15年前
文字数 2,466文字
「ボクは神、彼女を人間にした張本人さ」
目の前に現れた少年はそう言った。
外見は判断して小学4年生ぐらい。でも、小学生らしい子供っぽさは微塵も感じられない。それどころか、人外の存在とでも言えばいいのだろうか。神々しさを感じる。
「神? 彼女を人間にした? どういう意味だ」
「だからそのままの意味さ。今言っただろう? ボクは神だと。昨日の昼、キミはネットで調べていたはずだ」
僕は昨日の昼、アキバ絶対領域でとった行動を思いだす。確かに僕は「アキバ絶対領域」のホームページを調べた。そしてそこには、確かにこう書かれていたのだ。
「かみさまは猫の願いを聞き届け、猫がにんげんに恩返しをするための空間をある街に創造しました。」
ということは今まさに目の前にいるこの少年は、その『かみさま』ということになるのだろうか。でもそれは……
「……あの喫茶店の設定に過ぎないはずだ」
「確かに、キミの言う通りさ。あくまでもその設定はあの『アキバ絶対領域』が勝手に作ったものだ。それ以上でもそれ以下でもない……でも彼女の場合は違う。僕が人間にしたからね」
「それってつまり……」
脳の中をあるものがよぎった。メイドの時以外もずっとつけていた妙にリアルな猫耳。彼女はあれを趣味だ、とそう言っていたけど実際は……
「そう、彼女はもともと猫だった」
少年は僕の予想を肯定するように頷く。
「でも正確に言うと少し『設定』からずれるのかな。設定上では恩返しの対象は『にんげん』と具体的に『誰か』という指定がない。だけど彼女の場合、恩返しは『特定の個人』に向けられたものなのさ」
「誰なんだ。その『特定の個人』っていうのは」
「ここまで言って分からないなんてキミは流石に鈍感過ぎる」
そう言ってから、少年は僕の目をじっと見つめ、
「本当はもう分かっているんだろう? キミの目を見れば分かる」
「いや、そんなことは……」
「とぼけるねぇ。それじゃあ、大ヒントだ」
少年は小さくため息をつき、
「覚えているだろう? 15年前、キミが遭った事故のことを」
僕は小学校三年生の時、交通事故に遭った。まあ、事故に一番割合の多いと言われる、横断歩道で自動車に引かれる、というものだ。ただ、事故とは言っても正確には事故ではないのかもしれない。僕は轢かれる、そう分かったうえで横断歩道に出たんだから。
この事故に遭うまでは正直言って、僕はクラスの人気者だった。クラスの中心にいつもいて、クラスの明るい雰囲気を作っていた中心人物、そう言っても過言ではなかった。放課後、よく沢山の友達と公園で鬼ごっこをして遊んだことを覚えている。
そんな、同級生と楽しい小学校生活をしていた僕だったが、ある日を境に彼らとの縁を完全に切って孤立した。
ゴールデンウイークを明けて間もない頃、僕の小学校に一人の転校生がやってきた。金色に髪を染め、鋭い目つきを持ち、チャラい服を着た、まるでチンピラのようなやつだった。名前は佐藤誠。自己紹介をするときも、その鋭い目つきでクラスメイトを睨みつけてきたことをよく覚えている。
そんな容姿からクラスに馴染めないのではないか、そう思ったがそんなことは杞憂だった。彼はすぐにクラスに馴染んで、沢山の友達を作った。そして、放課後に一緒に遊ぶことも多くなった。
ただ、彼は外見通りの悪ガキだった。ピンポンダッシュをしたり、○○は○○のことが好きだ、という根も葉もない噂を流したりしていた。周りの友達は彼のそういった悪行を楽しんでいた。実際、若干の背徳感を感じながらも僕はそれが楽しくて彼らとよく一緒にした。
これぐらいのいたずらならまだ可愛い方だ。どの小学校にも一人ぐらいはする奴はいる、それぐらいのレベルだ。
だが、どんどんいたずらのレベルが上がり、夏のある日、一線を越えた。
