだ。お前はいいから、もう下がりなさい」
「ははー」
三毛猫が消えると、女王陛下はミサキ達に優しく語りかけた。
「地球の人々よ、顔を上げなさい。わらわは、この惑星を統治するものじゃ」
3人が恐る恐る顔を上げると、猫の女王陛下の姿を目の当たりにした。
するとミサキの目から大粒の涙が出て、止まらなくなった。これにはアンとサオリも訳が分からず大慌てである。女王陛下も困惑して静観している。
ミサキは、しゃくりあげながら、サオリにつっかえつっかえ語った。サオリはミサキに代わって女王陛下に説明する。
「ミサキキャプテンは、今回の惑星探査に出る前まで、地球で猫を飼って…失礼しました、一緒に生活していた猫ちゃんがいたのですが、高齢の為亡くなられたんです。その猫ちゃんが女王陛下と瓜二つなので、びっくりしていると申しております」
少し冷静になったミサキは、自分の指にはめている指輪のスイッチを押すと、亡き愛猫のホログラムが現れた。確かに顔の表情や髭の伸び加減、しっぽの形状まで同じである。これには女王陛下も驚愕した。
「まるで鏡を見ているようにわらわと同じじゃ。なんという縁(えにし)よ。ミサキと申すもの、わらわの館に来られよ」
すると数分後に大陸から飛行物体が現れハッチが開いた。ミサキは同行したいというアンとサオリを残して、女王陛下の館に行ってしまった。
「ワタシ達、これからどうなっちゃうの?」
アンの問いかけに、サオリは両手を上げて何もできないと告げた。
翌朝ミサキがアンとサオリの目の前に、ホログラムで現れた。
「あれから女王陛下に拝謁して地球の窮状を伝えたら、この惑星と双子の小惑星への移住を提案してくださったのよ。これで人類は救われるワ」
これにはアンもサオリも大喜び。
「そこで実現に向けてのこれからの打ち合わせもあるし、私はここに残る事になったの。2人で地球に帰ってね」
アンとサオリは一瞬不安な表情を見せたが、ミサキの明るい表情に背中を押される格好で了解した。
「あら、女王陛下からも2人に一言あるそうよ」
「地球に無事帰れるように、わらわの親衛隊船団に銀河系まで護衛させるぞよ」
アンとサオリは、この言葉よりミサキと女王陛下が並んだ2ショットに衝撃を受けた。
ミサキは身長170センチであるが、女王陛下の四つん這いで立った高さはミサキの身長を上回り2メートルぐらいなのだ。それにもかかわらず1夜にして、女王陛下とミサキはすっかり仲良しになっていた。
「ミサキや。またモフモフしておくれ」
女王陛下のおねだりに微笑むミサキ。
「陛下またですか。今朝から5回目ですよ。もうすぐ御前会議が始まる時間なのに」
「あと1回だけ、お願い」
「もう~、甘えん坊さんなんだから」
アンとサオリは、もう見ていられないと無言でうなずき合い、地球への出立の準備を始める。
ミサキ達のホログラムが消えると、2人は準備の手を休めて見つめ合い、そしてチーム結成以来初めて手をつなぎ微笑んだ。
おしまい
操縦士のアンは興奮を抑えられない。
「先輩、そう決めつけるのはまだ早いですよ」
副操縦士のサオリは冷静だ。
「3分後に大気圏に突入よ。準備して」
キャプテンのミサキは、アンとサオリに着陸姿勢をとるよう指示した。
◇◇◇◇
地球の温暖化に歯止めがかからず、100年後に人類は地球上で居住できなくなることが、すべての気候研究機関で一致した見解となった。
そこで世界政府は他の惑星への移住プロジェクトを立ち上げた。まず移住先の惑星を探索する要員を全世界の科学者から募集し、1チームをキャプテン・操縦士・副操縦士3人の同性で編成すると定め、第1陣を50チームとした。
キャプテンは、大学の准教授・助教クラスとし、航行のマネジメントと、地球本部との連絡を行う。操縦士は、大学の研究員、副操縦士は、理工系大学の大学生又は大学院生から選考した。
合格した要員は即研修施設に入寮し、約1ケ月で各自任務のオペレーションをシミュレーターでマスターする。といっても宇宙船の航行はAIで行われるため、乗務員の訓練は非常時対応に重点が置かれている。
募集時に40歳だったキャプテンのミサキは、生物学の准教授であったが、この極めて危険な任務に志願したのには理由があった。独身の彼女が家族と思い暮らしていた愛猫が天寿を全うした事によるロスは、想像をはるかに超えるものであった。長年一緒に暮らしたマンションに1人で居ると愛猫が思いだされて、涙が止まらなくなってしまうのだ。カウンセリングを受けると、転居するのも1つの選択肢であると言われ、合理的に物事を考え決断が早いタイプの彼女は、さっそくこのプロジェクトに応募したのである。