夏休み真っ只中の8月1日、野良猫か野良犬を捕まえて、横断歩道に放り出してみよう、そう彼は言ったのだ。僕はそれは流石にヤバいんじゃないか、一線を越えてしまうんじゃないか、そう思って止めようとした。でも、彼はやめようとはしなかった。周りの友達を説得しようともしたけど、無駄だった。僕以外の全員がそれに乗り気だったのだ。どうやら彼らの倫理観はこの3ヵ月で狂ってしまったらしい。いたずらをすることに快感を感じて、それに慣れるともっと過激ないたずらをしないと満足できないようになる。そうして、いたずらは彼らにとって麻薬のような存在になってしまったのだ。
思い立ったが吉日、ということで彼らはすぐに野良猫を探し始めた。僕らの地域では野良猫は珍しい存在ではなく、すぐに見つかった。体長40センチぐらいの子猫だった。毛の色は汚れすぎて分かりにくかったが、たぶん黒色だったと思う。
彼らはその子猫を抱きかかえて地元で一番交通量の多い道路まで連れて行った。子猫は嫌そうにもがいていたが無意味だった。そして、
「それじゃあ、いくぞ。3、2、1で放り投げるから……せーの、3、2、1、ウェーイ!」
彼らはその子猫を道路へ放り投げた、何のためらいもなく。
猫が車道のど真ん中に飛ばされる。そしてそこに猛スピードで自動車が……
「危ない!」
気が付けば、僕は道路に飛び出していた。猫を全身で守るように抱え込む。背中に今まで体験したことの無い激痛が走った。
そこから先は記憶がない。次に目が覚めたときは病院のベッドの上にいた。事故の目撃者から話を聞くに、子猫の命は何とか守れたらしい。それを聞いて僕は胸をなでおろした。僕の行動が無意味でない、それが保証されたのだから。ただ、その猫の居場所はもうわからない。救急車が駆けつけた時のサイレンの音に驚いて逃げてしまったらしい。
猫を道路に放り投げた張本人である彼らは今回の一件で、今までにした数々のいたずらが発覚して全員転校した。彼らが僕の見舞いに来ることはなかった。
この一件以来、僕は人のことが信じられなくなった。
目の前に現れた少年はそう言った。
外見は判断して小学4年生ぐらい。でも、小学生らしい子供っぽさは微塵も感じられない。それどころか、人外の存在とでも言えばいいのだろうか。神々しさを感じる。
「神? 彼女を人間にした? どういう意味だ」
「だからそのままの意味さ。今言っただろう? ボクは神だと。昨日の昼、キミはネットで調べていたはずだ」
僕は昨日の昼、アキバ絶対領域でとった行動を思いだす。確かに僕は「アキバ絶対領域」のホームページを調べた。そしてそこには、確かにこう書かれていたのだ。
「かみさまは猫の願いを聞き届け、猫がにんげんに恩返しをするための空間をある街に創造しました。」
ということは今まさに目の前にいるこの少年は、その『かみさま』ということになるのだろうか。でもそれは……
「……あの喫茶店の設定に過ぎないはずだ」
「確かに、キミの言う通りさ。あくまでもその設定はあの『アキバ絶対領域』が勝手に作ったものだ。それ以上でもそれ以下でもない……でも彼女の場合は違う。僕が人間にしたからね」
「それってつまり……」
脳の中をあるものがよぎった。メイドの時以外もずっとつけていた妙にリアルな猫耳。彼女はあれを趣味だ、とそう言っていたけど実際は……
「そう、彼女はもともと猫だった」
少年は僕の予想を肯定するように頷く。
「でも正確に言うと少し『設定』からずれるのかな。設定上では恩返しの対象は『にんげん』と具体的に『誰か』という指定がない。だけど彼女の場合、恩返しは『特定の個人』に向けられたものなのさ」
「誰なんだ。その『特定の個人』っていうのは」
「ここまで言って分からないなんてキミは流石に鈍感過ぎる」
そう言ってから、少年は僕の目をじっと見つめ、
「本当はもう分かっているんだろう? キミの目を見れば分かる」
「いや、そんなことは……」
「とぼけるねぇ。それじゃあ、大ヒントだ」
少年は小さくため息をつき、
「覚えているだろう? 15年前、キミが遭った事故のことを」
僕は小学校三年生の時、交通事故に遭った。まあ、事故に一番割合の多いと言われる、横断歩道で自動車に引かれる、というものだ。ただ、事故とは言っても正確には事故ではないのかもしれない。僕は轢かれる、そう分かったうえで横断歩道に出たんだから。
この事故に遭うまでは正直言って、僕はクラスの人気者だった。クラスの中心にいつもいて、クラスの明るい雰囲気を作っていた中心人物、そう言っても過言ではなかった。放課後、よく沢山の友達と公園で鬼ごっこをして遊んだことを覚えている。
そんな、同級生と楽しい小学校生活をしていた僕だったが、ある日を境に彼らとの縁を完全に切って孤立した。
ゴールデンウイークを明けて間もない頃、僕の小学校に一人の転校生がやってきた。金色に髪を染め、鋭い目つきを持ち、チャラい服を着た、まるでチンピラのようなやつだった。名前は佐藤誠。自己紹介をするときも、その鋭い目つきでクラスメイトを睨みつけてきたことをよく覚えている。
そんな容姿からクラスに馴染めないのではないか、そう思ったがそんなことは杞憂だった。彼はすぐにクラスに馴染んで、沢山の友達を作った。そして、放課後に一緒に遊ぶことも多くなった。
ただ、彼は外見通りの悪ガキだった。ピンポンダッシュをしたり、○○は○○のことが好きだ、という根も葉もない噂を流したりしていた。周りの友達は彼のそういった悪行を楽しんでいた。実際、若干の背徳感を感じながらも僕はそれが楽しくて彼らとよく一緒にした。
これぐらいのいたずらならまだ可愛い方だ。どの小学校にも一人ぐらいはする奴はいる、それぐらいのレベルだ。
だが、どんどんいたずらのレベルが上がり、夏のある日、一線を越えた。
夏休み真っ只中の8月1日、野良猫か野良犬を捕まえて、横断歩道に放り出してみよう、そう彼は言ったのだ。僕はそれは流石にヤバいんじゃないか、一線を越えてしまうんじゃないか、そう思って止めようとした。でも、彼はやめようとはしなかった。周りの友達を説得しようともしたけど、無駄だった。僕以外の全員がそれに乗り気だったのだ。どうやら彼らの倫理観はこの3ヵ月で狂ってしまったらしい。いたずらをすることに快感を感じて、それに慣れるともっと過激ないたずらをしないと満足できないようになる。そうして、いたずらは彼らにとって麻薬のような存在になってしまったのだ。
思い立ったが吉日、ということで彼らはすぐに野良猫を探し始めた。僕らの地域では野良猫は珍しい存在ではなく、すぐに見つかった。体長40センチぐらいの子猫だった。毛の色は汚れすぎて分かりにくかったが、たぶん黒色だったと思う。
彼らはその子猫を抱きかかえて地元で一番交通量の多い道路まで連れて行った。子猫は嫌そうにもがいていたが無意味だった。そして、
「それじゃあ、いくぞ。3、2、1で放り投げるから……せーの、3、2、1、ウェーイ!」
彼らはその子猫を道路へ放り投げた、何のためらいもなく。
猫が車道のど真ん中に飛ばされる。そしてそこに猛スピードで自動車が……
「危ない!」
気が付けば、僕は道路に飛び出していた。猫を全身で守るように抱え込む。背中に今まで体験したことの無い激痛が走った。
そこから先は記憶がない。次に目が覚めたときは病院のベッドの上にいた。事故の目撃者から話を聞くに、子猫の命は何とか守れたらしい。それを聞いて僕は胸をなでおろした。僕の行動が無意味でない、それが保証されたのだから。ただ、その猫の居場所はもうわからない。救急車が駆けつけた時のサイレンの音に驚いて逃げてしまったらしい。
猫を道路に放り投げた張本人である彼らは今回の一件で、今までにした数々のいたずらが発覚して全員転校した。彼らが僕の見舞いに来ることはなかった。
この一件以来、僕は人のことが信じられなくなった。