操縦士のアンは陽気でボジティブな性格の、宇宙機械工学研究員。応募のきっかけは同棲していた彼氏との離別。
副操縦士のサオリは寡黙で何事にも慎重な物理学の修士生。応募の動機は報酬と奨学金の返済免除。又この探索での論文が認められれば博士号がもらえることもインセンティブである。
ミサキは初顔合わせの時に、AIによって組み合わされたこの3人であれば、狭い宇宙船内で最長5年間人間関係のトラブルなく任務を遂行できると確信した。1ケ月の訓練を終えたミサキチームは、惑星探査機で宇宙へと飛び立っていった。
◇◇◇◇
ミサキチームの惑星探査機は4年の航行の後、遂に人類が住めそうな惑星を発見した。
大気圏に突入したところ、突如飛行コントロールが不能となり、機内にはアラーム音が鳴り響いた。
「うわぁ」「ひぇ~」
「2人とも落ち着いて。これは一番多いケースのトラブルとして何度も訓練したことを思い出すのよ」
「「はい、キャプテン」」
3人は、不時着の準備に取り掛かった。
地表への激突を防ぐために、宇宙船の姿勢を修正し、逆噴射をかけてスピードを落とす。
すると、大気圏を抜ける頃には、コントロール可能な状態に戻った。
「このまま着陸しても、よさそうな平坦な陸地です」
「オーケー、そうしましょう」
ミサキはサオリの報告から、低空で惑星上を周回してから着陸地点を決定するより、まずは安全に着陸することを優先した。こうして一時はヒヤリとしたものの、宇宙船は大きな大陸から離れた島に着陸できた。
大気と地表の分析結果が5分とまたずAIより報告された。大気成分は地球とほぼ同じで、気温は30℃、湿度30%である。
着陸後はマニュアル通りに、無人走行車を走らせて陸地の画像をコックピットのモニターに映す。
さっそく知的生命体を発見した。2足歩行のヒューマノイドで顔つきは地球人のアジア系民族に似ているが、耳の上部が悪魔のようにとがっている。生活レベルは地球での石器時代程度で、言葉は話すようだが文字はなさそうだ。その他の生物も形や色は違いがあるものの、地球上の生物とあまり違いはなかった。
「あれはネズミみたい。クマもどきがいる。狐みたいな犬がいるけど、尻尾が2つついてる!」
モニターを見てアンが大はしゃぎだ。
冷静なサオリは、ポツンと言葉を発した。
「ネコ類がいない…」
しばらくして詳細な分析結果が出て、人体に害をもたらす病原菌やウイルスも存在しないことが判った。
ミサキは、さっそく地球の本部に発見した惑星の位置情報を伝えた。ここまで遠くなると直接の交信は出来ずに、静止画像を添付してメールを送信するような通信手段である。
アンは、すぐにでも船外に出たがったが、ミサキはマニュアル通り本部の指示を待つことにした。
翌日にようやく地球本部からは50チーム中初の偉業への賞賛の文言と、惑星全体の様子を伝えるようにとの指示が届いた。
そこでドローンを飛ばし、この島を出て大きな大陸の様子を調査することにした。
ドローンが飛び立ってしばらくすると、コックピットに映し出されていたドローンからの映像が、真っ暗になった。
「キャプテン、ドローンが墜落しました」
無人走行車を墜落現場に急行させると、ドローンは原形をとどめない無残な形になり炎上していた。
(ここはキャプテンとして冷静な判断をしなければ)
ミサキは彼女にしては長考の末、サオリに船外活動を命じた。
「キャプテン、私も行かせてください」
むくれるアンをなだめて、サオリには念のために宇宙服を着させ走行車で墜落現場に向かわせた。
現地に到着したサオリはさっそくドローンのフライトレコーダーを発見し、AIにデーターを送信する。
AIの出した結論は驚くべきものだった。
『この島は、すっぽり人工的なバリアで包まれている』
「ということは、この惑星にはそんなバリアを張り巡らせる、高度な知的生物が存在するということなの?」
ミサキの問いかけにAIは沈黙した。
『情報不足で解析不能』
「キャー」
その時、船外活動をしていたサオリが悲鳴をあげた。
走行車からの映像を見ると、サオリは直径10メートほどの透明な球形の物体に入れられて、上空に舞い上がったかと思ったら、猛スピードで飛行し見えなくなってしまった。
「キャプテン、サオリが連れ去られました!」
アンの悲痛な表情を見てミサキは言った。
「我々は、どうもアンタッチャブルな惑星に来てしまったみたいね。我々の科学水準をはるかに超える知的生命体が、サオリのことをじっくり調査するはずよ。大丈夫、手荒な真似はせずに、戻されるわ」
するとミサキの予言通りに、約1時間後サオリは宇宙船のすぐそばに、同じ透明の球形物体に乗せられて戻って来た。
「アン、サオリを船内に連れてきて」
サオリがぐったりと自分の操縦席に倒れこむように座ると同時に、宇宙船内に眩しい光が現れ、それがだんだん形になっていく。
「キャプテン、ホログラムです。この島の統治者が我々の言語で話してくれるそうです」
ホログラムに現れたのは、地球上の生物に当てはめると三毛猫に近い外観をしている。
「はるばる銀河系からいらした地球人の皆さん、ようこそ…」
三毛猫は、サオリの口調とそっくりな日本語で流暢にしゃべり始めた。
「といいたいところだが、よそ様の家に連絡もなしに、土足で上がり込むとは失礼極まりない。しかも、その目的がこの惑星の乗っ取りとは、盗人猛々しいとはこのことだ!」
ミサキは、尻尾と髭の動きでこの三毛猫が本当に怒り心頭であると理解した。
「申し訳ございません。私達が全面的に悪いことを認めます」
「お前らからの通信で地球の位置情報はゲットしたから、いまから地球せん滅の為に宇宙船団を行かせてもいいんだぜ。おい、こら!どう落としまえつけるんや!」
三毛猫の口調は、エキサイトしてヤクザのそれになってきた。サオリは見かけによらず、趣味で任侠映画を観ている。
「すんまへん!これで、堪忍しておくんなはれ」
ここは平身低頭しかないと、ミサキはアンとサオリと一緒に土下座した。
すると三毛猫の隣に、もう1つのホログラムが現れる。
その姿を見てそれまで居丈高で言いたい放題の三毛猫が、平身低頭する番になった。
「これは女王陛下。このようなところに、お出ましいただくとは」
女王陛下と呼ばれたその猫は、地球で言うところのペルシャ猫の種類であった。
「さっきから、御客人になんていいようだ。お前はいいから、もう下がりなさい」
「ははー」
三毛猫が消えると、女王陛下はミサキ達に優しく語りかけた。
「地球の人々よ、顔を上げなさい。わらわは、この惑星を統治するものじゃ」
3人が恐る恐る顔を上げると、猫の女王陛下の姿を目の当たりにした。
するとミサキの目から大粒の涙が出て、止まらなくなった。これにはアンとサオリも訳が分からず大慌てである。女王陛下も困惑して静観している。
ミサキは、しゃくりあげながら、サオリにつっかえつっかえ語った。サオリはミサキに代わって女王陛下に説明する。
「ミサキキャプテンは、今回の惑星探査に出る前まで、地球で猫を飼って…失礼しました、一緒に生活していた猫ちゃんがいたのですが、高齢の為亡くなられたんです。その猫ちゃんが女王陛下と瓜二つなので、びっくりしていると申しております」
少し冷静になったミサキは、自分の指にはめている指輪のスイッチを押すと、亡き愛猫のホログラムが現れた。確かに顔の表情や髭の伸び加減、しっぽの形状まで同じである。これには女王陛下も驚愕した。
「まるで鏡を見ているようにわらわと同じじゃ。なんという縁(えにし)よ。ミサキと申すもの、わらわの館に来られよ」
すると数分後に大陸から飛行物体が現れハッチが開いた。ミサキは同行したいというアンとサオリを残して、女王陛下の館に行ってしまった。
「ワタシ達、これからどうなっちゃうの?」
アンの問いかけに、サオリは両手を上げて何もできないと告げた。
翌朝ミサキがアンとサオリの目の前に、ホログラムで現れた。
「あれから女王陛下に拝謁して地球の窮状を伝えたら、この惑星と双子の小惑星への移住を提案してくださったのよ。これで人類は救われるワ」
これにはアンもサオリも大喜び。
「そこで実現に向けてのこれからの打ち合わせもあるし、私はここに残る事になったの。2人で地球に帰ってね」
アンとサオリは一瞬不安な表情を見せたが、ミサキの明るい表情に背中を押される格好で了解した。
「あら、女王陛下からも2人に一言あるそうよ」
「地球に無事帰れるように、わらわの親衛隊船団に銀河系まで護衛させるぞよ」
アンとサオリは、この言葉よりミサキと女王陛下が並んだ2ショットに衝撃を受けた。
ミサキは身長170センチであるが、女王陛下の四つん這いで立った高さはミサキの身長を上回り2メートルぐらいなのだ。それにもかかわらず1夜にして、女王陛下とミサキはすっかり仲良しになっていた。
「ミサキや。またモフモフしておくれ」
女王陛下のおねだりに微笑むミサキ。
「陛下またですか。今朝から5回目ですよ。もうすぐ御前会議が始まる時間なのに」
「あと1回だけ、お願い」
「もう~、甘えん坊さんなんだから」
アンとサオリは、もう見ていられないと無言でうなずき合い、地球への出立の準備を始める。
ミサキ達のホログラムが消えると、2人は準備の手を休めて見つめ合い、そしてチーム結成以来初めて手をつなぎ微笑んだ。
おしまい